春風亭一之輔の「花見酒」後半2024/04/10 07:00

 出掛けよう。 お前は、前棒か、後棒か。 押されるより、引っ張られる方がいい、兄貴を見守る、俺は後棒にするよ。 いい陽気だ、香りがたまらねえ、蓋も借りて来ればよかった。 あのさあ、後棒は困る、酒の香りが俺の顔にぶつかる。 黙って、担げ。 一言言っていいか、飲みたい。 商売物だ。 このまま、行くのか。 飲みたい、幾ら? 五銭だ。 ちょっと待って、五銭持ってる、さっきの。 買っていい? 客だから。 お前が客か。 はい。 景気づけになって、いいね。 灘の生一本だ、不味かったら、お代はいらない。 (五銭玉を差し出し)これで、一つ。 毎度あり! いただきます、やったあ、ハッ、いい酒だ、あそこは調合がいいんだ。 腹の虫が、ピシャッと、戸を閉めちゃった。 昨日飲んだドブロクが、しばらくこちらにおいでになりませんでしたねって…(掌もなめる)。

 今度は、俺が後棒だ。 空きっ腹に飲んだからって、よろよろ、ふらふら、するんじゃない。 酒がピチャピチャ跳ねて、俺の顔にぶつかる。 俺も買っていいか。 五銭、下さい。 ドン。 有難うござんす、はい、どうぞ。 ハァ、いい酒だ、五銭、安いよ。 チュ、チュ、チュー、チュー!(手につけ、顔に塗る) 水で薄めて、飲もうか。

 お前さん、後棒だ。 鰻屋だ、この鰻の匂いで、一杯買うよ。 常連さんですね、有難うございます。 佃煮屋の前で、一杯。 向島に着く頃には、二人とも、へべのれけ。 下ろしましょ。 俺、ちょっと、寝るから、グーーーッ! 灘の生一本だ。 兄貴、寝ちゃったよ。

 さあーーッ、いらっしゃい、いらっしゃい!(両手を挙げて、振り回す) 陽気の変わり目だな、踊りまくっている。 いい酒ですよ! 酒屋、酒屋、一杯くれ。 いらっしゃい、お二階へご案内。 二階なんて、ねえじゃないか。 桜の木に、上がれ。 一杯、もらいたい。 五銭です、どうぞ! ないよ、入ってない。 飲んじゃったんでしょう。 まだだ。 ねえ(樽の中をかき回す)。 ひっかかるもんじゃない、空だよ、売り切れだ、やったあ! 返せ、金。 空の樽酒を、買いに来る馬鹿があるか。

 兄貴、売り切れだよ。 商売仕舞だ、売り溜を出せ。 はい。 五銭しかないじゃないか、それだけか。 それしかないよ。 三升で、五銭てことはないだろう。 だって、ハナ俺が飲んで、五銭払った、兄貴が飲んで五銭もらった、やったり、とったりしたんじゃないか。 三升、五銭で飲んじゃったてぇことだ。 何だ、それ? 安く飲めたって、ことだ。

春風亭一之輔の「花見酒」前半2024/04/09 06:55

 世界でも有数の大劇場、国立劇場は最高裁の隣、前に皇居もあって、厳粛な雰囲気だが、この日本橋劇場は、近所にジョナサンやミニストップもあり、ゆるやかな気持でやれる。 落語研究会、われわれは研究しているのか、娯楽は楽しい、気分が上がる。 ここも建て替えだそうで、あちこちいろんな劇場でやるのは、サーカス団みたい。 ようやく開花宣言、去年は、もう散っていた。 11輪咲きました! 開花を見届ける人は、のんきな商売で、あれでお金をもらってる。 じっと見守って、桜も恥ずかしい。 桜同士、話してる。 こいつ、ずっといるよ。 桜だけ、何で、もてはやされるんだろう。 ずっと咲かないと、面白い、いらいらするよ。

 八っつあん、花見行かないか。 花見は桜…、つつじの蜜吸いに行こうとは言わない。 オランダでは、八っつあんとは言わない、アラブならハッサンか。 ヨハン、チューリップ見に行かないか。 メキシコなら、ホセ花見に行かないか、サボテンの花。 飛鳥山、銭湯で花見の噂を聞いた。 銭儲けの花見に行かねえか。 向島、白髭あたりから引っ返して来る。 酒三升、五銭で飛ぶように売れる。 銭はあるか、お前どうだ。 懐かしい、元気でいるかな。 たんとでなくとも、一寸でも。 情けない、少将も、深草もない。 兄貴は? 俺があれば、お前には訊かない。 知ってる酒屋はあるか、顔の利く。 一年越しの借金があって、顔は利かない、口も利いてくれない。 兄貴は? 五年越しの借金がある。

 酒屋と目が合っちゃった、昔はニコニコしてたのに、俺と関わって笑顔を忘れた。 どうも。 何か、ご用で? こいつが一年越しの借金があるってんで、さんざん言ってやったんです。 立て替えても、この野郎の為にはならない。 この野郎に稼がせるのがいい。 酒、三升貸していただけないか。 貸していただければ、一旦、お借りして、花見に行って五銭で売って稼がせて、お返しする。 いいですよ。 樽と柄杓も。 (小僧に)定、よく洗って差し上げろ。 天秤棒と、荒縄、湯呑も一つ。 よく洗って。 釣銭の五銭玉も。 何もないんですね。 水洗いしました。 これ五銭玉。 儲かりましたら、こちらにお返しに来ますから。

春風亭柳橋の「干物箱」後半2024/04/08 07:01

 お父っつあん、いい湯でしたよ。 倅か、戸締りして寝ちまいな。 第一関門突破だ、いい部屋だな。 若旦那、今頃、俥飛ばしてるよ、アララー、アララー、アラヨー、アラヨー! 何だ、たまに早く帰ってきたと思ったら、騒いでやがる、銀之助、うるさいぞ!  まだ、起きてるんか。 多分、寝言で。 起きてたら、ちょうどよかった、頼んどいた無尽には行ってくれたんだろうな。 行ってきました。 無尽、どこに落ちた? ん、ん、神社の杉の木。 エッ。 岩田のご隠居は、おせりになったか、いくらで? ウン千円。 どこか、やぶけてるんか。 三千円。 千円の無尽を、三千円でせるか。

 お父っつあん、お休みなさい。 お向うから干物を頂戴したのは、お前か、何の干物だ? 魚の干物です。 エッ、大きいのがあったようだが何だった? 大きいのは、クジラです。 どこにしまった? 箱の中にしまっておきました。 何の箱だ? 下駄箱。 下駄箱にしまうか? 干物箱にしまっておきました。 干物箱? ネズミが入るといけない、お父っつあんの枕元まで持って来てくれ。 急に、おなかが痛くなりました。 薬を持ってってやる。 治りました、お休みなさい。 早いとこ、寝ちまえ。 ああ、怖かった、肝っ玉が、上がったり下がったりしたよ。

 向うで若旦那、花魁来たよ、か何かやってんだろな。 どこかに、いい人ができたんじゃないの、ツネツネしちゃうから。 痛い、痛い! また、痛いのか? お休みなさい。

 何だ、こんなところに手紙があるよ。 若旦那様、おんもとへ、ご存知より、か。 いい手だ。 一筆示し参らせ候、先日若旦那様お越しの折、病いたちどころに全快したような心持にあいなり候。 橘さんのお相方、本屋の善公は、もとより嫌な奴なれど、愛想も小想も尽き果てたのは、蒲団の中に越中ふんどしを置き忘れ、臭気甚だしく、消毒薬やらDDTを振りまいた、チーチーパーパー、カズノコ野郎。 笑わせるない。 何だ、銀之助、うるさいぞ! うるさいのは、こっちだ。

 お前さん、本屋の善さんじゃないか。 お父っつあん。 ウチの馬鹿野郎に頼まれたな。 お宅の馬鹿野郎に頼まれた。 何だ、お前まで、馬鹿野郎と言うことはない。 善さん、善さん! 忘れものだよ、洋ダンスの抽斗の紙入れを、放ってくれ。 こら、馬鹿野郎! 帰ってきやがったな。 えっ、善公は器用だ、親父そっくりだ。

春風亭柳橋の「干物箱」前半2024/04/07 06:55

 柳橋はにこやかに出て、コロナ禍から通常の営業になったけれど、元来寄席は感染力がない、われわれもお客様が大きな声で笑わないような落語をやった。 40年前も客が少なかった、3~4人、昇太師匠と同期なんだが、客が誰もいないんで、二人で呼び込みをやる。 客が来ると、どちらかが高座へ。 呼び込みしてたのが出て来たんで、客が驚く。 空いているのには、慣れている。 師匠に言うと、だから、食えないよ、ヨセって言ったろ、それでも弟子入りしたんだろって。 師匠は、すごい。 最終的には、好きでないと続かない、道楽のようなもの。 道楽って、言葉を使わなくなった。 ドラ息子、サンドラ煩悩、飲む打つ買う。 飲む……、牛乳ではない、酒、何かにつけて飲む。 打つは、博打、ギャンブル、海外では6億7億かけるらしい。 買う、今は法律で買えなくなっちゃった、ご婦人相手の遊び。 殿方は、この内、一つぐらいは、凝る。

 大家の若旦那、吉原通いで、店の金庫に手をつける。 バカヤロウ!<大声で叱るは真の親子なり><意見聞く倅の胸に女あり><親孝行したくないのに親がいる>。 親父は、叱言の国から叱言を広めに来たんだろう、花魁の笑顔がいい、えくぼが出て、親父は笑うとシワが出る。

 分身が欲しいな、分身の高島田。 いたよ、本屋の善公。 善さん、いるかい! 借金取りは、しつこいね。 留守です。 私だよ。 ヨッ、若旦那、遠慮なく開けて。 戸の左の上を押して、右下を引き、ちょいと持ち上げるようにして、下を蹴っ飛ばす、一人分だけしか開かない。 横になって、入って、足元に落とし穴がある。 開いた。 若旦那、向うへ行って、ワッと騒ぎましょう。 親父がうるさくて行けない。 昔から、親かましい、という。

 善さん、声色が上手いんだってね。 当人が知らないのか、先だっての寄合で、若旦那の声色をやったら、隣の部屋に大旦那がいて、善さんは器用だ、倅そっくりって言った。 本物です、家来が心得ている、私が若旦那のコート、帽子で、眼鏡をかけて。 花魁は、泳ぐように出て来る。 コート、帽子、眼鏡を取ると、冬瓜頭のこの私なので、花魁が怒る。 「善さんじゃないの、洒落がきつすぎるよ」って、いうところに、あなたが出る。 それで、ご祝儀を下さるんでしょ、行きましょ、行きましょ!

 そうじゃなくて、ウチの二階で、つないで欲しい。 留守番ですか、身代わりの。 くだらない、よしましょ、よしましょ。 おたくのお父っつあんは、柔術を心得ている、ヤです。 何だい、わかりました、ご祝儀に羽織の一枚もつければ、やってくれる者は他にいる。 ハナにそれを言って下さい。 嫌だァーーけれども、二階に上がりましょう。 よろしく頼むよ。 向うで、私のレコにも、よろしく。 色白で、ぽっちゃりした橘です。 角(かど)に橘惚れる様子を菊の花、馬鹿な惚れようで。

柳家喬太郎の「普段の袴」2024/04/06 06:57

喬太郎、膝が悪いので釈台を置き、二列目の右隅で見ていたら、座布団を二つに折ったところに、どかりと胡坐をかく。 落語研究会、国立劇場でなく、日本橋劇場だと、緊張感がない。 方々でやる場所がなくなり、ここも建て替えで変わるとか、われわれも行く劇場を間違えたりする、愉快です。 国立演芸場には、社員食堂があった。 もし再開するなら、それ「らしい」社員食堂で続けて欲しい、食券を買うのも、(歌舞伎の調子で)「こんにち、できますものは、サバの味噌煮に、芋の煮っころがし、さあさあ、どちらで」とか。

今は鈴本のある上野広小路、道具屋の店の主に侍が声をかける。 主、そのほうの店は、ここであったか。 近藤様。 墓参の帰りだが、供にはぐれた、ちょっと店先の隅で待たせてもらうぞ。 齢は五十がらみ、黒羽二重に仙台平の袴、雪駄履きに細身の大小を差し、なかなかの貫禄。 奥へどうぞ。 ここでよい、商いの邪魔になるか。 いいえ、お茶と煙草盆を。

そこの鶴の絵、まことに良い出来だ。 お目が高い、落款がないのですが、手前は谷文晁ではないかと。 良き鶴じゃ、さすが名人だな。 ほれぼれと見ている内に、煙草の火玉が、袴の上に落ちた。 お袴の裾に、火玉が落ちました、疵(きず)になるといけません、すぐにおはらいを。 案じるな、これは、いささか、普段の袴である。 そこへ供がやってきて、すっと去る。

それを、芸人から釣りを取ろうというような、日当たりでボォーッと育ったような奴が見ていた。 ああ鷹揚に行きたいものだ、なかなか、ああはいかない。 やってみよう。 その八公、袴がないので、大家のところで借りて来よう、と。

何だ、店賃を払いに来たのか。 誰が払うって、言った。 窮屈袋、袴を借りたい。 祝儀かよ。 ン……? 不祝儀か。 へ……? 祝儀と不祝儀が、ぶつかったのか? そうだ、湯島の方から来たシュウギと、末広町の方から来たブシュウギが、一杯機嫌でぶつかった。 酔っ払ってるんで、大喧嘩になった。 八公、止めてくれってんで、俺が預かることになった、蕎麦屋の二階で手打ちをするんだ。 それで、袴がいるのか、婆さん、愛しいじゃないか、貸してやれ。 折れっ釘に、ぶら下がっているのでいいだろう、良いのもあるが。 良い方がいいけれど、折れっ釘でもいいや、焦がしちゃうんだから。 何? 穿いてみろ、馬子にも衣裳だな。 借りて行きます。 八公! あい。 シュウギとブシュウギに、よろしく。

あァ、主、そのほうの店は、ここであったか。 わざわざ来たわけではない。 墓参の帰りに、供とはぐれた。 あなたが、供では? なぜ、奥へどうぞって、言わない。 逆らわないほうがいい。 奥へどうぞ。 ここでよい、商いの邪魔になるか。 はい。 お茶と煙草盆は? 逆らわないほうがいい。

そこの鶴の絵、よう描けておるな。 さだめし、文晁かと。 エッ、鶴だろう、文鳥はこんなに首が長くないだろう。 わし、この人、好きだな。 いい鶴だ。 煙管に煙草をつめて、ふかすが、煙管の掃除をしていないから、火玉がなかなか飛び出さない。 強くプッと吹くと、火玉が頭の上に。 面白いぞ! あのー、おつむりに火玉が! 主、しんぺえするねえ、これは、いささか、普段の頭だ。