春風亭一朝の「居残り佐平次」後半2025/02/26 07:19

 おはようございます。 起きてますよ、どうだい調子は? おかげさまで。 天気は晴れて、気持いいね。 昨夜は皆さま、お出でになりませんでしたね。 よっぽどのことが、あったんだろう。 今夜だな。 来ませんよ、お勘定を。 アッ、ダッダ! ご内所がうるさいので、切りを付けて下さい。 お願いしますよ。 ピヤーーッと払いたいところだが、一文も無い。 冗談じゃない。 さばさばしてる、ごめんね、どうしようもない。 どうするんですか? 三人が身請けに来てくれるのを待っている。 お友達に手紙を書いて下さい。 どこのどいつかわからない、ごく新しい友達で、おとといの晩、新橋の軍鶏(しゃも)屋で飲んでいたら、あの三人が隣で飲んでいた。 お銚子の替り目が長いんで、酒が来るまでお一ついかがって、仲良くなった、どこの人達かなあ。

 清さん、大変だ、あいつ一文無し、どうしよう。 だから言ったろ、いいかげんに切り上げたほうがいいって。 オッ、さんざん遊んで金がないってのは、あぁたかい! いいね、今度は、こわもてで、音羽屋! どうするんだい、手紙を書け。 天涯孤独の身の上で。 どうする! そんな大きな声を出さないで、覚悟はできてる、花魁から煙管が一本借りてあって、左の袂に煙草が四十匁、こちらにも四十匁、行燈部屋に下がりましょうか。 行燈部屋なんぞない、蒲団部屋に入ってろ、蒲団によっかかるんじゃないよ。

 その晩も客が入って、繁昌で若い衆の代わり番がいない。 粗末にされる客が出る。 花魁、おしっこに行って来ない、丑年か。 うっちゃっときやがって、刺身頼んだら、シタジを持ってこないじゃないか。 エーーッ、ごめん下さいまし、ちょっと失礼、おシタジを持って参りました。 早く持って来いよ。 あんたさん、霞さんのいい人で、勝ッつァんというお方じゃございませんか。 この家で、二人の仲を知らないものはいない。 なんだ、お前は、若い衆か? 若い衆のようなもので。 一度あなたにお会いしたいなと、霞さんが好きでね、女っぷりがよくて、気取らない。 いつも姐さんが、うちの勝ッつあん、勝ッつあんて、のろけてまして。 素面(しらふ)じゃ、聞けませんよ。 まあ、一杯やれ。 湯呑で、いただきたい。 お近づきの印、旨い、酒が旨い。 若い時から男嫌いなのに、どういうわけか、あの勝ッつあんには……、で言葉が途切れた。 頭を下げて、首を曲げたら、白いうなじに赤味が差した。 男が惚れる男でなきゃあ、粋な女は惚れもせぬ、ってね。 これで煙草でも買え。 霞さんが、おばさんと喧嘩してましたよ。 今、話しますから(と、また一杯飲む)。 なんで勝ッつあんの所ばかり行くのかって。 他の客は嫌いなんだよ、と、くやしがって楊枝を噛んだ(歯が丈夫)。 三味線がドーーン、芝金杉は粗末にできぬ(?)味噌漉し出来やせぬ。 もっと、頂戴。

 なに、お前さん、この人呼んだの。 シタジを持ってきてくれたんだ。 居残りなんだよ。 どうぞ、ご贔屓に。 刺身にシタジがないとおっしゃってるのを聞いたんで、廊下にゆんべの蕎麦の台があって、徳利を振ると音がする、そいつを皿にあけて、こちらに。 道理で甘ったるいと思ったよ、蕎麦つゆか。 あまり長いとお邪魔になる、この辺で、また、その内に。

 手紙を書く、枕を直す、手先が器用で、女郎たちが便利に使う。 ヨッハ! 派手な股引なんか穿いて、二階を回り始める。 おばさん、呼んでくれよ、あいつ、盛り上がるんだよ。 ちょいと、イノどーーん。 へーい。 十三番、お座敷ですよ。 ヨッ、スチャラカチャン! 本業の若い衆に響いてくる。 よく働くんだよ、祝儀が来ない。 干上がっちゃうよ、と訴えて、見世の旦那が、居残りを帰そうということになる。

 さあさあ、どうぞ、私が当家の主で。 うっちゃっといたんだが、一旦お家にお帰りなさい、勘定は少しずつ入れてくれればいい。 穴があったら、入りたい。 出られない訳がある、一歩出れば御用になる。 実は人殺しこそいたしませんが、夜盗、かっさり、やじりきり、悪いことをし尽しまして…。 神田白壁町のガキの頃から手癖が悪く、抜け参りからぐれだして…。 どっかで聞いた文句だな。 とても置いておけない、出てってくれ。 出て行くったって、旦那、先立つものは路銀で。 手文庫を持ってこい。 半紙に包んで十両、どこへでも行ってくれ。 ありがとうございます、でも旦那、こんな派手なナリじゃあ具合が悪い、旦那の着物を頂けませんか。 こないだ測ってみたら、裄丈(ゆきたけ)がピッタリで、先だって越後屋から出来上がってきた結城の対を。 驚いたな。 ついでに、帯も一本。 足袋も、文数が同じで。 かなわないな。 旦那、ありがとうございます。

 表で様子を見て来てくれ。 ♪八ツ山下の茶屋女……。 いいのかいウロウロして、唄なんか歌っていて、捕まったらどうするんだい。 お宅の旦那はいい旦那だなあ、よく言やあ仏の旦那、馬鹿だ。 あっしの顔を憶えておけ、俺は中(吉原)や骨(千住)で、居残りを商売(べえ)にしている佐平次というもんだ。 旦那によろしく、ハハハノハーーー、旦那の頭がゴマ塩でござんしたから、おこわにかけました、と。