五街道雲助の「淀五郎」後半 ― 2025/05/20 07:06
明くる日は、二日目。 また、花道の七三で止まったきりで、そばに寄ってきてくれない。 淀五郎は、外に飛び出し、三河屋の爺さんに、天井を見せられた。 明日、三河屋を突き殺して、俺も死んでやろう、と考える。
日の暮れ、中村座のそばを通ったので、栄屋の親方に挨拶して行こう。 栄屋、中村仲蔵、俳号を秀鶴(しゅうかく)、三役で腹の切り方を変えたといわれる名優だ。 ごめん下さいまし。 何です、紀伊國屋の親方じゃありませんか、裏じゃなく玄関から来て下さいよ。 淀さんかい。 夜分に、すみません。 このたびは、おめでとう。 今日は、どういう風の吹き回しだい。 暇乞いに参りました、小さい時からお世話になっておりますのに、しばらくお目にかかれないと思いますので。 どっか行くのか、旅にでも、よくねえな、本場で修業しなきゃあ、本寸法にならねえ。 どっちへ行くんだ。 西の方へ。 上方か、芸の風が違う。 いつ立つ。 明日、立とうと思う。 三日目で、判官がいなくなって、どうするんだ。
膳の仕度をしてくれ。 誰も、中に入れるな。 淀さん、隠し事をしているな。 お前さんはいつも陽気な人なのに、沈み込んでいる。 乗れる相談なら、乗ろうじゃないか。 お前さん、膝頭が濡れている。 花道の一件か。
明日、本当に腹を切ろうと思っているんです。 偉えな、よくそこに気がついた。 どういうふうにやるんだ。 由良之助を斬り殺して、私も腹を掻っさばいて死ぬつもりで。 そんな芝居、見たことも聞いたこともねえ。 三河屋じゃねえか、お前に役を付けてくれたのは……、逆恨みはよくねえ。 そこで、やってみろ、白扇で、舞台と同じに。 仲蔵は、煙草を喫いながら、見る。
ああ、もういい。 てえげえ、見当はついた。 私が由良之助でも、傍に寄らない。 そっくり、よくねえ。 料簡違いだ。 五万三千石の大名だというつもりで、腹を切らなくちゃあいけない。 良い役が付いて、嬉しかろう、いいところを見せようとして、芸が浮つく、褒められるのは下手の内だ、褒められよう、褒められようとして、芝居をしている。
判官の心持はどうだ。 お家断絶、一族郎党は食うにも困ることになる、家来にすまねえ、合わせる顔がない、アー申し訳ないと、腹を切るんだ。
五万三千石の大名だ。 手を左に落とす形がよくない。 手を膝の上に置いたまま、へそを背骨につけるように、形よく、品よく、行儀よく腹を切るんだ。 耳の後ろに青黛(せいたい)を塗っておいて、チャリンと腹を切ったら、中指につけて、唇にさっと塗る。 刃物を持った右手は、上に向けて落ち入りな、力弥が取りやすいように…。 それぐらいで、由良之助は傍にきてくれるんじゃないか。
ドロンドロンと太鼓が鳴って、楽屋入り。 三日目、淀五郎の気の入り方が違う。 団蔵は、本当に突き殺されるかと思った。 四段目、「近こう、近こう」。 出来た、極上吉のいい判官だ、誰がやってもこれまでだ。 富士の山が一日で出来たという、こいつ一人の知恵じゃないな、仲蔵かな。 いい判官だな、こいつは行かねばなるまい。 ツツツツーとそばに寄る、「御前ぇーーん」「由良之助か」。 七三に、いねえ。 今日は、出ねえのか。 三日目に、淀五郎の塩冶判官の傍に団蔵の由良之助がいた。 「待ちかねたゾーーッ!」
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