柳亭市馬の「くしゃみ講釈」 ― 2025/04/21 07:07
話芸には、浪花節、講談、落語があるが、似ているようで違う。 浪花節は三味線が入り、語るという。 講談は、読むという。 落語は、しゃべる。 浅草の木馬亭は、浪花節の聖地。 寄席は四軒、人形町の末広がなくなって40年になる。 講談の本牧亭がなくなって35年。 本牧亭は、二ッ目の頃に、貸してくれて、よくやったがやりよかった。 畳敷きの器が、お客様をお迎えする雰囲気の小屋だった。 二ッ目でも、師匠なんて呼ばれる、「師匠、下駄を取ってくれ」。
昔は、町内に色物の寄席があった。 「講釈場要らぬ親父の捨て所」、一晩に二人か三人出る、長いのは一時間、いい所で切って、「つづきは明日」。 妙な顔をしているな、具合でも悪いのか。 飯は食えるのか? 飯は食える、酒も飲んでいる。 ただ、心に引っ掛かっていることがある。 友達だから聞いてやるよ。 そんなこと言ってくれるのは、兄ィだけだ。 二三日前、暇ができたんで、隣町の講釈場へ行ったんだ。 木枕を借りて、手拭をかけて寝ていた。 トロトロッとした。 俺には、病がある、イビキをかくんだ。 一丁荒し、往復イビキ、グウーーッ、ゴウーーッ、あたりのゴミも吸い込む。 講釈師が文句を言った、「人間か、イノシシか。 木戸銭は返すから、帰れ、帰れ! 芸も分からない奴は」と。 文句を返そうとしたら、まわりの奴が「つまみ出せ」ってんで、グッとこらえて、そのまま帰ってきた。 何とか、意趣返しをしたい。 仕返しか、いい考えがある。 角の乾物屋で胡椒を買って来い、火鉢を借りて、胡椒の粉を火にくべるんだ。 いぶして、扇ぐと、講釈師は、目に涙、鼻にくしゃみ、口にセキになる。 そこで、お前のくしゃみを聞きに来たんじゃないって、言ってやるんだ。 意趣返しになる。 角の乾物屋で、胡椒の粉を十銭。 行ってくるよ。
何を買うんだっけ。 胡椒の粉を十銭。 どこで? 角の乾物屋。 何べんも、同じことを聞くな。 物覚えが悪い。 それも、普通の人じゃない、すぐ忘れるんだ。 手に指で字を書いておくんだ。 急いで、行ってくるよ。 胡椒は、覗きからくりの真似をすればいい、八百屋お七、小姓の吉三。 兄ィは頭がいい、参議院に出たら、どうだ。 お前は、気のいい男だね。 どこで買うんだっけ。 角の乾物屋だ。
ごめんよ。 何を差し上げましょう? あれ。 聞いてたろ、品物言ってくれない。 聞いてませんよ。 長めの棒を貸してくれない。 陽気の変わり目には、こういう人が来るんだ。 アーーッ、ソレソレ、ソレソレ! 大きな声を出すから、子供が見ているじゃないですか。 そうだ、駒込の吉祥寺、十銭くれ。 書院座敷の次の間に! そこに立たないで下さい、押しちゃあだめ。 水を撒いて。 鰹節を下さい。 後にして下さい。 アーーッ、ソレソレ、ソレソレ! 覗きからくりを十銭。 何の覗きからくりで。 八百屋お七、その相手の男、吉三を十銭。 吉三は元来、小姓で。 それ十銭。 あんた、胡椒を思い出すのに、からくり一段そっくりやったんですか。 胡椒、売り切れです。 お薬味にするんですか? 役人じゃない、面白くない野郎に、くしゃみをさせようってんだ。 それだったら、唐辛子(とんがらし)でいい、七色唐辛子、狐憑きも落ちる。 それ十銭おくれ。 唐辛子、少しおまけしときます。 人がたかっちゃったね、ご声援、ありがとうございます。
いつまでかかっているんだ。 からくり一段やって、胡椒を思い出したら、売り切れだった。 乾物屋が唐辛子でいいってんで、十銭買って来た。 とても今時の人じゃない、貴重な人材だって、褒めてた。
一番前に座ろう。 何のために来たんだ。 忘れてたよ。 火鉢もらえよ。 暖かいの要らない、煙草も呑まないし。 そうだった。 お姐さん、火鉢を一つ。 まだ誰もいない。 ハックショイ! 俺で試すな。 講釈師も、噺家も、猿回しの猿と同じだ。 講釈師、初めは小さな声で始め、はっきり言わない。 張り扇を、一つ入れる。 時は慶長15年、秀頼と淀君の大坂城へ、真田左衛門佐、練達の一義士を先頭に、関東一万の軍勢が押し寄せた。 兄ィ、頭一本ぬけている、鹿右衛門はこいつです。 扇げ、扇げ、黄色い煙が出る、あの団子っ鼻に向って。 大冑、立ったら三七二十一日、イハハ、ハックショイ、やあやあ、遠からん者は、我こそは、ハッ、ハッ、ハックション。 ウッハッハ、征夷大将軍。 大丈夫ですか。 毒づくんだよ。 くしゃみばかりして講釈読まなきゃ、講釈師じゃないだろう! 何か、故障がありましたか。 胡椒がないから、唐辛子で間に合わせたんだ!
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