春風亭一之輔の「かんしゃく」後半 ― 2024/08/09 07:12
おばあさん、静子だよ。 冷たいものと、おしぼりでも、出してやりな。 旦那様は、お元気か。 様子がおかしい、泣いてんのか。 しくじったのか。 お暇を頂きました、自分から出て来ました。 うるさいな、おばあさん。 一生懸命やりなさい。 どういうことだ、静子。 いつもガミガミ叱言ばかり。 「煙ぶくとものちに寝やすき蚊遣りかな」、人は、つらい所を通り越さないと人間にならないよ。 ご主人は大勢人を使っているが、人を使うのは気を遣ってんだ。 そこをきちんとしとくのは、お前の役目、内助だ。 自分一人で何でもやろうとしているんだろう。 屋敷には何人いるんだ? 女中3人、書生2人、と運転手。 それぞれに仕事をうまく任せて、やってもらうんだ。 みんなでやれば、何とかなる。 早く、帰りなさい。 山田さんを付けてやる、うまく言っといてもらう。 わしが行けばいいんだが、それも拙いだろう。 近い内にまたきっと出直しておいでよ、今が一番大事な時だ。 身体だけは大事に。 はいはい、気を付けてね。
ちょいと、ばあさん、ちょっとこっちにおいで。 あの子は、芯の強い子だ、背中を押してやればいいんだ。
明くる日、いつも4時のお帰りだが、3時に勢揃い。 「お帰りなさい! お帰りなさい!」 凸山、箒は……、なんでもない。 良し! 下駄、ちらかっておらん。 良ーーし! 帽子掛け。 曲がっとらん。 水……、撒いたか。 良ーーし! 蜘蛛の巣、きれいだ。 布団、敷いてる。 良ーーし! 扇がんでよい、何だ扇風機か、いい、涼しい。 ほめておるんだ。 いやいや、静子、花、美しい。 額も曲がっとらん。 お茶…、出とる。 アイスクリン、好きなサクランボ、チュ、チュ、良ーーし! 美味い。 良ーーし! 良ーーし! 良ーーし!
静子。 はい。 よく帰って来てくれた。 これでは、わしが怒鳴ることができん。
(この噺、時代は明治。以前柳家小三治で聴いた時の話や、田中優子さんの解説によると、益田太郎冠者(本名益田太郎)の作。この人は「堪忍袋」や「宗論」もつくり、落語や浅草の軽演劇の台本は道楽で、本職は三井財閥の重役だった。)
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