金隠し=文台(ぶんだい)、「便座の弁」2012/09/11 01:23

全三十六景、場面転換の象徴的な小道具が、木製で「コ」の字形をした折り たためる道具である。 第三景「長雪隠」では、芭蕉がしゃがんでいる「金隠 し」になり、第四景「便座の弁」では、ひっくりかえして「文台(ぶんだい)」 になる。 文台は、高さ二~三寸の小さな机で、特に、歌会や連歌・俳諧など の席で懐紙や短冊を載せるのに用いた。 「芭蕉を雪隠にしゃがませるとは、 悪ふざけもたいていにしろ! 芭蕉を冒涜(サンズイに賣)するのもはなはだ しい! 前の景をごらんになって、そう憤慨なさった方もおいででございまし ょう。」  そこで、雪隠の場をこしらえた重大な理由を説明する。 芭蕉翁七 回忌の追善集として門弟の代表格である其角が編んだ『三上吟』という俳諧撰 集がある。 三上とは、文章を練るのに最もふさわしい三つの場所、馬上、枕 上(ちんじょう)、厠上(しじょう)のこと。 『三上吟』に芭蕉翁の言葉が載 っている。 「人間五十年といへり。我、二十五年をば後架にながらへたる也」。  芭蕉翁の生涯の持病は、便秘と、便秘による痔と、胃腸病だった。 したがっ て芭蕉翁には長雪隠という癖があって、雪隠の場をこしらえないわけにはいか なかった、というのだ。 歌仙に月や花の定座があるように、この一代記のあ ちこちに雪隠の座を設け、「便座」と呼ぶことにしよう、と。

第八景「宗匠立机(りっき)」、江戸へ下って足掛け七年目、三十五歳、大流 行(はやり)の談林俳諧で、一人前の点者として看板を出す。 撫で付け髪の 芭蕉が、金隠しにしゃがみ、用を足しながら財布を出して、銭勘定をしている。  「この正月の収入(みいり)は、前後十五回も俳諧の席をさばいて、点料、出 座料合わせて一両ちょっとか。大工や左官の収入と似たようなものだ。気を遣 う割には銭が入ってきませんね。」

紐でぐるぐる巻きした財布を、つい落として、たてかけてあった竹竿で拾い 上げようと苦心しながら、「銭が黄色くなってしまったろうな。 するとこれが ほんとの黄金なり。(反省して)うーむ、どうもまだ談林俳諧風のくさみが抜け ないな」ト竹竿を持ったまま考え込む。