柳家さん喬の「雪の瀬川」上 ― 2025/03/19 07:05
「瀬川」だが、江戸一、日本一の花魁、「瀬川太夫」として、落語に登場する。 落語によく出てくる「喜瀬川」という女郎は、それに比べると位が低く、二枚目的である。 「瀬川」は、柳家さん喬が2011年の暮と2012年の正月の落語研究会で上下に分けて演じた「雪の瀬川」を記録していた。 それを三日に分けて再録する。
さん喬の「雪の瀬川(上)」の(上)<小人閑居日記 2011.12.29.>
円生が「松葉屋瀬川」の題で演っていた噺だそうで、さん喬も後世に残したいという。
若旦那の下総屋鶴二郎が、江戸へ出て来てから一か月、一日中、本ばかり読んでいるので、それでは身体をこわす、たまにはと番頭の久兵衛が浅草に誘い出す。 外は春、花の時期、気持がいい。 ここは茅町(かやちょう)、昔は茅葺町といった、茅葺屋根が多かったから。 隣は瓦町、瓦屋が多かったが、火を使うので、今戸へ移った。 若旦那は全部、本で読んで知っている。 番頭の言う雷門は、風雷神門、風神と雷神が護る。 伝法院、土地ではデンポ院。 浅野内匠頭の灯籠がある。 淡島様の所に昔、権現様、公方様が祀ってあった。 諸大名から石灯籠や銅の灯籠などが献納されていて、それを盗みに来る泥棒がいるので、盗難除けに二十軒茶屋をつくって見張らせた。 権現様を上野の紅葉坂 (円生の『江戸散歩』だと、江戸城紅葉山) に移した時、灯籠も一緒に移り、お家断絶の浅野の灯籠だけが残った、これも本に書いてある。
観音様にお参りした後、これから吉原へまいりましょうと、番頭。 若旦那が怒って、吉原へ行こうというのを止めるのが番頭の役割なのに、ウチの身代を乗っ取るつもりだろう、許しません、暇を出す、と言う。 実は大旦那のお手紙に、倅が本ばかり読んでいては世の中がわからない、いざという時に、商いの切っ先が鈍るから、と。
若旦那がお手水に行っている間に、崋山、登場。 元は生薬屋の跡取りだったが、遊んだ末の幇間、私が堅物の若旦那を日本一の道楽者に仕立ててみましょう。 儒者の崋山ということにして紹介する。 たまには家に来て、若旦那のお相手を…。 崋山は、若旦那の読書の疑問に答えて(虎が竹藪を恐れて身動き出来なくなるのは、目を大事にしていて、目を笹で刺されるのを嫌うから)、信用を得、生け花を教える。 花を生けて、料理を食べる向島の花の会へ連れ出し、蔵前、両国の会にも行くと、暫らく来なくなる。
さん喬の「雪の瀬川(上)」の(下)<小人閑居日記 2011.12.30.>
ご免、ちと遠縁で揉め事があり、江戸を離れていたと崋山が来て、若旦那のお顔だけ見て、花の会へ行くという。 若旦那をお連れするには、ちと場所がよろしくない、吉原だ。 花を見に行くだけならと若旦那、下司な考えを言う番頭に、私は先生と吉原へ行って来ます、と大声を出す。 番頭、心の中で、やった!
宇治五蝶という幇間の家へ行くと、緋毛氈に花道具、奥には茶道具が用意してある。 カタカタカタと、下駄の音がして、花魁がもう来ていいかと、カムロが聞きに来る。 今がちょうどよい時。 お抹茶を一服頂いていると、表が騒がしくなり、髪は立兵庫に結い、目元涼しく、口元の笑みが優しい、富士に鶴が舞っている部屋着で、カラリコロリ、ごめんなんしてと、飛ぶ鳥も落とす勢いという松葉屋瀬川太夫が、入ってくる。 エゾ菊を手にすると、鋏をパチパチ、花を生ける、見事なお手前だ。 鶴二郎に軽く会釈すると、カラリコロリ、帰って行った。
もし若旦那、どうかなさったか。 先生、今の方は、おきれいな方ですね。 江戸で一、いや日本で一、一枚絵にも描かれる松葉屋の瀬川太夫。 お届け物です、瀬川太夫からのご祝儀、台の物です、お料理。 ご挨拶代わりでしょう。 お返しに何か、天丼か何か。 五両がとこ返すのが、吉原の定め、そういう所なんです。 直(じか)にお会いして、お礼申し上げる方がよろしゅうございます。 ですから、直に。 承知しました。
初会にして、衣衣(きぬぎぬ)を重ねることが出来た。 おはようございます、若旦那をお迎えにまいりました。 もし花魁、崋山先生がいらっしゃいました。 どうぞ、お開けなんして。 太夫は、凛と座っている。 もし若旦那、お起きなんして。 朋有り、遠方より来る、また楽しからずや、ジュゲムジュゲム、ゴコウノスリキレ、私は眠くて眠くて、起きることが出来ません。 いいえ、私が寝ようとすると、太夫が濃ーいお茶を淹れて、もっと話を聞かせておくれ、と。 また、私が寝ようとすると…。 今、ようやく寝たところです、先生、先に帰ってください。 そんなことでは、儒者としての私の立場がない。 いいえ、両国の性の悪い幇間だと聞きました。
鶴二郎と瀬川太夫の深い恋、つらい悲しい物語は、あと七時間ほどかかる。 あとは、また次回(来月の(下))。
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