小人閑居日記 2019年12月 INDEX2019/12/31 06:41

入船亭小辰の「一目上がり」<小人閑居日記 2019.12.1.>
蜃気楼龍玉の「駒長」<小人閑居日記 2019.12.2.>
柳亭市馬の「掛取り」前半<小人閑居日記 2019.12.3.>
柳亭市馬の「掛取り」後半<小人閑居日記 2019.12.4.>
三笑亭夢丸の「将棋の殿様」前半<小人閑居日記 2019.12.5.>
三笑亭夢丸の「将棋の殿様」後半<小人閑居日記 2019.12.6.>
五街道雲助の「火事息子」前半<小人閑居日記 2019.12.7.>
五街道雲助の「火事息子」後半<小人閑居日記 2019.12.8.>
「萬來舎・ノグチルーム」見物[昔、書いた福沢166]<小人閑居日記 2019.12.9.>
『福澤諭吉書簡集』編集の苦楽談・数学で和歌俳句をつくる[昔、書いた福沢167]<小人閑居日記 2019.12.10.>
『東日流(つがる)外(そと)三郡誌』“発見”の現場[昔、書いた福沢168]<小人閑居日記 2019.12.11.>
水の江戸・水の東京、池田弥三郎さん[昔、書いた福沢169]<小人閑居日記 2019.12.12.>
《築地明石町》モデルの孫<小人閑居日記 2019.12.13.>
幕末の横浜[昔、書いた福沢170]<小人閑居日記 2019.12.14.>
吉村昭さんの『生麦事件』、皆村武一さんの中公新書[昔、書いた福沢171]<小人閑居日記 2019.12.15.>
松木弘安(寺島宗則)と五代才助[昔、書いた福沢172]<小人閑居日記 2019.12.16.>
トーマス・グラバーと明治維新[昔、書いた福沢173]<小人閑居日記 2019.12.17.>
神奈川宿の台地、旧街道沿い、生麦[昔、書いた福沢174]<小人閑居日記 2019.12.18.>
芳賀徹さんの講演「福沢諭吉と岩倉使節団」[昔、書いた福沢175]<小人閑居日記 2019.12.19.>
ペリー来航150年の久里浜浦賀へ行く・中島三郎助[昔、書いた福沢176]<小人閑居日記 2019.12.20.>
堀達之助とリュードルフ事件[昔、書いた福沢177]<小人閑居日記 2019.12.21.>
『福澤諭吉書簡集』による研究の可能性[昔、書いた福沢178]<小人閑居日記 2019.12.22.>
幕末佐賀藩の科学技術と政治関与[昔、書いた福沢179]<小人閑居日記 2019.12.23.>
幕末横浜と事始め、ヘボン、岸田吟香[昔、書いた福沢180]<小人閑居日記 2019.12.24.>
中川眞弥さんの「『文字之教』を読む」[昔、書いた福沢181]<小人閑居日記 2019.12.25.>
短信  『サイラス・マーナー』<等々力短信 第1126号 2019(令和元).12.25.>
九鬼隆一という人物[昔、書いた福沢182]<小人閑居日記 2019.12.26.>
清家篤さんの「生涯現役社会をめざして」その1[昔、書いた福沢183]<小人閑居日記 2019.12.27.>
清家篤さんの「生涯現役社会をめざして」その2[昔、書いた福沢184]<小人閑居日記 2019.12.28.>
横浜関内散歩[昔、書いた福沢185]<小人閑居日記 2019.12.29.>
やさしくかくということ[昔、書いた福沢186]<小人閑居日記 2019.12.30.>
中津城天守閣の謎[昔、書いた福沢187]<小人閑居日記 2019.12.31.>

小人閑居日記 2019年11月 INDEX2019/11/30 09:35

阿川尚之さんの『アメリカが見つかりましたか-戦後篇』〔昔、書いた福沢144〕<小人閑居日記 2019.11.1.>
丸山眞男「福沢における「実学」の転回」〔昔、書いた福沢145〕<小人閑居日記 2019.11.2.>
井出孫六さんの「福沢と故郷」〔昔、書いた福沢146〕<小人閑居日記 2019.11.3.>
福沢諭吉、マーマレードを作る〔昔、書いた福沢147〕<小人閑居日記 2019.11.4.>
仲間うちの情報交流会〔昔、書いた福沢148〕<小人閑居日記 2019.11.5.>
明治23年、スペンサーの風船乗り〔昔、書いた福沢149〕<小人閑居日記 2019.11.6.>
「福沢諭吉と朝鮮」予告編〔昔、書いた福沢150〕<小人閑居日記 2019.11.7.>
「多事争論」〔昔、書いた福沢151〕<小人閑居日記 2019.11.8.>
『落日の宴 勘定奉行川路聖謨』〔昔、書いた福沢152〕<小人閑居日記 2019.11.9.>
春風亭㐂いちの「熊の皮」<小人閑居日記 2019.11.10.>
入船亭扇辰の「田能久」<小人閑居日記 2019.11.11.>
三遊亭歌武蔵の「蒟蒻問答」<小人閑居日記 2019.11.12>
桂三木助の「天狗裁き」前半<小人閑居日記 2019.11.13.>
桂三木助の「天狗裁き」後半<小人閑居日記 2019.11.14.>
入船亭扇遊の「たちきり」前半<小人閑居日記 2019.11.15.>
入船亭扇遊の「たちきり」後半<小人閑居日記 2019.11.16.>
北岡伸一さんの「福沢諭吉と伊藤博文」[昔、書いた福沢153]<小人閑居日記 2019.11.17.>
福沢諭吉協会で徳島と松山へ[昔、書いた福沢154]<小人閑居日記 2019.11.18.>
「もゝたろふは、わるものなり」[昔、書いた福沢155]<小人閑居日記 2019.11.19.>
丸山眞男著「福沢諭吉の哲学」読書会(1)[昔、書いた福沢156-1]<小人閑居日記 2019.11.20.>
丸山眞男著「福沢諭吉の哲学」読書会(2)[昔、書いた福沢156-2]<小人閑居日記 2019.11.21.>
『たそがれ清兵衛』と『福翁自伝』[昔、書いた福沢157]<小人閑居日記 2019.11.22.>
加藤秀俊さんの『暮らしの世相史』[昔、書いた福沢158]<小人閑居日記 2019.11.23.>
伊藤彌彦さんの「明治14年の政変と福沢諭吉」[昔、書いた福沢159]<小人閑居日記 2019.11.24.>
カタカナ語を減らす[昔、書いた福沢160]<小人閑居日記 2019.11.25.>
短信 季刊『雷鼓』の終刊<等々力短信 第1125号 2019(令和元).11.25.>
小栗忠順・栗本鋤雲と福沢[昔、書いた福沢161]<小人閑居日記 2019.11.26.>
小栗上野介忠順の提灯を持つ[昔、書いた福沢162]<小人閑居日記 2019.11.27.>
松崎欣一さんの「草稿・演説・演説記録-福沢先生の「演説」」[昔、書いた福沢163]<小人閑居日記 2019.11.28.>
ホーム・グラウンドは落語と福沢[昔、書いた福沢164]<小人閑居日記 2019.11.29.>
「いろは加留多も御存じないか」[昔、書いた福沢165]<小人閑居日記 2019.11.30.>

小人閑居日記 2019年10月 INDEX2019/10/31 08:24

中津・小倉・下関・萩の旅(1)〔昔、書いた福沢120-1〕<小人閑居日記 2019.10.1.>
中津・小倉・下関・萩の旅(2)〔昔、書いた福沢120-2〕<小人閑居日記 2019.10.2.>
中津・小倉・下関・萩の旅(3)〔昔、書いた福沢120-3〕<小人閑居日記 2019.10.3.>
「福沢の威を借る」〔私にとっての福澤諭吉〕〔昔、書いた福沢121〕<小人閑居日記 2019.10.4.>
『福翁自伝』の表と裏―松沢弘陽さんの読みなおし(1)〔昔、書いた福沢122-1〕<小人閑居日記 2019.10.5.>
『福翁自伝』の表と裏―松沢弘陽さんの読みなおし(2)〔昔、書いた福沢122-2〕<小人閑居日記 2019.10.6.>
追悼 服部禮次郎さんの温顔と心遣い〔昔、書いた福沢123〕<小人閑居日記 2019.10.7.>
「青木功一著『福澤諭吉のアジア』」読書会に参加して(1)〔昔、書いた福沢124-1〕<小人閑居日記 2019.10.8.>
「青木功一著『福澤諭吉のアジア』」読書会に参加して(2)〔昔、書いた福沢124-2〕<小人閑居日記 2019.10.9.>
「青木功一著『福澤諭吉のアジア』」読書会に参加して(3)〔昔、書いた福沢124-3〕<小人閑居日記 2019.10.10.>
〔昔、書いた福沢〕を続けて出している理由<小人閑居日記 2019.10.11.>
ブログ以前の「轟亭の小人閑居日記」<小人閑居日記 2019.10.12.>
「始造」〔昔、書いた福沢125〕<小人閑居日記 2019.10.13.>
やじ馬の観察記録〔昔、書いた福沢127〕<小人閑居日記 2019.10.14.>
『ひゞのをしへ』桃太郎の話〔昔、書いた福沢128〕<小人閑居日記 2019.10.15.>
『学問のすゝめ』のすゝめ・「人間交際」〔昔、書いた福沢129〕<小人閑居日記 2019.10.16.>
「新しい維新」・翻訳語「競争」の始造〔昔、書いた福沢130〕<小人閑居日記 2019.10.17.>
丸山眞男さんと『脱亜論』〔昔、書いた福沢131〕<小人閑居日記 2019.10.18.>
またぞろ、偽作「福沢心訓」〔昔、書いた福沢132〕<小人閑居日記 2019.10.19.>
福沢の見たロンドンの医療〔昔、書いた福沢133〕<小人閑居日記 2019.10.20.>
武満徹さんと『解体新書』〔昔、書いた福沢134〕<小人閑居日記 2019.10.21.>
中津藩と蘭学「日本近代文化事始」〔昔、書いた福沢135〕<小人閑居日記 2019.10.22.>
福沢諭吉と『蘭学事始』〔昔、書いた福沢136〕<小人閑居日記 2019.10.23.>
渋沢史料館・渋沢栄一と福沢諭吉〔昔、書いた福沢137〕<小人閑居日記 2019.10.24.>
   短信 為せば成るか<等々力短信 第1124号 2019(令和元).10.25.>
「大隈重信と福沢諭吉」〔昔、書いた福沢138〕<小人閑居日記 2019.10.25.>
“大隈重信”と“百科事典”〔昔、書いた福沢139〕<小人閑居日記 2019.10.26.>
大江健三郎さんの“個”を見つける三つ〔昔、書いた福沢140〕<小人閑居日記 2019.10.27.>
まとめ「個を見つける」〔昔、書いた福沢141〕<小人閑居日記 2019.10.28.>
福沢諭吉と銭湯〔昔、書いた福沢142〕<小人閑居日記 2019.10.29.>
トクヴィルと福沢諭吉(1)〔昔、書いた福沢143-1〕<小人閑居日記 2019.10.30.>
トクヴィルと福沢諭吉(2)〔昔、書いた福沢143-2〕<小人閑居日記 2019.10.31.>

“大隈重信”と“百科事典”〔昔、書いた福沢139〕2019/10/26 06:53

      “大隈重信”と“百科事典”<小人閑居日記 2002.5.11.>

 「大隈重信と福沢諭吉」について書くとすれば、「明治14年の政変」の話が、 最も重要で、面白くもあるのだが、長くなりそうだ。 それはしばらくおき、 今日は『世界大百科事典』の全文検索でひっかかってきた“大隈重信”と“百 科事典”の関係にふれる。

 日本での欧米式百科事典の歴史は苦難に満ちたものだった。 最初のものは 田口卯吉の『日本社会事彙』2巻で、1890-91(明治23-24)年に 刊行された。 欧米の百科事典にならう総合的な事典の出版を計画したのは同 文館であった。 同文館は1901(明治34)年に計画を発表し、『商業大辞 書』6巻、『医学大辞書』8巻以下、分野別大辞書を刊行し、それらを併せて『大 日本百科辞書』と名付けたが、この性急な出版事業は莫大な経費を要し、12 (大正元)年に同文館は倒産した。

 こうしたさまざまな試行を経て、本格的な百科事典、三省堂『日本百科大辞 典』が現れることになった。 1902(明治35)年、“大隈重信”を総裁に、 斎藤清輔を編集長として編纂が開始されたこの事業は、08(明治41)年に 第1巻を刊行したが、多くの困難に遭い、経済的にも行き詰まって、12(大 正元)年に三省堂が破産するに至った。 しかし、この事業の挫折は大日本帝 国の文化的な力の威信にかかわるという声もあがり、再建が計画され、19(大 正8)年に当初全6巻の計画が全10巻となって完成した。(大隈が亡くなった のは22(大正11)年) この百科事典は、明治時代の日本文化を集約した ものとして、また高い見識と良心的な編集で高く評価され、日本の百科事典の 歴史を画した、という。(なお『世界大百科事典』のこの部分の筆者は、大隈和 雄さん、大隈重信の縁者だろうか)

「大隈重信と福沢諭吉」〔昔、書いた福沢138〕2019/10/25 06:55

       「大隈重信と福沢諭吉」<小人閑居日記 2002.5.10.>

 友人が「大隈重信と福沢諭吉」について、資料を集めているのだが、何かよ い知恵があったら、教えてもらいたいといってきた。 それで、まず、こんな ものを送った。

 前に『福沢手帖』99に「CD-ROM版「百科事典」で“福沢諭吉”を検 索する」というのを書かせてもらった。 “福沢諭吉”で全文検索をかけると、 出てきた見出し項目は全部で127件だった。 それを独断で分類してみたら 「人名」22、「書名・誌紙名」16、「教育・学問」21、「世界」8、「歴史・ 政治・思想」28、「文明開化」32だった。 このCD-ROM版「百科事典」 の全文検索は、ある人物とその生涯を大まかに把握したい時(いわば「人物論 之概略」に)もってこいの機能ではないか、と思った。 そしてその時、思い 付いて“大隈重信”の全文検索も試みて112件をヒット(別記参照)、その内、 人名を含めると90件近くが「政治」に関係する事項だった。 「文明開化」 にあたるものが、ごく少ない。 大隈重信は、つくづく政治世界の人だという 結果になった。

 大隈重信の名誉のために言っておけば、「文明開化」にあたるものに、“園遊 会”や“温室”、とりわけ“百科事典”がある。 福沢諭吉との関係でいえば、 福沢の葬儀の時、大隈から御霊前に手向けて頂きたいと、一束の切り花が届い た。 このとき香華その他一切御受けしないことになっていると、受付の者が 謝絶すると、大隈家の使者は容(かたち)を改めて、それは十分承知している が、この花は花屋から買って来たものではない、主人の大隈が福沢先生の訃報 に接し、みずから手塩にかけて育てた“温室”の花を、涙ながらに自分で切っ て作った花束である、それをお返しになるとは、あんまりでないかと言った。  結局、それは有難く受けることになり、福沢の葬儀に他から供えられた唯一の 花になったという。(富田正文『考証 福沢諭吉』下574頁/福沢大四郎『父・ 福沢諭吉』227頁) 世界大百科事典では、“温室”に大邸宅付属温室として は大隈重信邸で客の供応に用いられたものが有名で、この早稲田の大隈邸では 1883年日本初の“園遊会”が開かれた、とある。

 世界大百科事典で、その解説中に“大隈重信”を含む見出し語112件

安達謙蔵/石井菊次郎/板垣退助/一木喜徳郎/伊藤博文/犬養毅/岩倉使節 団/岩崎弥太郎/園遊会/大浦兼武/大久保利通/大隈重信/尾崎行雄/小野 梓/温室/改進党/開拓使官有物払下事件/改暦/学制/桂太郎/加藤高明/ 加藤友三郎/官業払下げ/ 陸羯南/来島恒喜/慶応義塾大学/憲政会/憲政 党/憲政本党/玄洋社/河野利鎌/河野広中/神鞭(こうむち)知常/国葬/ 国民党/護憲運動/護国寺/小村寿太郎/佐賀<市>/参議/三職/塩沢昌貞 /時事新報/シーメンス事件/条約改正/殖産興業/私立学校/進歩党/人名 /枢密院/杉山茂丸/征韓論/政教社/政党/政党政治/政友会/選挙干渉/ 仙石貢/副島種臣/大正時代/大同倶楽部/高田早苗/竹橋事件/秩禄処分/ 鄭家屯(ていかとん)事件/帝国議会/帝政問題/鉄道/寺内正毅/同志会/ 頭山満/内閣/内地雑居/永井柳太郎/中野武営/二個師団増設問題/西原借 款/二十一ケ条要求/日墨通商修好条約/農商務省/浜口雄幸/林有造/原敬 /藩閥/百科事典/ファン・ボイ・チャウ(さんずいに番・佩・珠)/福沢諭 吉/藤田茂吉/フルベッキ/文官任用令/文芸協会/星亨/前島密/前田正名 /町田忠治/松方財政/松方正義/松田正久/満蒙独立運動/三菱財閥/箕浦 勝人/民部省/明治時代/明治14年の政変/元田永孚/矢野竜渓/山県有朋 /横浜正金銀行/予算/万朝報/若槻礼次郎/早稲田大学