〈明治前期〉教育史と紀州の中学の個性2012/09/25 00:06

曽野洋さんの土曜セミナーは、維新後の和歌山における慶應義塾に範をとっ た変則中学校の展開を中心にすえた発表になった。 曽野さんが2000年から 中心的に関わり2010年に完成した共編著『和歌山県教育史』全3巻(同県教 育委員会)の成果をふまえ、(1)教育史における〈明治前期〉の特徴、(2)中 等教育史にみる、近代初頭の紀州の個性、(3)福沢門下生たちが教示する、変 革期における〈学校建営の要点〉の順に、話が進められた。

(1) 教育史における〈明治前期〉の特徴

 〈明治前期〉とは、初代森有礼文部大臣による明治191886年の「中学校令」 が機能しはじめるまでの時期を指す。 〈明治前期〉文部省の政策の比重は、 小学校と帝国大学に集中し、中等教育(師範学校除く)は人民自為、つまり民 間まかせだった。 文部省は情報収集活動だけはやっていて、年報の形で明治 15年頃までの中学校数などの統計が発表されている。 中学校は、時代の変わ り目に教育ニーズを掘り起こしてゆく、コンセプトの〈違い〉を競う〈教育ベ ンチャー〉の様相を呈していた。

 そこに、紀州でのいろいろな動きをみることができる。

(2) 中等教育史にみる、近代初頭の紀州の個性

 明治4(1871)年の廃藩置県後に紀伊徳川家当主の徳川茂承(もちつぐ)が 見事な教育投資を実行した。 和歌山県内既存の学校へのお金・モノの寄付や 校舎新築費用の全面負担。 旧紀州藩士子弟への教育費援助。 英学教授を目 的にした複数の中等学校の新設。 士族結社徳義社の建営による、多様な教育 支援。 こうした投資を茂承に促した強力な提言者が、福沢諭吉だったのであ る。 福沢と紀伊徳川家のコラボレーションによって、福沢の教育理念や学校 論が和歌山で具現化することになった。

 和歌山の中等教育を担った学校には三つの系譜があった。 第一の系譜が、 上の複数の中等学校で、福沢プラン(「明治二年十月共立学舎新議」)に基づき 新設された。 和歌山県初の中学、開知中学校(明治7(1874)年文部省公認) から、自修英学校、自修学舎、自修学校と名を変えていく学校群である。 そ して多くの福沢門下生が教員として新設された諸学校に着任し、慶應義塾流の 英学講義を展開した。 そこで優秀な成績をおさめた生徒は、和歌山から東京 の義塾へ内地留学できる。 義塾で修業し終えた内地留学生を一時的にUター ンさせ、かわるがわる和歌山の教壇に立たせるという仕組みが創られた。 こ の仕組みは有効に機能し、後に慶應義塾長や文部大臣を歴任した鎌田栄吉はじ め、幾多の俊秀が和歌山の中等教育を担ったのである。

松たか子の『夢売るふたり』<等々力短信 第1039号 2012.9.25.>2012/09/25 00:08

 松たか子ファンである。 映画『夢売るふたり』を観た。 西川美和監督作 品、R15+指定(restricted、15歳未満に適さない映画に映倫が指定)、冒頭か ら車谷長吉さんのいわゆる「まぐわい」シーンでびっくりする。 一緒に観た 家内が「いやな映画を観てしまった」と嘆くから、R某歳+(女性)映画かも しれない。 夫役の阿部サダヲの他、田中麗奈、鈴木砂羽、木村多江、伊勢谷 友介、香川照之、笑福亭鶴瓶などの出演。

 西川美和監督の映画は以前『ディア・ドクター』を観て、それなりに感心し た。 山間の小村の診療所、笑福亭鶴瓶は偽医者なのだが、「気胸」(最近、99 矢部何某が罹った)を知らなかったのを余貴美子のベテラン看護婦に助けられ たりして、地域で信頼を獲得し、根付いてゆく。 嘘から出たまこと。 瑛太 の研修医も、地域医療のコツを彼に学ぼうとしている。 頑なな八千草薫が鶴 瓶医師の親切に心を開いて、家族に病状の嘘をついて欲しいと頼んだことから、 事態は動き出す。 八千草の娘、井川遥は東京で大病院の医者をしていた。 偽 医者は、突然いなくなる。 偽医者、けっこういるものなのだ、被災地のボラ ンティアにも、最近は板橋区の検診医にもいた。

 脱線した。 『夢売るふたり』は、苦節5年の末に持ち、順調に5周年を迎 えた小料理屋を火事で失った若い夫婦。 阿部サダヲは茫然自失の再起不能状 態だが、松たか子は強い。 偶然、夫が女に「もてる」ことを知って、再出発 資金積み立てのため、結婚詐欺をつぎつぎに計画、実行していく。 結婚でき ない諸事情、孤独や悲哀を抱えた女達が、いとも簡単に騙されていく。 夫は 騙しながらも、それらの女達に心を寄せ始める。 金の面では、もう一歩で東 京スカイツリーを望む理想の店を手にするところまで来た妻だが、心は千千に 乱れることになる。 一口に言えば、暗い映画だった。

 松たか子は、小料理屋で接客しているところなど、すーーっとして、実に美 しい。 他方、こんな顔もするのかと思う、憎しみの籠った表情も見せる。 西 川美和監督は、映画『告白』を観て、松たか子が悪役に似合うと知り、夫婦の モラルを含めた汚い話に松たか子の品が必要だと、出演依頼をしたそうだ。 広 告文にあるように西川監督が「ラブストーリー」を描こうとしたのなら、決定 的な失敗があった。 「ヒロイン」が可哀想でないことだ。 圧倒的に強いの だ。 実は最近、NHK BSの『薄桜記』にはまっているのだが、柴本幸(ゆき) のヒロインは明らかに「可哀想」なのである。