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    <title>轟亭の小人閑居日記                        　　　馬場紘二</title>
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    <language>ja</language>
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    <pubDate>Fri, 24 Jul 2026 07:17:49 +0900</pubDate>
    <item>
      <title>落語とジャズと佐藤允彦さん</title>
      <link>http://kbaba.asablo.jp/blog/2026/07/24/9867189</link>
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      <pubDate>Fri, 24 Jul 2026 07:15:09 +0900</pubDate>
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      <dcterms:created>2026-07-24T07:17:49+09:00</dcterms:created>
      <description>&lt;p&gt;　　　　八っつあんはジャズ通だった＜小人閑居日記　2014.2.3.＞
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;1月25日の「等々力短信」第1055号「静（せい）」の歌会始に、苗字と名前の間に「の」が入る話を書いた。　すると佐藤允彦さんの『一拍遅れの一番乗り』に「ヤァヤァ我こそは」という文章があった。　御隠居と大工の八っつあんが問答をする。　満腹寺でビワくれるってえから行ったら、坊さんがベベンベンベンと琵琶弾いてなんだか辛気くせえフシうなった。　なんでも熊谷さんてえのとナオザネさんと次郎さんが出てくる話で。　それは一人の名前だ、「熊谷の次郎直実」と、昔の武将は自分の領地や住んでいる土地を名の前につけて「名乗り」をした、武士ばかりではない、侠客も「清水の次郎長」「森の石松」なんて、『の』を入れたもんだ。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「誰でもそうだったんですかい」「まあたいがいはな」「ミュージシャンでも？」「もとはそうじゃ」「じゃ聞きますがね、マイルス・デビスはどこに住んでたんで？」「舞鶴じゃな。舞鶴のデビス」「オスカー・ピーターソンは？」「大塚のピーターソン」「チャーリー・パーカーはどこです？」「これは場所ではない。彼はもと槍の名人だ」「へ？ 槍ってあの長い？」「うむ。血槍のパーカー」「へぇぇこりゃ驚いた。じゃ、ディオン・ワーウイックは？」「京都の舞妓だったな」「えーっ、なんで？」「祇園のワーウイック」
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「なんだか怪しいな。御隠居はひとをからかうときはすぐわかるんだよ。鼻の穴がふくらむから。デューク・エリントンは伯爵だったてぇのは本当ですかい？」「いや、そんなものではない。あれはお前と同業だな」「大工？」「うむ、大工（でぇく）のエリントン」
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「御隠居、今日は冴えてるね。ボーカルはどうです。サラ・ボーン」「品川出身、伊皿子のボーン」「ちょっと苦しかったね。カーメン・マクレェ」「この人唄はうまかったがついに運転免許とれずじまいだったな。仮免のマクレェ」「こりゃ参ったね。じゃ、エラ・フィッツジェラルド」「顎の形に特徴があったな。鰓のフィッツジェラルド。ところで八っつあん、吉祥寺からすぐれた人材が輩出しておるが御存知か？」「へぇ、初耳ですね。誰です？」「ざっと見渡して、吉祥寺のガーシュイン、吉祥寺のベンソン、はっはっは……」
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;これを読むと、佐藤允彦さんが、私と同じ好みを持っていることが分かる。　実はこれ、私が知っている名前だけを拾ったので、実際には八っつあん、アレンジャーなんぞまで含めて、この五倍はジャズメンの名前を知っているジャズ通なのであった。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そういえば平成元年、私は戯れに友人の病院長に手紙術の免許皆伝状を授けた時、大日本五之日五百倍馬場流手紙術　家元　馬場小路好麻呂（ばばのこうじすきまろ）を名乗っていた。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　　　　「マラ」と「ラ・マラ」どのくらい違うか？＜小人閑居日記　2014.2.4.＞
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ジャズ・ピアニストには、同好の士が多いようで、佐藤允彦さんの『一拍遅れの一番乗り』の「どのくらい違う？」には、前田御大とハネケン、前田憲男さんと羽田健太郎さんが登場する。　「マラゲーニャとラ・マラゲーニャは違う曲ですか？」と聞かれた前田御大、「違う曲です」「そりゃ、タバコと下駄箱ぐらい違うんだよ」と答えたそうだ。　マラゲーニャは、スペイン・アンダルシアの地中海に面した港、マラガ地方の舞踏・民謡曲。　その旋法やリズムを取り入れて『マラゲーニャ』と名づけられた作品がクラシックには複数ある。　サラサーテの『八つのスペイン舞曲』のなかに一つ、同じスペインの作曲家アルベニスのピアノ組曲『エスパーニャ』のなかに一つ。　さらにそれをクライスラーがバイオリンに編曲したもの。　一方、『ラ・マラゲーニャ』はラテン・ナンバーで、その昔トリオ・ロス・パンチョスでヒットした。　だから当然全く違う曲である。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「タバコと下駄箱ぐらい違うんだよ」という、この話を漏れ聞いた佐藤允彦さんとハネケンさん、「うーんさすがだなぁ、おれたちもそれに匹敵するやつを考えなくっちゃ」となった。　ハネケン・バージョンは「醍醐味　と　粗大ゴミ」ぐらい違う。　次に会った時「ひとつ考えたよ」と、「パンジー　と　チンパンジー」ぐらい違う。　なかなかの出来だ、と佐藤允彦さん、自分も作った。　作ったは、作ったは…、66個も並べている。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「居留守　と　マイルス」「イマジン　と　大魔神」「陰謀　と　オーバー・ザ・レインボウ」「志ん生　と　心身症」「小さん　と　奴さん」「ウドと　エチュード」「イラン　と　おいらん」「イラク　と　墜落」「イギリス　と　キリギリス」「ラテン　と　カメラ店」「詭弁　と　駅弁」「答弁　と　ベートーベン」「第九　と　日曜大工」「宇宙　と　焼酎」「遺憾　と　警官」「市長　と　警視庁」「季節　と　不適切」「障子　と　不祥事」「あぐら　と　バイアグラ」「上司　と　腹上死」「内縁　と　口内炎」「婦人　と　理不尽」「井の頭　と　良いのかしら？」「野方　と　オノオノガタ」「ラッパ　と　原っぱ」「絣　と　垢すり」「グッチ　と　非常口」「シャネル　と　わしゃ寝る」ぐらい違うんだよォォォォー。　あぁ疲れた。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;と、書いているけれど、その中からこれだけ、打ち出した私も、あぁ疲れた。　でも、それぞれ、二題噺の小咄になりそうな気もする取り合わせではある。　私も校歌関連で一つ思いついた、「進取の精神　と　真宗の精神」ぐらい違う。　早稲田大学は浄土真宗じゃあないよね。
&lt;/p&gt;</description>
      <dc:subject>落語</dc:subject>
      <dc:subject>身辺雑記</dc:subject>
      <dc:subject>文化</dc:subject>
      <dc:subject>歴史</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>佐藤允彦さん、銀座ジャズピアノ事始</title>
      <link>http://kbaba.asablo.jp/blog/2026/07/23/9867011</link>
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      <pubDate>Thu, 23 Jul 2026 07:18:55 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-07-23T07:21:10+09:00</dcterms:modified>
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      <description>　佐藤允彦さんのことは、下記のように、当日記にいろいろ書いてきた。　その内、佐藤允彦さんの出発、そして落語とジャズ＜小人閑居日記　2014.2.2.＞、佐藤允彦さん、銀座ジャズピアノ事始＜小人閑居日記　2018.6.22.＞、八っつあんはジャズ通だった＜小人閑居日記　2014.2.3.＞、「マラ」と「ラ・マラ」どのくらい違うか？＜小人閑居日記　2014.2.4.＞の四本を、二日にわたって再録したい。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
佐藤允彦さんのジャズ・ピアノで新年会＜小人閑居日記　2014.2.1.＞&#13;&lt;br&gt;
佐藤允彦さんの出発、そして落語とジャズ＜小人閑居日記　2014.2.2.＞&#13;&lt;br&gt;
八っつあんはジャズ通だった＜小人閑居日記　2014.2.3.＞&#13;&lt;br&gt;
「マラ」と「ラ・マラ」どのくらい違うか？＜小人閑居日記　2014.2.4.＞&#13;&lt;br&gt;
「佐藤允彦さんのジャズ・ピアノで新年会」訂正補足＜小人閑居日記　2014.2.7.＞&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
佐藤允彦さん、銀座ジャズピアノ事始＜小人閑居日記　2018.6.22.＞&#13;&lt;br&gt;
佐藤允彦さんのピアノが歌ったナンバー＜小人閑居日記　2018.6.23.＞&#13;&lt;br&gt;
「有楽町」今昔ものがたり＜小人閑居日記　2018.6.24.＞&#13;&lt;br&gt;
佐藤允彦さんの「ジャズに親しむ夕べ」＜小人閑居日記　2018.9.19.＞&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　　　佐藤允彦さんの出発、そして落語とジャズ＜小人閑居日記　2014.2.2.＞&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　佐藤允彦さん、慶應高校の一年生の時から、毎日放課後、銀座のキャバレーへ通っていたという。　ピアノは小さい頃から弾いていて、慶應普通部時代は音楽学校へ進む勉強もした。　父上の事業が傾いて、何かしなければならない。　母上が時代はジャズだろうという。　ピアノを弾いていたら、煙突掃除の人が聞いて、ジャズのアレンジをする先生を紹介してくれた。　その先生が、銀座のキャバレーへ連れて行って、バンドの演奏を見学していなさいと言った。　一年（cf.2/7の日記）通ったら、バンドが交代して、たまたまそこにピアニストがいなかった。　高校一年生から、稼いでいた。　予習復習は出来ないから、授業は懸命に聴いたという。　そんな苦労を、同級生は全く知らなかったようだ。　大学卒業後、米国バークリー音楽院に留学して、作曲と編曲を学ぶ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　佐藤允彦さん、たいへんな落語好きらしい。　志ん生の「火焔太鼓」、円生の「正札附」、文楽の「野崎」など、噺家の出囃子を、メドレーのジャズにした。　それを『江戸戯楽』というCDにしている。　佐藤さんの本『一拍遅れの一番乗り』（2002年／スパイス・カンパニー刊）には、「落語とジャズの粋な関係」という一文がある。　ジャズ・ミュージシャンには落語好きが多く、噺家の師匠連にはジャズ通が多い。　佐藤さんは、落語とジャズの共通項を考えて、「庶民の芸能」、「即興性」、「紅灯街」（ジャズはニューオーリンズの紅灯街ストーリーヴィルで生れ、禁酒法時代のジャズはギャングの庇護のもと、シカゴやカンザスシティーのもぐり酒場やナイトクラブで育った）、「粋」（落語もジャズも、伝承のなかで洗練されてきた）を列挙する。　そして、「鰍沢（かじかざわ）」「黄金餅」「死神」「心眼」「大仏餅」など、いわば落語のスタンダードナンバーを多く残した三遊亭圓朝が没したのが1900年、その世紀の変わり目に後年ジャズで大きな役割を果たすことになる人物が生まれているのは、何となく面白いという。　1898年ジョージ・ガーシュイン、1899年デューク・エリントン、1900年ルイ・アームストロング。　さらに、1950～60年代、ジヤズの黄金期は、また落語の絶頂期でもあった、と書いているのである。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　　　佐藤允彦さん、銀座ジャズピアノ事始＜小人閑居日記　2018.6.22.＞&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　15日は６月の第三金曜日、毎年「ジャーミネーターの会」がある。　高校時代に、日吉の慶應高校と三田の女子高、それに私の志木高で、新聞を作っていた仲間の会だ。　「ジャーミネーター」というのは、発芽試験器だそうで、三校の新聞部が新人研修のために出していた研究新聞の名前だった。　洒落た先輩（生意気な高校生）がいて、名前にしても、そんな新聞を出していたことも、大したことをやっていたものだと思う。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　有楽町の日本外国特派員協会が会場で、今年はわれわれ昭和35（1960）年高校卒の年代が幹事役だった。　同期で、世界的に活躍しているジャズピアニスト、佐藤允彦（まさひこ）さんに来てもらって、トークと演奏をお願いした。　高校時代に、同じクラスだった新聞会員が、二人もいたのだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　佐藤允彦さん、高校1年生の時に、お父上の会社がギブアップして、自分で食えということになった。　小さい時から、母上にピアノを習わされていた。　穐吉敏子がオスカー・ピーターソンに見出された後で、母上が時代はジャズだろう、アメリカへ行けば食えるという。　だが、ジャズをどう学べばよいのかわからない。　ピアノを弾いていたら、小判型の風呂の煙突掃除屋さんが聞いて、お客さんにジャズを教えてくれる人がいるという。　先生というより、米軍キャンプのクラブにバンドを、ABCDなどのランクに分けて紹介する人で、PXで流行歌の見開きのソング・フォリオを手に入れ、コードネームにして、4～5人の人に渡す、簡単なアレンジもする。　その人がピアノを弾かせ、感じをつかめば弾けるといって、SPのレコード（3分ぐらい）を渡してくれた。　それを譜面にコピーして、何ページかにしたのを、練習した。　実地にやっているところを見ればできると、スーパーカブの後ろに乗せて、銀座のキャバレー、並木通り5丁目のカリオカ・クラブに連れて行き、バンドの演奏を見学していなさいと言った。　12月1日から31日まで、授業が終わると、行って見学した。　大晦日、坊や、毎日来て偉かったね、来年からバンドが替わる、という。　次のバンドが来ていて、実はピアノがいない、と言う。　ピアノなら、この子がいる、となった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　1月8日、親父のジャケットを着て、行った。　テナーサックス、ベース（？）、ピアノのカルテット、顔合わせにブルースをやってみよう。　ブルース？　fのブルース、イントロを弾け。　イントロ？　本当に何にも知らないんだな。　座ってろ、弾かなくていいから。　早い内はお客さんがほとんどいない、女たちが化粧なんかしている、ナンバーワンが駄目といったら、首になる。　セカンド・セット以降は、お客が入って、ダンス・ナンバーになるから譜面がある。　何とかなる。　わかんなかったら弾くな、八重洲口に「ママ」というモダンジャズ喫茶があって、レコードかかっているから、聴きに行け。　授業が終わると、「ママ」へ行き、5時半から6時半まで聴く、急いで駆けつけると7時にカリオカ・クラブが始まる。　「ママ」では、同じレコードがかかる。　曲を聴いていて、繰り返しに気付く。　7小節目に、コードが変わる。　想像力を働かせて、だんだんと覚える。　1か月が経った。　バンマスが、もう1か月置いてやるといった。　そこに半年いた。　それが始まり、丁稚奉公、実地で商売を覚えた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　母親の女学校時代の友達に、税理士の夫人がいて、夫がジョージ川口の経理をやっていた。　ピアノがいないので、テストするから、すぐ来いと言われた。　高校2年の初めのことで、大学生になったら入れてもらうと言ったけれど、入ったのが高校の3年から大学の１年の時だった。　高校卒業式の日も、不二家ミュージックサロンで昼夜の公演があった。　同級生が、お前も名前を呼ばれたぞ、と卒業証書を持って来てくれた。　司会をしていたイソノテルオが聞きかじって、それ総代じゃないか、ピアノの佐藤允彦は今日、慶應高校を首席で卒業した、と紹介した。　のちに大学を卒業した時も、ジャズの雑誌に、佐藤允彦は慶應大学の経済学部を首席で卒業したと書いた。　それほどジャズ・ジャーナリズムはいい加減（笑）。&lt;br&gt;
</description>
      <dc:subject>慶應</dc:subject>
      <dc:subject>身辺雑記</dc:subject>
      <dc:subject>文化</dc:subject>
      <dc:subject>歴史</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>同期の二人のジャズピアニスト、大野雄二さんと佐藤允彦さん</title>
      <link>http://kbaba.asablo.jp/blog/2026/07/22/9866853</link>
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      <pubDate>Wed, 22 Jul 2026 08:21:24 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-07-22T08:23:00+09:00</dcterms:modified>
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      <description>&lt;p&gt;　5月14日に新聞で、大野雄二さんの訃報を読んだ。　「84歳、老衰。1941年生まれ、静岡県熱海市出身。慶應大学在学中からジャズピアニストとしてプロ活動を始めた。70年代に入ると作曲に専念。アニメ「ルパン三世」では、77年開始の第2シリーズ以来、「カリオストロの城」（79年、宮崎駿監督）など劇場版やテレビスペシャルも含めて、主題曲や劇中局など音楽全般を担当。子ども向けアニメという枠にとらわれず、卓越した作・編曲の才をふるった。映画では「犬神家の一族」や「人間の証明」、テレビ作品では「パパと呼ばないで」、刑事ものの「大追跡」、NHKの紀行番組「小さな旅」などの音楽を担当。CM曲も「きのこの山」「たけのこの里」「レディボーデン」など多数作曲した。　私が知っているのは、「小さな旅」のテーマだけだ。　生まれ年も、学校も同じである、「老衰」が気になって、『105年三田会名簿』を見たら、法学部政治学科J組に、名前があった、「作曲家」。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　「慶應大学在学中からジャズピアニストとしてプロ活動」で、同期には二人のジャズピアニストがいたんだ、と思った。　佐藤允彦さんとは、多少ご縁があったからだ。　2014年に、代官山ヒルサイドテラスのバンケットという素敵な雰囲気の会場で、仲間内の情報交流会の“卒業50周年の新春を言祝ぐ”新年会を開催、佐藤允彦さんにジャズ・ピアノの演奏をしてもらった。　2018年6月には、先日、大山捨松についての講演を聴いた高校新聞OBOG会「ジャーミネーターの会」で、佐藤允彦さんの「銀座ジャズピアノ事始」の話と演奏を聴き、9月には代官山ヒルサイドプラザホールで、「ジャズに親しむ夕べ」佐藤允彦さんのコンサートがあった。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　その佐藤允彦さんが、『三田評論』7月号巻頭「丘の上」に、「追想 大野雄二君」を書いている。　大学を卒業した年の5月には、二人は銀座の「ジャズギャラリー・エイト」で、昼の部は大野雄二さん、夜の部は佐藤允彦さんがピアノを弾いていたそうだ。　大学生の1960年代は、学生バンドが盛んになった時代で、「慶應大学に大野雄二あり」と知れ渡って、〈大野雄二トリオ〉やクインテット〈ファイブ・ブラザース〉（アルトサックスはNHKアナだった明石勇さん）は引く手数多だったという。　二人の付き合いは、それより早く、「まだ高校三年頃だったろうか。「佐藤、こんなこと知ってる？　左手でBbセブン押さえてだな、右手でＣのドミソ弾いてみな。良いサウンドするぜ。ソークがやっているよ」。ソークとは大野が敬愛するピアニストSonny Clarkのこと。僕もそのサウンドに気付いていたので二人で「そうだ、そうだ」と盛り上がったものだ。／そのコードの押さえ方を「Upper structure triad」という、と僕が教わるのは1966年にボストンに留学してからなのだが、「そんなこと、もう知ってらぁ」と心中で大野と祝杯を挙げた。」
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　「彼が選択した「シンプルで楽しい路線」は大正解だった。NHK「小さな旅」のタイトル曲、ルパン三世、これぞ大野雄二の真骨頂。代表曲を複数持って閻魔大王と対面すればあちらさんも極楽行きを認めなくてはなるまい。ご冥福をお楽しみあれ。　合掌」とは、いかにも佐藤允彦さんらしい。
&lt;/p&gt;</description>
      <dc:subject>慶應</dc:subject>
      <dc:subject>身辺雑記</dc:subject>
      <dc:subject>文化</dc:subject>
      <dc:subject>歴史</dc:subject>
    </item>
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      <title>上野浅草フィル「夏の第九」の人間力</title>
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      <pubDate>Tue, 21 Jul 2026 07:29:56 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-07-21T07:31:10+09:00</dcterms:modified>
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      <description>&lt;p&gt;　7月9日10日「四万六千日お暑い盛りでございます」の鬼灯市が終ったばかりの12日、浅草雷門にほど近い浅草公会堂で、上野浅草フィルハーモニー管弦楽団の第80回の定期演奏会があって、出掛けた。　高校同級生だから、最高齢かと思われるチェロ弾きの赤松晋さんの毎度のご案内で、その元気のおすそ分けを頂戴する、楽しい機会なのだ。　およそ、クラシックには縁がなく、わずかにテレビ朝日土曜日の『題名のない音楽会』を見ているだけだ。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　指揮は、この定演でおなじみの河地良智（よしのり）さん。　ベートーヴェン「序曲レオノーレ第3番」の後、今回の呼び物は「夏の第九」で、そのせいかいつもより早く満員になったようだった。　ベートーヴェン「交響曲第9番」（合唱付き）、実は恥ずかしながら、私はこの年末の風物詩の国民的行事を聴いたことがなかった。　前面に独唱の4人、バリトン・河野克典、テノール・宮里直樹、ソプラノ・鷲尾麻衣、メゾソプラノ・加納悦子が着席する。　合唱は、台東区合唱連盟、東芝フィルハーモニー合唱団、元フィルハーモニックコーラスの有志を中心に、ソプラノ、アルト、テノール、バス、総勢約80名の面々が揃った。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　ずっと座っていた独唱の4人の内、バリトンの河野克典が、すっくと立って、思いのほか大きな声で歌い出した。　つづいて、テノール・宮里直樹、座っている間、どこかで見た顔だと思ったら、ホールを揺るがす、その「大声」で思い出した。　4月25日の『題名のない音楽会』「いま“挑みたい共演”を実現する音楽会」で、クラシックギターの村治佳織と18年越し憧れの共演を果たしたテノールだった。　ヘンリー・マンシーニの「ムーン・リバー」を歌ったのだが、小さい音のギターに合わせ、「大声」でなく、中程度の声でと、なんとも嬉しそうに歌った、その優しそうな顔が、だいぶ緊張しているように見えた。
ソプラノとメゾソプラノも加わり、4人の精一杯の歌唱、さらに合唱団も一生懸命で、人間の声の素晴らしさに、圧倒された。　上野浅草フィルも、赤松晋さんの左前にいたチェロの若い人が一所懸命、強く弾きこむたびに、坊ちゃん刈りの頭を揺らし、尻を上下する「一弓入魂」を筆頭に、日頃の練習の成果を発揮して、心のこもった素晴らしい演奏だった。　「夏の第九」、一口に感動だった、人間力を実感する、圧倒的な体験だった。　ヘロヘロ浅草まで出かけた老人は、元気とパワーをもらって、西部劇を観て映画館を出るように、浅草公会堂を出て、オレンジ通りを肩で風を切って帰宅したのだった。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　ドイツ語はわからないが、『歓喜の歌』は、「われわれは神の名の下に平等なのだ。　さあ、互いに手を取り、よろこびの園へと進もう」と歌っているのだそうだ。　1989年にベルリンの壁が崩壊した際には、東西ドイツが同じ舞台で『歓喜の歌』を歌い、再会を祝ったという。　あちこちで戦争が起こり、分断が深まる、現在の世界で必要なのは、まさに第九・『歓喜の歌』の大合唱ではないだろうか。
&lt;/p&gt;</description>
      <dc:subject>身辺雑記</dc:subject>
      <dc:subject>文化</dc:subject>
      <dc:subject>歴史</dc:subject>
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    <item>
      <title>五街道雲助の「宮戸川」下</title>
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      <pubDate>Mon, 20 Jul 2026 07:25:03 +0900</pubDate>
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      <description>&lt;p&gt;　面白い話がある。　去年の、今頃のことだった。　わっちと、舟をやってる留の野郎と三人で、雷門に雨宿りした。　つまらねえ話をするんじゃねえ、ほかの話をしろ。　黙っておいで。　いつも三人で話をして、生涯に一ぺん震い付きたくなるようないい女を抱いてみたいなんて、言っていたんだ。　土砂降りの中、雷が近場に落ちて、雷門で、二十一、二のいい女が目を回して倒れた。　それから介抱してやろうということになって。　つまらねえことを言うな、旦那、こいつは千三つって言うんですよ。　千三つという、三つの内の一つだ。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　いい女でね、それから、すっかり介抱をしてやろう、強淫をしようてんで、男三人で引っ担いで行く。　路地から路地へ、石置場まで引っ担いで行って、いい想いをさしてもらうことにしました。　この野郎がまず慰んで、もう一人が慰み、そして三人目のわっちが、取りかかろうというところで、女が息を吹き返した。　お前は、亀じゃないか、と言う。　その女、前に働いていた日本橋小網町の船宿桜屋の一人娘で、お花。　主人筋に当る女でしたから、驚いた。　それから、名前を知っていられちゃあ、三人の素っ首が飛ぶ仕事だ、じたばたできないように、二人が押えて、あっちは両手で縊（くび）れ殺して、ドボンと投げ込む宮戸川。　その水しぶきが、今でもまぶたに残っている。　馬鹿を見たのは、わっち一人で。　どうか、お察しを。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　これは、これは、面白いお話を、伺いまして。　ド、ドンドン！（柝（き）が入って、芝居がかりに）去年六月十七日、女房お花、二十が上に二つの女の盛り、雷門で篠突く雨に雷で気を失い、手慰みにされ、気が付いたのは、運の尽き、知れぬも道理、ドボンと投げ込まれて、宮戸川の水煙。　さては、その日の、悪人はわいらのことであったか。　これですっかり知れたわい、良い所で、悪い所で、会うたよなあ！
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　旦那様、旦那様！　なんだか、ひどくうなされてました、悪い夢をご覧になったんじゃありませんか。　定吉か。　傘を取りに参りました。　夢は五臓の疲れか。　いいや、小僧の使いだ。
&lt;/p&gt;</description>
      <dc:subject>落語</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>五街道雲助の「宮戸川」中</title>
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      <pubDate>Sun, 19 Jul 2026 07:47:57 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-07-19T07:49:01+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-07-19T07:49:01+09:00</dcterms:created>
      <description>&lt;p&gt;　ある夏のこと、お花が小僧の定吉を連れて、浅草寺参詣に出かけた。　雷門で、雨が降り出した。　小僧がしるべに傘を借りに行く。　空の底が抜けたような、夏の雨になった。　雷がひどくなってきた。　ピカッと、真っ白に光ると、ガラガラドッスーン！　耳を押さえて、歯をくいしばっていたお花だが、癪を起し気を失って倒れた。　そこへ、ならず者が三人、一人は裸にふんどし、頭に何か載せている。　雷、枕橋に落ちたな、しばらく雨宿りするか。　お花が倒れているのが目に付く。　いい女だ！　いくつぐらいだろう。　二十一、二か、介抱してやろう。　こんな、いい女、生涯、抱いて寝られない。　すっかり、介抱してやろうじゃないか、助けてやった返礼だ。　太く、短く、やっつけようじゃないか。　お花を、担ぎ上げると、吾妻橋の方へ。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　小僧が、傘を持って帰って来る。　お花の姿がない。　もらい乞食が起きて、薩摩の粗い浴衣を着た御新造なら、ならず者が三人、どっかへ連れて行ってしまいましたよ、と。　急ぎ戻って、半七に話をする。　お上にも訴え出たが、行方は知れず、仕方なく、その日を命日として、野辺の葬送をした。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　それから丸二年、三周忌の法要、半七は橋場の寺から今戸に出て、堀の船宿から帰ろうとする。　元柳橋まで、屋根船はないが、猪牙舟なら。　酒を頼む、肴は水貝の洗いならある。　待ってくれ、待ってくれ、と酔っ払い。　ゆらゆらと、三尺帯を締めた正覚坊の亀という船頭、両国まで、便船頼む。　兄貴、下りてくれ、お客様が乗ってんだ。　いいですよ、相手があったほうがいいから、乗せておやりなさい。　仲間ですが、飲むと、だらしなくなるんで……、おとなしく乗ってなきゃあいけねえ。　夏は、舟にかぎるな、大川はいい。　時に旦那、いい男なんで、女が惚れましょうな。　野暮天に、惚れる奴はいない。　何一つしていないので、かえって聞きたくなる。　船頭さんは、粋な稼業だから、何かノロケ話を。
&lt;/p&gt;</description>
      <dc:subject>落語</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>五街道雲助の「宮戸川」上</title>
      <link>http://kbaba.asablo.jp/blog/2026/07/18/9866166</link>
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      <pubDate>Sat, 18 Jul 2026 07:25:37 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-07-18T07:27:14+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-07-18T07:27:14+09:00</dcterms:created>
      <description>&lt;p&gt;　今晩のお掃除役で。　「宮戸川」、お馴染みの噺ですが、今晩はお古い形で申し上げます。　日本橋小網町の茜屋半左衛門というお堅い質屋、隣が桜屋という船宿、粋な稼業で。　質屋の息子の半七が、碁会所に通って晩くなる。　半左衛門は堅い人で、日頃から半七に厳しく言っている。　外が閉まって、中がシンとしている。　私です、遅くなりました。　どなたで、お名前は？　お父っつあん、私で、半七です。　半七のお友達ですか、家にも半七という倅がおりましたが、もはや見限り、勘当ということに致しました、とお言伝を。　どうぞ、ここをお開け下さい。　いい加減にしろ、今晩が初めてじゃない。　勝負事は嫌いだ。　愛想も小想も尽き果てた。　どこへでも行ってしまえ。　私は跡取りです。　夫婦養子を取る。　碁将棋は絶ちます。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　おっ母さん、開けて下さい。　いいえ、なりません。　コウちゃんの家の前を通ったら、ちょっとお酌をしてくれないかと言うので、上がっていて遅くなりました。　それもこれも、私が悪いんです。　勝手に、おし。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　そこにいるのは、お花さんじゃありませんか。　半さん、どうしたの。　碁を打っていて、閉め出しを喰っちゃった。　私は、閉め出しを食べちゃった。　半さん、これからどうするおつもり？　霊岸島の叔父の所へ行こうかと、暗い道で寂しいけれど。　お花さんは？　伯父さんは、肥前の長崎で、とても行かれません。　私はそろそろ出かけますが…。　小さい頃からお手習いの朋輩、私も叔父さんの所へ泊めていただけませんか。　駄目だ、叔父は親父と違って柔らかいんで、女を連れて、叔父の所へ行ったとすれば、どんなことになるか。　叔父さんには、恵比須講の晩にお目にかかっています。　面白い人、鼻の頭の赤い方で。　親父はお堅い野暮天だけれど、早飲み込みの叔父さんなんで、お断りをします。　後をついて来ては、いけません、女は嫌いで。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　二人は、叔父さんの家の角まで来た。　叔父さん、叔父さん、今晩は！　どなた、こんなに晩くに。　誰だ？　半七です。　小網町の倅か、今、開けてやるから。　婆さん、小網町の半七だよ。　婆さん、仏壇開けてどうするんだ。　小網町で半鐘が鳴ったんでしょ、驚いちゃいました。　半坊、すっかり歳を取って。　俺だよ。　お前さん、すっかり惚けて。　お前だよ、惚けたのは。　何だ、半七、お連れがいるのか。　お前、この娘さんを連れて来たのか。　よく、取った。　汚いところですが、こちらへお入りなさい。　夜分晩くに参りまして、申し訳ございません。　俺には料簡がある。　これの親父とは素性が違う、話はあとのことで、今夜は寝てしまいなさい。　二階へ、得手（えて・猿）梯子で。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　色が白くて、いい娘（こ）だねえ。　お前さん、気が付きませんでしたか、隣の船宿のお花坊ですよ。　お花坊かい、いい娘になったもんだ。　半坊、覗いてんのか。　叔父さんと寝ます。　早く寝ちまいな。　お前がもらわないなら、婆さん出して、俺がもらう。　文句を言うな。　きまりが悪いから、グズグズ言ってやがる。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　半七は、いくつになる。　半坊十八、お花坊十七、一つ違いですよ。　一つ違いは、金の草鞋を履いても探せっていう。　あなたが十八、私が十七だった、五郎兵衛町の甚兵衛さんのところへ稽古に通ったのは。　一つ違い、いまだに一つ違い。　あの頃のことが、炙り出てきて、きまりが悪い。　富本の浅間を二人でやったら、「ようよう、ご両人」と、声をかけられて。　あの頃の、お前はいい女だった。　お前さん、先の菊五郎にそっくりで。　今じゃ、タヌキ婆さん。　お前さんも、しぼんじゃった。　婆さん、もちっと、こっちへ。　馬鹿を、お言いでないよ。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　どうするつもりですか、お花さん。　私は、もう寝ますから…、蒲団は私が使う。　でも、半分貸します。　こっちに入って来ないように、両国と日本橋で。　しかし、寝ちゃうとわからない。　木曽殿と背中合わせの寒さかな。　出雲の神様が嬉しくも、えにしを結びました。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　明くる朝、二人は叔父さんのもとに来て、どうか夫婦にしておくれなさい、と。　お花の家、船宿に頂戴できますかと話をすると、願ったり、叶ったりで、簡単に済んだ。　だが、半左衛門は、なかなか承知しない。　半七は勘当となり、叔父さんが俺の倅にするという。　当時はもらえた勘当金で、横山町に家を持たせ、二人に小さな商いをさせた。　商売繁盛して、小僧をおいて、粋な暮らしをする。
&lt;/p&gt;</description>
      <dc:subject>落語</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>林家正蔵の「田能久」後半</title>
      <link>http://kbaba.asablo.jp/blog/2026/07/17/9865986</link>
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      <pubDate>Fri, 17 Jul 2026 07:26:23 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-07-17T07:55:03+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-07-17T07:55:03+09:00</dcterms:created>
      <description>&lt;p&gt;　タ、ノ、キュウ！　お前、狸か、人間じゃなくて。　オラは、誰が何と言っても、鳥坂峠のウワバミだ、耄碌してきたなんて言われちゃあいけねえ。　タヌキなら、俺の前で化けてみろ。　久兵衛さん、カツラがあったのを思い出した。　向うを見ててもらいたい。　早く、化けろ。　女のカツラをかぶって、「もし、こちの人」、いかがで！　次は、坊主のカツラで、ナンマイダブ！　つづいて、石川五右衛門の百日カヅラ。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　うまいもんだな、タヌ公、俺に化け方を教えてくれ。　里へ下りて行くと、村の奴らが鉄砲を持って出て来る。　お前、母親の塩梅が悪いのか、親類づきあいをしようじゃないか。　俺のねぐらは、あの松の木二本の間だ。　帰りに寄れ。　久しぶりに、話し相手が出来て、嬉しかった。　お前、何か怖いものがあるか？ 饅頭は駄目だぞ。　お金が怖い、人間の使う金が…。　金のことで、騙し合ったり、殺し合ったりする。　峠の鐘が、ゴーンと鳴った。　俺が怖いのは、煙草のヤニと、柿渋だ、あれが付くと突っ張らかって、動けなくなる。　俺とお前の秘密だ、誰にも喋るんじゃないぞ。　早くお袋の所へ行け、俺も穴に帰る。　夜が明けてきた。　ポッと、ウワバミが消えた。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　助かった。　峠から、転がり落ちるように村里へ、タヌキに間違えられた話をする。　ウワバミが、ねぐらと怖いものを教えてくれた。　久兵衛さん、それを教えてくれろ、爺さん、婆さん、かみさんと赤ん坊が呑まれたんだ。　教えてくれ。　ねぐらは、松の木二本の間で、怖いのは、煙草のヤニと、柿渋だ。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　ウワバミ退治。　一斗樽に、柿渋二つ、煙草のヤニ四つ、用意して峠へ。　鳴り物をテンテンカンカン、法螺貝をブゥオーーッ、鉦をチーーン。　うるせえな。　旨そうな人間が来たぞ。　ウワバミが穴から出る。　かけろ！　柄杓や水鉄砲で、煙草のヤニと柿渋をかける。　ギャーーッ！　ウワバミは、ポッと消えてなくなる。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　阿波徳島の田能村、おっ母さん、今帰ったよ。　真夜中過ぎ、表の戸をドンドン、開けろ！　どなた様で。　老人が、箱を手に立っていて、よくも俺の怖いものを教えたな。　勘弁ならねえ、これでも喰らえと、箱を開けて撒き散らした。　黄金色の小判が、ザック、ザック、ザックザク。　拾って数えてみろ。　やっぱり久兵衛さんは、千両役者だ。
&lt;/p&gt;</description>
      <dc:subject>落語</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>林家正蔵の「田能久」前半</title>
      <link>http://kbaba.asablo.jp/blog/2026/07/16/9865818</link>
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      <pubDate>Thu, 16 Jul 2026 07:19:17 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-07-16T07:20:32+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-07-16T07:20:32+09:00</dcterms:created>
      <description>&lt;p&gt;　正蔵、見かけが少し年取った感じがした、尻の下に何か敷いた。　三遊亭歌武蔵とは、ドリームジャンボ仲間。　歌武蔵、橘家文蔵、林家彦いち、西日の差す上野鈴本の楽屋に、ランニングシャツ、ステテコでいる。　パッと入ったら、刑務所。　文蔵が、正兄貴12億円当たったらどうする？ と、聞く。　文ちゃんは？　当たったら決めてる。　要町（豊島区）の汚いマンションにいるの知ってるんで、タワマン買うのか？　俺、寄席の代演に行かない。（2千円～3千円）。　噺家らしい。　彦いちは、兄貴なさけねえ、俺は夢が大きい、学校寄席へ行かない（5万円～7万円）。　歌武蔵は、なさけねえよ、俺は人に使う。　落語協会、落語芸術協会、三遊派、立川流から上方まで、噺家をみんな集めてご馳走する。　どこで？　サイゼリヤ。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　阿波徳島の田能村に久兵衛さんという親孝行の人がいて、大の芝居好き。　村芝居の座頭になって、田能村に久兵衛だから、田能久一座、伊予の宇和島に呼ばれて出かけた、おっ母さんを頼みますと、家に残して。　連日大入り満員、大盛況だったが、五日目におっ母さんの具合が悪いという手紙が来た。　後をまかせると、久兵衛さん阿波徳島へ帰ることにした。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　法華津峠を越え、鳥坂（とさか）峠にかかる茶屋で渋茶をすすっていると、どこから来たと聞かれる。　徳島から来て役者をしている、国に帰るので、これから峠を越えると話すと、鳥坂峠にはウワバミが棲んでいるので、行っちゃあならない、と止める。　しかし敢えて山の中に入ると、日が暮れてきた。　ポツポツと降り出し、盆を返したような雨になった。　小さな掘立小屋、炭焼きの小屋らしいのを見つけて、地獄に仏だと、入る。　真っ暗、囲炉裏があったので、持っていた紙に火打石で火を熾す。　あーー、助かった、腹が減っているのを思い出す。　おむすびを二つ食って、ウトウトする。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　生臭い臭いがして、八十ぐらいの一人の老人が、長い白髪で、杖をついて、目をギョロギョロさせている。　小屋主さんだ、寝たふりをすべえ。　起きろ、おい！　目を開けて、イビキをかく奴があるか。　勝手に、小屋を使ってまして、許して下せえ。　村の者に、何か言われなかったか？　峠にはウワバミが棲んでいるので、行っちゃあならない、と止められた。　道理で、誰も来ないわけだ。　危うく、味を忘れるところだった。　人間の味を。　アワ様、これから母親が病気の国へ帰るところなんで、勘弁して下さい。　アワ様なんて、領収書の宛名じゃない、裸になれ、口の中に飛び込め！　おっ母さんの具合が悪いんで、許して下せえ。　この世の名残りに名前を聞こう。　タ、タ、タ…。　江戸家猫八か。　タ、ノ、キュウ！　お前、狸か。
&lt;/p&gt;</description>
      <dc:subject>落語</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>2005年の「くっしゃみ講釈」吉朝と小米朝</title>
      <link>http://kbaba.asablo.jp/blog/2026/07/15/9865628</link>
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      <pubDate>Wed, 15 Jul 2026 07:23:33 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-07-15T07:25:17+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-07-15T07:25:17+09:00</dcterms:created>
      <description>&lt;p&gt;　「くっしゃみ講釈」吉朝と小米朝＜小人閑居日記　2005.11.26.＞というのを、桂吉朝が亡くなった折に書いていたので、再録したい。　当時は、最近は書かない批評ぽいことを生意気にも書いていた。　その伝でいけば、今回の桂二葉の「くしゃみ講釈」、比べるのも気の毒ながら、爆笑とはいかず、まだまだで、物足りない感じがした。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　　　　「くっしゃみ講釈」吉朝と小米朝＜小人閑居日記　2005.11.26.＞
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　8日に桂吉朝が死んで、がっかりしてしまった。　50歳だった。　こんなに若く、惜しい人をなくしたものだ。　今年は、4月に桂文朝が死んで、がっかりしたのだが、特に好きで、うまい人が、二人も逝ってしまった。　泣きたい気持だ。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　桂吉朝が落語研究会に初めて出たのは、平成3年4月9日の「くっしゃみ講釈」だった。　大柄で端正、いかつい真面目な顔をして演る噺が、なんとも可笑しい。　強烈な印象を受け、たいへんな人が登場したものだと思った。　その後「花筏」「崇徳院」「猫の忠信」「池田の猪買い」「仔猫」「たちきれ線香」「質屋蔵」「はてなの茶碗」「高津の富」「住吉駕籠」「どうらんの幸助」「蛸芝居」「小佐田定雄作 狐芝居」「河豚鍋」「米揚げ笊」をやり、一昨年暮の26日「不動坊」をやったのが最後となった。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　今回、桂小米朝が初めて落語研究会に出て、その「くっしゃみ講釈」をかけた。　言わずと知れた米朝の子、自ら又の名を桂七光(ななひかり)、サラブレッドと名乗り、落語家になるといったら、いつも怒っているか、泣いているかのざこばが「それはいい、人生バクチや」といい、枝雀が「小米朝」と命名してくれた、「お父さんのファンです、サイン下さいお父さんの」、と言われ続けて20年、札幌では「子米朝」と書かれ、自ら「あほぼん丸出し」といい、人間国宝の長男は本当に大変で、皇太子の気持がよくわかると述べた。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　出の前に、前座の古今亭駒次、見台(上部は平らな小机)と膝隠し(衝立)を置く位置がわからず、一度引っ込み、訊いてきて置き直した。　もっとも私も、小さい拍子木(家に帰ってものの本をみたら「小拍子(こびょうし)」という由、樫製で二本一組なのだそうだ)を間違って左手の所に置いたかと思ったのだが、右手には「張り扇」を持つのだった。　小米朝は苦みばしったいい男、それで見台と膝隠しの説明から入り、上方でガチャチャチャ、パタンパンパン、ピシリピシリ、と、にぎやかなのは、噺を縁日でやったからだといった。　同じ米朝の弟子ながら、吉朝とはまったく違った芸風、どちらかといえば枝雀に近いにぎやかさと動きだ。　「フェーッ」と、のぞきからくりを一段語った「くっしゃみ講釈」、私には吉朝の思い出が強烈過ぎて、気の毒な評価となった。
&lt;/p&gt;</description>
      <dc:subject>落語</dc:subject>
      <dc:subject>歴史</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>桂二葉の「くしゃみ講釈」後半</title>
      <link>http://kbaba.asablo.jp/blog/2026/07/14/9865457</link>
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      <pubDate>Tue, 14 Jul 2026 07:19:26 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-07-14T07:21:06+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-07-14T07:21:06+09:00</dcterms:created>
      <description>&lt;p&gt;　胡椒は百、仕入れてあったんだが、売り切れてたの、昨日からわかってた。　面白くない野郎に、火鉢にくべて、いぶして、くしゃみをさせようってんだ。　胡椒のほかに何かないか？　　それだったら、唐辛子（とんがらし）でやってみたら、どうだ。　唐辛子の粉、二銭下さい。　あんた、唐辛子の粉二銭買うのに、覗きからくりを一段語ったのか、あんた、今どきの人やおまへんな。　なんや、こんな仰山、人が集まって。　続きが聞きたい、いつ、やるんだ。　明日、この時刻で。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　遅かったな、何やっていたんだ。　胡椒を忘れて、覗きからくりを一段語ったんで、ちょっと長くなった。　「ハーーイ！」って。　店先で、一段やったのかい。　八百屋お七の、長い文句を覚えていて、ようやく駒込吉祥寺の小姓吉三で、胡椒を思い出して、大笑い。　八百屋も、あんた、今どきの人やおまへんなって、褒めてくれた。　それは、褒めたんやない。　胡椒が売り切れで、唐辛子の粉を二銭買うてきた。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　講釈小屋。　前の方へ行こう。　見やすいところへ。　聴く気か？　おい、お前、おさまってないで、肝心のものをもらえ。　何や？　火鉢をもらえ。　そうだった。　ハイ、ハーイ！　姐さん、火鉢を、火を仰山入れて。　寒いわけじゃない、唐辛子の粉入れて、扇ぐんだ。　先生、まだ、出てきていない。　鼻つまんで、扇ぐ。　何、してんの、お前は、俺で試すな、ハッ、ハッ、ハックション。　ばっちりや。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　講釈師、お早々とお詰め掛けのところ、浪花戦記を申し上げます。　元和元年、大坂城へと押し寄せる関東の軍勢は5万3千…。　おい、何してんねん。　講釈、聞いてんねん。　馬鹿。　思い出した、扇子で扇ぐんだ。　扇げ、扇げ、黄色い煙が出る、あの団子っ鼻に向って。　その日の出立ちは、金覆輪の……、エエエ、イハハ、ハックショイ、やあやあ、遠からん者は、我こそは、ハッ、ハッ、ハックション。　失礼、うたた寝をして、風邪を引いたのか、ハッハッハ、ハックション！　下では、アホが一生懸命になって扇ぐ。　ウッハッハ、我こそは……。　ハックション、ハックション、ハックション！　
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　もう、やめます。　今日のところは、お引き取りを願って。　毒づくんだよ。　くしゃみを聞きに来たんじゃない。　くしゃみばかりして講釈読まなきゃ、講釈師じゃないだろう！　何か、故障がありましたか。　胡椒がないから、唐辛子をくすべたんや！
&lt;/p&gt;</description>
      <dc:subject>落語</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>桂二葉の「くしゃみ講釈」前半</title>
      <link>http://kbaba.asablo.jp/blog/2026/07/13/9865300</link>
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      <pubDate>Mon, 13 Jul 2026 07:24:41 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-07-13T07:26:48+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-07-13T07:26:48+09:00</dcterms:created>
      <description>&lt;p&gt;　二葉は、紫の着物に、横筋三本入った白い帯、見台と膝隠しを置いている。　入門した頃、三遍稽古が嫌で、師匠が噺をいくつかに切って、1分か2分、三回言ってくれる。　その間に、覚える。　てにをは、まできちんと、覚えるのが、嫌で。　「そのなもんな」の「もん」が覚えられない。　師匠が、正解を言ってくれない。　師匠は、日本語は「あ」から「ん」までや、一個ずつ、言ってみなと、言う。　そんな「あ」、そんな「い」…。　もっと、遠い。　ずっと、やっていると、師匠が笑って、「ま」行や、と。　もう、ええ、家の玄関を出て、車があって、開ける黒い、自転車の前にあるやつだ。　ポストですか。　「もん」を出すのに、三時間かかった。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　昔、大阪には、町内に講釈小屋が一軒はあった。　背の低い、ほくろのある、後藤一山（いっさん）という講釈師を知っているだろう。　又やん、俺今年二十八になって、初めて女子（おなご）が出来た、小間物屋のおもやん。　おもやんなら、別嬪やないか。　暗がりで、二人で、ごちゃごちゃやっていたんだ。　そこへ後藤一山が通りかかったんで、二人は日暮れの蝙蝠みたいに壁にベタッと張り付いた。　一山、「雪駄の裏に粘りあり、これは犬糞（けんふん）に違いない」と、ワイの鼻の頭に、それをサッと、こすりつけよった。　そして一山とおもやんの二人は、逃げた。　犬のババのために、縁談がなくなった。　それで、講釈場に暴れ込んで、講釈を駄目にしてやろうと思うんだが、どうだろう。　一時間、半時間でもいい。　それは駄目だ、俺に考えがある。　二銭はりこみ、横町の八百屋で、胡椒の粉を買うて来い。　講釈場で火鉢を借りて、胡椒の粉を火にくべるんだ。　いぶして、扇ぐと、講釈師は、くしゃみになる。　そこで、ボロクソに言って、帰ってくるんだ。　行こーう、行こーう！
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　何を、買うねん？　胡椒の粉だ。　そやそや。　いくら買う？　二銭だ。　どこで？　横町の八百屋だ、ええ加減にせえや。　覚えられないんや。　イライラするな。　何を、買うねん？　お前、覗きからくりを知っているだろう。　八百屋お七、駒込吉祥寺の小姓の吉三。　小姓の吉三と、覚えて行け。　それはいい、俺は何で、もの覚えが悪いんだろう。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　八百屋、ご免、二銭貫、くしゃみの出るものをくれ。　何を差上げましょう？　ここ（首）まで出てきているんだが、八百屋、覗いてくれるか。　あーあ、（下に）入ってしまった。　もう、こうなったら、目安を行きます。　火あぶりになった女がいたね、東京が江戸と言った時分、「アーーッ、ソレソレ、ソレソレ！　裸馬に乗せられて、今日が命の…」。　人だかりが出来た、通って下せえ。　「ハーーイ！　品川女郎衆は、飛んで出る」。　押したらあかん、大根持って逃げた奴がいる。　前の人、座れ！　「ハーーイ！　鈴ヶ森、竹矢来！」
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　あんた、それ覗きからくりの八百屋お七でしょう。　そう、この店、二銭で売って。　そうだ、お七の色男だ。　駒込吉祥寺の小姓の吉三、胡椒の粉を二銭。　あんた、胡椒を買いに来て、覗きからくりを一段、語ったのかい。　あーーっ、しんど。　あっ、胡椒は売り切れです。
&lt;/p&gt;</description>
      <dc:subject>落語</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>三笑亭夢丸の「壁金」</title>
      <link>http://kbaba.asablo.jp/blog/2026/07/12/9865092</link>
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      <pubDate>Sun, 12 Jul 2026 07:49:49 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-07-12T07:50:54+09:00</dcterms:modified>
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      <description>&lt;p&gt;　夢丸、ニコヤカに登場。　この「壁金」（かべきん）という噺は、都家歌六師匠が一手販売していた噺で、自分が知っている頃は、落語はやらず巨大なノコギリで「のこぎり音楽」（ミュージッソー）をやっていた。　新宿の末広で前座をしていたら、次は浅草なので、届けてくれと言われて、巨大なノコギリを背負って行ったことがある。　街中を、そんな恰好で歩くので、職務質問され、何だ？ と聞くから、楽器だと答えたら、警察に連れていかれた。　当時は、落語はやらず、色物屋というジャンルだった。　ただ、着物の上に、扇子と手拭だけはきちんと用意していた。　カセットテープの音楽を流して、ノコギリを弾くのだが、池袋で、器械の調子が悪く、音楽が鳴らない。　前座さん、扇子と手拭をと言うので、落語をやるのかと思ったら、女の子が立小便するという踊りを踊った。　色物のジャンルを守ったんでしょう。　二十ぐらい上の橘ノ円満師が若い頃、晩年にやっていた「壁金」を聞いたことがあるっていうので、教えてくれませんかっていったら、教えてくれた。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　商売は、なんでも大変なものだが、出商人（であきんど）の飴屋が、金太郎飴を売っていた。（と、羽織を脱ぐ）　「チチンチン！　金太さんと、オタさんが、飴の中から飛んで出たよ！」　お前は、いったい何屋だ？　飴屋でございます。　俺は酔っ払いだ、もう一度、売り声をやれ。　買わないんでしょ。　早く、やれ！　公園に面して、無駄な空き地になっている。　やれ！　やります。　「チチンチン！　金太さんと、オタさんが、飴の中から飛んで出たよ！」　いやいやでなく、元気に、一生懸命にやれ！　（大声で）「チチンチン！　金太さんと、オタさんが、飴の中から飛んで出たよ！」　ウルサーーイ！ びっくりするじゃないか。　有難うございます、俺の願いを容れてくれ、まことに申し訳ない。　大丈夫、気にしていませんから。　（酔っ払いは、手をついて）許して下さるんですか。　はい、許します。　エッ、許してもらうような悪い事を、俺が何した？　もう一度、やれ！
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　（中ぐらいの声で）　「チチンチン！　金太さんと、オタさんが、飴の中から飛んで出たよ！」　失礼な奴だ、誰に断わって、その売り声をやっているんだ、俺の本名で…。　本名？　左官の金太、大田金太郎だ。　助けを呼ぶんじゃないぞ。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　あれは金太の奴だな、飴屋にからんでいる。　すまなかったな、これ、取っといてくれ。　おい、飴屋、何かもらったな、売り声をやれ。　「チチンチン！　金太さんと、オタさんが、飴の中から飛んで出たよ！」　やめろ、歩けない。　肩貸してやってやる。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　お兄ィさん、ウチの人、どこへ行ったか、知らないかい。　それウチの人じゃ、ありませんか。　お兄ィさんに、おぶわれて。　酒癖が良くない、考えた方がいい、スパッと別れたらどうだ。　でも、素面（しらふ）の時は、優しい。　私も若かったら、お兄ィさんと、一緒になりたかった。　俺だって、お前たちが一緒になった時は、悔しい思いをしたんだ。　何だい、家の前で、イチャイチャしやがって。　兄ィも、亭主の前で、くどいて！　二人は、できてるな！　兄イが怒って、金太の帯を持って、うっちゃると、金太は長屋の壁を突き破って隣の家へ飛び込んだ、　隣の婆さんが顔を出し、「金太さんが、壁の中から飛んで出たよ！」。
&lt;/p&gt;</description>
      <dc:subject>落語</dc:subject>
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      <title>柳亭市遼の「千早ふる」</title>
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      <pubDate>Sat, 11 Jul 2026 07:30:07 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-07-11T07:33:19+09:00</dcterms:modified>
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      <description>&lt;p&gt;　7月5日は、会場の都合か、珍しく日曜日開催の第697回落語研究会だった。　市遼、いちりょう、濃紫の着物に、黒の羽織、いきなり市馬の一番弟子と言い、慌てて十番弟子と訂正、5月に二ッ目に昇進したと拍手をもらう。　いつも、名人になれないかと、考えていると言う。　スマホが壊れて、修理に出したら、退屈で、退屈で、時間がつぶれない。　ふだんはやらない、落語の稽古をやることにした。　カラオケボックスで3時間、歌を歌って、「気付き」があった。　昭和の名人、志ん生、文楽、円生たちは、スマホを持っていなかったから、名人になったんだ。　これ、本当。　志ん生、文楽、円生は、ようがすなんて言っていても、炎上なんかしなかった。　われわれの年代が、60から80になると、落語は終わる（と、羽織を脱ぐ）。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　ひとにものを聞きに行く。　旦那は物識りだ、娘がうるさいんで、歌のわけを教えてもらいたい。　ハイハイ、造作もないことだ。　何だっけ、千早ふる神代もきかず竜田川からくれないに水くぐるとは、って歌。　金さん、いい歌だよ、情景が浮かぶ、涙がポロリと落ちる。　その歌のわけを。　千早ふる…、神代もきかず…だな、竜田川…、からくれないに…とくれば、水くぐるとは、だな。　旦那、切れ切れに、言っただけじゃないですか、歌の絵解きをお願いします。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　そうか、竜田川というのは、江戸時代の相撲取だ。　へえ。　田舎で強かったのが、修業を重ね、神信心で、絶ちものをした。　女絶ちだ。　その甲斐あって、五年目に大関になった。　願ほどきというんで、三月、吉原へ夜桜見物に行ったな。　不夜城の絶景、花魁道中を見た。　清掻（すががき）という三味線に乗って、チャンランチャンランと歩く、三番目に、シャナリ、シャナリと、出てきたのが、飛ぶ鳥も落とす勢いの、千早太夫という全盛の花魁だ。　竜田川は、ブルブルっと、震えたな。　あの花魁と、一度でも話がしてみたい。　お茶屋へ呼んでもらったが、一流になると、相撲取や噺家の席には出てこない。　わちきは嫌でござんす。　妹女郎にも話をしたが、また振られた。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　それで、竜田川は、相撲取をやめて、田舎に帰って、豆腐屋になった。　せっかく大関になったのに、女に振られて、豆腐屋になったんですか。　当人がなりたいってんだから、しょうがない。　豆腐屋として五年働いた。　秋の夕暮れのことだ、一人の女乞食が、豆腐屋にやってきて、三日三晩何も食べてない、積んであった卯の花をつかんで、わけてくれないか、と言う。　見上げ、見下ろす、顔と顔、ジャン！ジャン！ジャン！　チャッ！チャッ！チャッ！　金さん、その女乞食は、誰だと思う。　わからないよ。　あの千早太夫の、成れの果てだ。　おかしいよ、飛ぶ鳥も落とす勢いの、全盛の花魁が、五年で女乞食になるのかい。　乞食なんか、すぐなれる、お前さんだってなれる。
　竜田川は、卯の花をやらずに、女乞食の肩を突いた。　元大関の力だ、女乞食はビューーーッと飛んで行って、山にぶつかって、戻って来た、ゴムまりみたいだ。　それをまた突いたら、柳の古木のそばにある井戸に身を投げて、息絶えた。　その井戸から、うらめしやとか言って、出るんだろう。　怪談噺にはならない、これで終わりだ。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　これが歌のわけだ。　エーーッ！　初めから、「千早ふる」だろ、「神代もきかず竜田川」となるだろう。　卯の花をくれない、「からくれないに」、井戸に飛び込んで「水くぐるとは」と、なるだろう。　旦那、「とは」が、余計のようですが？　金さん、勘定高えな、よーく調べたら、「とは」は千早の本名だった。
&lt;/p&gt;</description>
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      <dc:subject>落語</dc:subject>
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      <title>鶴岡のこまやかな人情が気に入る、老いらくの恋</title>
      <link>http://kbaba.asablo.jp/blog/2026/07/10/9864627</link>
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      <pubDate>Fri, 10 Jul 2026 08:04:11 +0900</pubDate>
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      <description>&lt;p&gt;6月25日の「等々力短信」第1204号に「佐々木邦（くに）をご存知ですか？」を書き、7月1日からのこのブログに、佐々木邦と父・林蔵の物語を書いてきたのは、実はこの佐々木邦と山形県鶴岡の話を書きたいためだった。　「等々力短信」の前号、前々号に、佐藤賢一さんの『釣り侍』から、鶴岡の話を書いて来た流れになる。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;日本海に面した漁村で、一冬を過ごした邦は、終戦の翌年の4月、三女うめを東京に帰し、妻の小雪、四女のとも子とともに、鶴岡市紙漉（かみすき）町の本鏡寺という寺の離れに移った。　市内といっても、雨蛙が蚊帳の中に入ってくるぐらい自然が近い環境だった。　気がかりは、かねてから胃を患っていた小雪の病状がよくないことだった。　それでも、昭和22年に入るとすぐ、病床に就く小雪の面倒を見ながら、長編「心の歴史」の執筆に取り組んでいる。　その連載が終った22年12月10日、小雪が亡くなった、62歳だった。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;邦の戦後を支えたのは鶴岡だった。　疎開のための移住先であり、辛い思いもした地だったが、邦は鶴岡が気に入っていたのである。　東北特有の鶴岡の人々のこまやかな人情味は、いつまでも忘れられず永住してもよいと思ったほどだった。　人づきあいに不器用な邦は、控えめで篤実な東北人と波長が合ったのだろう、地元の文化人と親しく交流し、小雪の親戚だった市長の依頼に応え、県立農林専門学校で英語の講師も引き受けている。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;小雪の死の翌年、邦と庄内女性の間にロマンスが生まれる。　二人が出会ったのは、俳句の仲間で、小雪の親戚にあたる山形大学農学部の教授の家に、手伝いに来ていた三十代の未亡人で、進藤信子といった。　ある日、邦が帰ったあと、教授が火鉢を見ると、灰の上に火箸で「信子、信子、信子」と書いてあった。　実は、夫人を亡くしていた教授も、ひそかに信子に恋していたのだが、それを見て自分の恋をあきらめたという。　時に、邦は65歳、信子は35歳、30歳の年齢差があった。
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;新婚当時、邦が挨拶状に添えた句。　＜老いらくの恋といわれて夏暑し＞。
&lt;/p&gt;</description>
      <dc:subject>等々力短信</dc:subject>
      <dc:subject>文芸</dc:subject>
      <dc:subject>文化</dc:subject>
      <dc:subject>歴史</dc:subject>
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