11月19日の1999年末クロスワード・パズルの答2025/11/22 07:15

1999年末クロスワード・パズル<小人閑居日記 2025.11.19.>を、改めて自分でもやってみた。

 【ヨコのカギ】1 ガマの油売りがサァ… オタチアイ 2 …の霍乱 オニ  3 映画『わが青春の…』、鴎外の娘はこの洒落か マリアンヌ 4 ワインの輸出国 チリ 5 火付盗賊改長谷川平蔵の建議で、この連中の寄場が石川島と常陸の上郷村に設けられた ニンソク 6 伊兵衛、庄之助、荘八、義雄 キムラ 9 小形のエビ、塩辛や佃煮にする アミ 10 醤油の産地 ノダ  12 …を駆って猛虎を攻む(勝ち目がないのに、弱い国々が連合して、強い国を攻撃すること) グンヨウ(群羊) 14 山形県庄内地方の方言、肯定のあいづち ンダンダ 15 SONYを今日あらしめた録音器の略称  テレコ  19 1919年創立のドイツのデザイン学校、近代建築運動はここから始まり、絵画・彫刻・デザインにも大きな影響を与えた バウハウス 21 最近流行の鍋物、チゲともいう キムチナベ 23 歌舞伎十八番の一、上人は降雨の道を絶ったが、雲の絶間姫の女色に迷って、その呪法が破れる ナルカミ(鳴神) 25 麻雀の上がり ロン 26 炭火を入れて手足を暖める道具、ポールの姓 アンカ 27 イギリスでは1016Kg、アメリカでは907Kg  トン 30 久しぶりに会った女 トミ(久しぶりだよ、お富さん) 31 新しいつもりが古い言葉 ナウ

 【タテのカギ】1 天皇、漢字で一字目が正、次が親(三字目略) オオギマチ  5 落語ではフンドシにされた切れ  ニシキ  7 干城、文兆、啓 タニ 8 編み器の五本のくぎに星型に糸をかけて編み棒ですくいあげながら編んでいく昔の子供の遊び リリアン 10 その舟はアララト山頂に漂着した ノア 11 田楽が焼けてきたのを、ここに火が入ったと落す落語 ミソグラ 13 歩くくらいの速さで アンダンテ 16 「人」を「ひと」と読む類  クン(訓読み)  17 インド最古の宗教文書、ヴェーダのこと イダ(韋陀) 18 英語ではベッドシーン ヌレバ 20 斧の小形のもの ヨキ(斧) 22 オ…を囲うのがダ… ンナ 24 貴公子と12人の美女との情事を描いた中国の長編小説 コウロウム(紅楼夢)  26 …ビデオというものがあるらしい アダルト 28 奇数、丁の対 ハン(半) 29 いささか広い所 カントウ(関東) 31 美貌と性的魅力を持つ女優を描いたゾラの小説 ナナ 32 手本、模範、立派な理髪店を「床屋の…」などという カガミ(鑑)  33 兵庫県県庁所在地で市の行事に花束を渡す人、古くは別当薫夫人がそうだったように記憶するが、怪しい ミスコウベ

 ABCDEは ミレニアム。 1999年末は、2000年を迎えようとしていた。 このパズルによって、1999年末には、「ナウ」が既に「新しいつもりが古い言葉」であり、「キムチナベ」のチゲが最近流行の鍋物であったことが、文献的に証明されるのであった。

『サライ』2002年新年号のクロスワード・パズル2025/11/20 07:11

 雑誌『サライ』の2002年新年号のクロスワード・パズル「難航 十字語判断」に苦戦して紹介していた。 前半部分を、お解きになってから、点線の下の<小人閑居日記 2002.1.5.>「老舗の力」にあった答をご覧下さい。

      クロスワード・パズル<小人閑居日記 2001.12.21.>

 某誌新年号のクロスワード・パズルに苦戦する。 つまり、けっこう時間をかけて、楽しむ。 歳末ご多忙の中、ひととき、言葉の遊びをどうぞ。      ○苦戦の原因 1.都に近い国々、という意味 (3字、2字目は「ン」)   2.--気体は、ボイル・シャルルの法則に完全に従っている (3字、3字目は「ウ」)

3.キョキョキョと鳴く。蚊母鳥(ぶんぼちょう)、ナマスタタキ等とも呼ばれる(3字)

4.2日に亘(わた)る対局で、行なわれる (4字、4字目は「テ」)

5.横浜の居留外国人により行なわれたものが、現在の--の原型(3字、1字目は「ケ」)

6.頭上にはウマの頭。忿怒(ふんぬ)の相をしている (7字、5字目と7字目は「ン」)

7.動物の口先 (2字)

8.歌舞伎で、武勇を表す役が着る。裾の左右が切れ込んでいる (3字、3字目は「ン」)

9.平戸焼の図柄でよく知られる、中国風の装いをした子供 (3字、3字目は「コ」)

10.とろろにする。形はごつごつ (5字、3字目は「ネ」)

   ○辞書を調べてわかったものの内、読めなかったり、知らなかった言葉。 読みと意味を答えてください。

11.「意馬心猿」

12.「嵐気」

13.「巾箱」

14.「寝刃」

15.「達徳」

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    クロスワード・パズル<小人閑居日記 2001.12.21.>の答

1.都に近い国々、という意味 (3字、2字目は「ン」) キンキ

2.--気体は、ボイル・シャルルの法則に完全に従っている (3字、3字目は「ウ」) リソウ

3.キョキョキョと鳴く。蚊母鳥(ぶんぼちょう)、ナマスタタキ等とも呼    ばれる (3字) ヨタカ

4.2日に亘(わた)る対局で、行なわれる (4字、4字目は「テ」)                    フウジテ

5.横浜の居留外国人により行なわれたものが、現在の--の原型(3字、1字目は「ケ」) ケイバ

6.頭上にはウマの頭。忿怒(ふんぬ)の相をしている (7字、5字目と    7字目は「ン」) バトウカンノン

7.動物の口先 (2字) フン

8.歌舞伎で、武勇を表す役が着る。裾の左右が切れ込んでいる (3字、3字目は「ン」) ヨテン

9.平戸焼の図柄でよく知られる、中国風の装いをした子供 (3字、3字目は「コ」)  カラコ

10.とろろにする。形はごつごつ (5字、3字目は「ネ」)   ツクネイモ

11.「意馬心猿」 イバシンエン…煩悩で心が乱れ、抑えられない

12.「嵐気」 ランキ…湿りけを含んだ、山の空気

13.「巾箱」 キンソウ…布を張った小箱

14.「寝刃」 ネタバ…切れ味が鈍くなった刃

15.「達徳」 タットク…古今東西を通じ変らない道徳

「ヘルンさん言葉」、「神々の国の首都」松江2025/10/09 07:16

        「等々力短信」第208号1981(昭和54).2.25.

 「パパサマ、アナタ、シンセツ、ママニ、マイニチ、カワイノ、テガミ、ヤリマス。ナンボ、ヨロコブ、イフ、ムヅカシイ、デス」。 明治37年夏、焼津にいるハーンにあてて、東京の妻節子が送った手紙の一節である。 追伸は「ミナ人 ヨキコトバイイマシタ パパサマノ、カラダダイヂスル、クダサレ」

 最近出た『小泉八雲 西洋脱出の夢』という本に平川祐弘さんは、「普通の日本語の手紙を書くのに不自由はなかったはずの一日本婦人が、夫のためには『ヘルンさん言葉』を話し、『ヘルンさん言葉』で手紙を書いたのが尊いのである」と書いている。

 夫人が小泉八雲を語った「思い出の記」という文章がすばらしい。 筑摩書房の明治文学全集48『小泉八雲集』に収められているのが一番入手しやすい。 ぜひご一読を。

         「等々力短信」第209号1981(昭和54).3.5.

 朝、川ばたから、かしわ手を打つ音が聞えてくる。 松江の人たちは、だれもかれもみな、朝日にむかって「こんにちさま。どうか今日も無事息災に、けっこうなお光を頂きまして、この世界を美しくお照らし下さいまし。ありがたや、かたじけなや。」と、拝む――。 ハーンの『日本瞥見記』、「神々の国の首都」の中にこんなくだりがある。

 ハーンを読んで、いたく心を動かされるのは、そこに描かれた明治の日本が、貧しいけれど、おだやかで、美しく、あたたかい心に満ちあふれているからだ。 その後の日本がなしとげてきた近代化、とりわけこの二十年ほどの高度経済成長が、たしかに物質的な豊かさをもたらしはしたが、ハーンが好意をもって記述したことどもを、どこかに忘れてきてしまった。

 ハーンを読むたびに、どちらが人間にとって幸せなのだろうか、という思いにかられるのだ。

池田弥三郎の生涯、日本の未来<等々力短信 第1195号 2025(令和7).9.25.>2025/09/25 07:03

 池田光璢さんから、その「池田彌三郎の生涯に日本の未来を見る」所収の『高岡市万葉歴史館紀要』第35号(3月29日発行)を頂いた。 近年は光璢と名乗る池田光さんは、池田弥三郎さんのご長男で日本文化研究家、昭和35年に大阪で開かれた第125回福沢諭吉先生誕生記念会に私が志木高から派遣された時に、幼稚舎から桑原三郎先生の引率で参加していて、知り合った。 高岡市万葉歴史館館長は藤原茂樹さん、10年ほど前は三田の教授で折口信夫・池田弥三郎先生記念講演会を主催されていた。 「小人閑居日記」2015年11月8日~10日には、その会での光さんの講演「銀座育ち」などを、「池田弥三郎さんの育った家、芸能と宗教」、「岡野弘彦さんの「折口信夫・池田弥三郎」思い出話」、「『折口信夫芸能史講義 戦後篇』(上)」に書いていた。

 光璢さんの今回の論考、父池田弥三郎(大正3(1914)年~昭和57(1982)年。以下、敬称略)の人生全体の流れを見て、それがどのような方向を目ざしていたかを考察し、その方向に日本の未来を見出すことが出来るということを示そうとする。 昭和26年慶應義塾大学助教授、35年常任理事、36年教授(「助十」と言っていた)、38年文学博士と、おかしな順序だ。 ラジオのニュース解説やテレビの推理クイズ番組「私だけが知っている」で、「タレント教授」といわれていたことが、否定的な評価をされたのだ。 本人は、自分のしていることが、講義や論文執筆、放送だろうが、「日本人の幸福のために役立ち、日本をすこしでもよくするために、力をそえるものでないなら、自分の一生をそれにかける気などはしないのである」と。(初出版の著書『芸能』(岩崎美術社))

 光璢さんは、角田忠信著『日本人の脳』の「日本語人」という言葉を使う。 日本語人は、虫の声、鳥の鳴き声、雨だれの音、川のせせらぎが、左脳に入る。 論理と感情が一体で、「人間と自然が一体」であり、さらに「人間と社会が一体」に通じる。 池田弥三郎の世界は、間違いなく「日本語人的」な世界である。 まず、ことばの本、つぎにふるさと随筆、東京、銀座、日本橋、『三田育ち』、『魚津だより』、その世界は自分の「体験」なしにはあり得ない。 その意味では、弥三郎の書いたものは、すべて「私小説」であり「自伝」であったと言っても過言ではないだろう。 「体験」には、弥三郎の芸能的素質と、池田家の宗教的素質が関係する(上記「池田弥三郎さんの育った家、芸能と宗教」参照)。 折口信夫の方法は、人間と自然が一体ではなく、明らかに、観察者と対象とが離れた世界である。 池田弥三郎の体現した、人間と自然が一体の世界は、日本独自の世界で、今、行き詰っている「非日本語人」的世界の今後に、必要なのだ。

 「これから民俗学をやる」67歳の死、古今亭志ん朝、中村勘三郎を思う。

<トニー谷何ン残暑てふ暑さかな>2025/09/23 07:07

 「今月の歌です」と、フランク・シナトラの「セプテンバー・ソング」をバックに、映画『旅愁』(1950年)のナポリやボンベイのモノクロのスチール写真がたくさん流れるのが、LINEで来た。 それを、「ジェーン・フォンテインとジョセフ・コットン、懐かしい!」と、拡散すると、ある友人が「大昔、トニー谷というコメディアンが日本語英語混じりで、そろばん?持って喋りまくってたの記憶ありますか? 彼は二枚目のハリウッドスターを、タイロン・クーパー、グレゴリー・コットンって、言ってた」と、来た。 トニー谷、もちろん、よく覚えている。 先頃は、<トニー谷何ン残暑てふ暑さかな>という俳句を作った。 落語好きだから、俳句もつい川柳ぽくなるのだが、俳句では、せいぜいこの程度で、短歌だとなかなかのものができるようだ。

 昨日の朝日新聞朝刊、「朝日歌壇」の「番外地」には笑った。 選にはもれたもののユーモアあふれる秀歌を、年に一度、紹介しているもので、今回は4月からの選者を務めている川野里子さんが選んだ。 日々の生活には、可笑しさがあふれている。

 啄木をブタギと読みて嗤(わら)われし吾も年老いてじっと手を見る  清水基義

 「生(い)きくらげ」こりゃまたなんとよく見れば「生(なま)きくらげ」が売られています  太田千鶴子

 「新聞を取っていない人がいるそうね。天ぷらはどうするのかしら」と叔母  上田結香

新札はつばめのように飛んでゆくアスリートだったか渋沢栄一  斎藤哲哉

 父親はよく自らの病名をキーパーソンと自慢してた  脇本俊雄

 張り紙に「てのひらほどのクサガメが逃げました。めちゃくちゃ無口です」  佐々木ひろみち