三笑亭夢丸の「冥土の喧嘩」2024/08/27 07:03

 墓参りのシーズン。 師匠の夢丸と、先代の可楽師匠の墓参りに、谷中の興禅寺に行ったことがある。 なぜか戒名に、「夢」の字が入っている。 戒名をつける時、住職が夢楽に芸名は? と、訊いた。 自分の芸名と勘違いして、夢楽と答えたという。

 「あの世」は、あったほうが、丸く収まる。 子供の頃、死んだご先祖が……、死んだお祖母ちゃんが見ているから、なんていわれた。 でも、アルソックじゃないから、24時間見てない。

 大家さん! 大変だーーッ! 大変だーーッ! うるさいな。 正真正銘、大変なんだ。 長屋の辰公が、井戸に飛び込んだ。 辰公んちは、日に三度は夫婦喧嘩だ、お咲さんが焼餅焼きなんだ。 辰公が朝帰りして喧嘩になった、辰が上がり框でお咲さんを突き飛ばすと、お咲さんが沢庵石に頭をぶつけて一巻の終わりだ。 辰公は、お前一人は行かせないと、井戸に飛び込んだ。 水を吐かせるやら、鮒を吐かせるやら、大騒ぎになった。 鮒は、息を吹き返したけれど、辰公は医者に診せたが、いけません、亡くなった。 夫婦二人、いっぺんに亡くなった。

辰公は身寄り頼りがない。 月番は留さんか、香典集めて、煮物やお握りをつくるように。 親代わりだから、不足はワシが出す、お酒も。 一升徳利、50本…。 無事に通夜も済んだ。 初七日の法要、中目黒の正安寺の権助さんが、大家さん、長屋の連中は誰も来ない、月番の留さんも来ない、と言う。 通夜で、しこたま飲んで、酔っ払って、カッポレ踊ってたのに。 芯に火の付いた線香が、松明みたいに燃える。 護摩行じゃない、振っても、消えないんだよ。 あれ、墓石が傾いでいる。 実は、日に三度、墓石が揺れるんです。 墓の中で、夫婦喧嘩してるんだろう。

越後屋さんへ行った大家さん、婆さん只今、ご飯はご馳走になったんで、寝ちまいな。 お爺さん、絵草子を読んで下さい、寝付けないので。 婆さん、もうイビキだよ、よく眠るね、口開けて、洞穴みたいな。 遠寺の鐘が鳴るけれど、こちらは寝付けないよ。 何か、ゾクゾクするな。

ハハハ、大家さん、恨めしや! 辰公か、恨めしやは、ないだろう。 恨めしやは、幽霊のこんにちは、みたいなもので。 驚いちゃったな。 極楽へ行ったんです。 いいところなんだけど、蓮の葉っぱの上は、座りづらい。 カカアが、蓮の葉っぱの8~9割を取るんで、こちらは池に落ちる。 昨日、常磐津乃次若さんが亡くなって、引っ越しの挨拶に来た。 カカアが、鬼のような顔をして、怪しいね、くやしいよ、と言う。 何だ、このお多福となって、池の中に落ちる。 蓮の葉っぱは、よじ登りづらい。 尻が、池の中にある。 それで、化けて来た、一晩、泊めて下さい。 蒲団は、いらない。 枕元に立つ、仏壇の脇。

お咲、血まなこで探しているだろう。 祟りが恐ろしい。 こんばんは、大家さん。 居たわ。 焼餅の焼き過ぎなんじゃないか、「女房焼くほど、亭主もてもせず」というから。 こんな、いい男はいないんです。 幽霊同士で、イチャイチャするんなら、帰ってくれ。 座れ。 足がないから、座れない。 いいよ、立ったままで。 夫婦仲良く、二人仲良く、帰れ。 十万億土から、せっかく来たんだから、酒が飲みたい、一杯やりましょう。 極楽は、酒がない、水ばかり、後生ですから。 お咲さん、戸棚に牡丹餅がある。

(辰公の幽霊が、幽霊の手の形で、酒を飲む)いい酒だ、五臓六腑に染み渡る。 五臓六腑は、ないだろう。 つまみが欲しい、酒だけだと、身体によくない。 死んでる、くせに。 アタリメ(幽霊の手の形で食べて)、歯に挟まった、大家さん、取って下さい。 いやだよ。 楽しくなってきたな、歌ってもいいですか。 都々逸なんか粋なのがある、「しみとおる色透きとおる素肌に乱れた髪で……」、大家さん、吉原へ行こう! お咲が、ご迷惑だから、帰りましょう、と。 帰れ、帰れ! 酒に足を取られて帰れない。 足は、ないじゃないか。

夜が明けた、婆さん、起きろ! 辰公とお咲が、化けて来た。 会いたかった、どうして起こしてくれなかったの、二人とも元気? しこたま飲んだんで、気になる、寺へ行ってみるよ。 権助さん、おはよう、墓石、どうかなってないか。 今朝、地べたに横倒しになってました。 小僧と二人で持ちあげたら、頭の方が馬鹿に重かった。 それは二日酔いだ。