志ん輔の「化け物使い」2012/10/22 01:08

 志ん輔、人間というのは厄介なもので、気の合わない人が多いと始める。 テ レビを見ても、気持のよいニュースがない。 この瞬間だけは、こっち(落語) へ心を一つに、こころの憂さを晴らし、明日への活力に。

 人を使うのは厄介なもので、甘くするとつけあがり、きついと居付かない。 本所の老人で吉田さんという元旗本、いい給金を出すのだが、人使いが荒く奉 公人が辛抱たまりかねると、二三日も続かない。 ご本人は千束屋(ちづかや) に頼めば、いつでも来ると、平気だ。

 足洗って上がれ、雑巾を堅く絞って拭け、名は杢助か、目見得で二三日ゆっ くりしろ、といっても、今仕事を探してやる。 裏の物置に、薪があるから二 三束割っといてくれ、それから炭俵の炭を切ってくれ、縁の下の炭箱に入れて、 そうだ縁の下の蜘蛛の巣を掃除して、ついでに天井もきれいにして、済んだら、 塀の落書きを洗ってくれ、それからドブが詰まっているんだ、隣の家が無精で 掃除をろくすっぽしないから、それが済んだら手紙を青物横丁に届けて、つい でに千住に回ってくれ。 いつ頃、終わるべえか。 夜の白々明けには終る。  おまんまは、いつ? 二三日は目見得だから、ゆっくりしろ。

 この杢助が続いて、三年の月日が経った。 髪結床で噂を聞いたが、化け物 屋敷に引っ越すというのは本当かね。 お願えだ、お暇を頂戴えしたい。 人 使いの荒いのは慣れて、ゆるいと身体の調子が悪い。 だけど、化け物が今日 出るか、明日出るか、それは怖い。 杢助は、旦那が碁会所へ行っている間に、 引っ越しを全て済ませ、ご免なすってと去る。 晩飯までつくってあった。 あ いつには一本取られたな、あれだけの奉公人はいない。

 書見をしていると、急に寒気がした。 誰だ、そこでうずくまっているのは、 顔を上げろ。 一つ目小僧だな、出たね、こっちへ来い。 うふふふふ。 笑 うと、妙な顔になるな。 茶碗を洗いな、洗ってザルにふせろ、布巾で拭いて 茶箪笥にしまうんだ、それから床を雑巾で拭く、水瓶に水を汲んでおきな、布 団を敷きな、布団はまっつぐ畳に合わせるんだ、肩を揉みな、杢助より上手い。  明日は、昼から出なさい。 出るとき、ゾクゾクするのは、いらない。

 二日目は、今晩はと大入道。 茶碗を洗って、布巾で拭いてる、茶箪笥にし まってる。 水瓶に水を汲んできましょうか? 布団敷くのはイヤ、ひどい目 にあわせるよ、泣くな。 庭の石灯籠の頭、直してくれ。

 今日は、女か。 のっぺらぼうだな。 茶碗を洗うのは出来ます。 硯を出 して、卵に目鼻描くようにちょいと描いてやろう、顔を出してみな。 あっ、 消えた。 世の中には、なまじ顔があるために悩んでいる女もいるっていうの に。 ゾクゾクしたぞ、大きな狸だ、お前か。 みんながお願いがある、お暇 を頂戴したい、あなたのように化け物使いの荒い方はいない。

 この日、志ん輔は調子が悪かったのだろうか。 爆笑になりそうな噺なのに、 淡々と演じて、少しも乗って来なかった。