教養とは何か、本居宣長と上田秋成2025/02/28 07:12

 敗戦の日まで、陸軍幼年学校という、士官養成のための学校にいた なだいなださんは、漢詩をつくらされ、日記も漢文調で書かねばならかった。 軍人として、それくらいの素養がないと恥だと考えられていたのだ。 なださんは、「明治の代表的軍人だった乃木将軍も児玉源太郎参謀長も漢詩を作っている。作戦用兵が下手で、軍人としての才能から見ると、史上最低の将軍だった乃木の方が漢詩はうまく、軍事的天才だった児玉の方が下手だったのは、それでバランスがとれ、世の中全体としては、それでよいのかも知れない。」と。

 戦争中、本居宣長は軍国主義者の間で大もてで、とりわけこの歌は、お好みの歌だった。

   しき島のやまと心を人問はば朝日ににほふやまざくら花

 大和魂を言いあてた名歌として、この歌は当時もてはやされ、若者たちを死に追いやる儀式の伴奏に、いつも用いられたのである。 さくらの花のようにぱっと散れ、は当時の若者に押しつけられた死の美学だった。 散りたくないものにとっては、この歌がどれだけ重荷になったか知れない。

 なださんは、戦争中は日本中が妙な思想に酔った状態で、「衆人皆酔へり」の中心に本居宣長があった。 本居宣長の時代に、「独り醒めた」上田秋成(あきなり)は、宣長をこんなふうに皮肉っている。

   ひが事をいふてなりとも弟子ほしや古事記伝兵衛と人はいふとも

 秋成は『古事記』の解釈や古代日本語の音韻の理解をめぐって、若い時、宣長と論争したことがあった。 しかし、なにかというと皇国絶対論を持ち出す相手に、うさんくさいものを感じたのであった。 ひが事というのはそうしたことをいうのである。

「お前さん、大衆のこころをくすぐるために、嘘でも間違いでも言うつもりかい、そうまでして弟子がほしいのかい」

   しき島のやまと心のなんとかの うろんな事を又さくら花

 とも歌っている。 なださんは、秋成のこの宣長を揶揄する歌が、戦争当時の若者に知られていたらどうであろう。 少しは命を大事にしたものも出たのではないか、という。

 「歴史をしらべると、ある人間には必ず、それに対抗する人間がいるものだ。本居宣長に上田秋成がいたようにである。戦争中、ぼくたちの教養がそこまで及ばなかったので、一方的に宣長をおしつけられてしまうことになった。そしてそれが日本の方向を歪める原因にもなったのである。」と、なだいなださんは、書いている。

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