金原亭馬治の「強情灸」2013/05/01 06:35

 26日は、第538回の落語研究会だった。 新年度の第一回、顔ぶれを見て余 り期待せずに出かけたのだが、案に相違して、開口一番からトリまで、それぞ に充実した高座となった。

「強情灸」   金原亭 馬治

「蛇含草」   三遊亭 兼好

「甲府い」   入船亭 扇辰

      仲入

「熊の皮」   古今亭 志ん橋

「五人廻し」  柳家 喜多八

 馬治、師匠の馬生の話をする。 馬生といっても、私などが頭に浮かべる志 ん朝の兄貴ではなく、せんの馬治だ。 その馬生が入院することになって、近 親者以外の保証人が要ることになった。 馬治しかいなかったので、書類を書 いたのだが、書けないところがあった。 「続柄」だ。 「弟子」と言ったら、 係の女性に鼻で笑われた。 「知人」「友人」ではどうですかと言うと、師匠が 「いやだ」と言う。 「くやしい、から」と。 「従業員」ではどうか、と言 われて、今度は馬治が「いやだ」と言った。 それほど、労働環境がよくない。  とうとう、師匠が書類をひったくって、何か大きく書いた。 「家来」。 師匠 は銀座の生れで、江戸っ子だ。 何かに、いちいち、逆らうところがある。

 「強情灸」はお馴染みの噺だ。 湯ゥ屋の熱い湯に、ご隠居さんが入ってい る。 そこへ若い二人が来て、なかなか入れず、「ぬるい」を連発し、「ぬるい とケツに食いつくな」、「ぬるいからしゃべるな」という、ご案内の小咄から入 る。

 熱いので名高い、浜(横浜)の峰の灸をすえてきたという男。 ずっとお尻 の方、ヘの三十六番だったのを、色が白くていい女に、お兄さんお急ぎですか と言われ、換えてもらった札がイの一番。 いい形で大あぐらをかき、もろ肌 ぬぎになる。 係に、いくつすえるのかと聞くと、「片側16、両側で32でござ ぁいますぅー」と、妙になまる奴。 面倒だから、いっぺんに火をつけてくれ、 というと、本気にする野郎で「あぁた、よろしいんでぇすかー」(このなまりが、 馬治独特だった)と、ツツツツツーとつけた。 背中に爆弾が落ちたよう、お 不動さんみたいになって、駆け出せばかちかち山だった、歯が10本折れた。  俺だから、我慢できた。

 話を聞いて、そんなのは、友達の俺の恥、日本国の恥、灸の見本、究極の灸 を見せてやる。 熱いと思うから、熱い。 左腕の上に、茶饅頭のように灸を 盛って、どうでえ。 石灯籠の頭みたいなのに、線香でなく、炭火で火をつけ て、扇子で煽ぐ。 どうだ、浅間山だ、穴を開けてんだ。 皮、肉、骨と焦が して、バーベキューだ。 石川五右衛門は油で釜茹でにされても、辞世を詠ん だ、浜の真砂は尽きるとも我泣きぬれて蟹とたわむる。 どっか、聞いたとこ ろがある。 大泥棒だ、ひとつくらい盗みそうだ。 戸を閉めろ。 アッ、ア ッ、八百屋お七は、十四、五の小娘でも、火あぶりになってらあ。 アッ、ア ッ、ウーン、ウッ、ウッ、アハハハ…。(と、右手で払う) 熱いんだろう? 熱 かあねえが、石川五右衛門は…、さぞ熱かったろう。

 ついでだが「浜の峰の灸」、横浜市磯子区峰町の円海山護念寺で今も施療して いるらしい。 根岸線洋光台駅から徒歩、三浦丘陵の北端、円海山(153.5m) の東の中腹にある。 円海山の頂上には、NHK横浜とFM横浜の送信所があ るそうだ。

三遊亭兼好の「蛇含草」2013/05/02 06:30

 兼好は、グリーン系で、濃い着物に薄い羽織。 いきなり、お気をつけ下さ い、昨日まで元気だったのに、ね、ということがありますから、と。 騒がし い早口の語りを、初め嫌だなと思ったが、乗って来ると気にならなくなった。

 先日の新聞に、朝食をときどき食べる人が太る、という記事があった。 身 体が飢えていて、たまに食べると、吸収率が高いらしい。 落語も、毎日聴く もんじゃない、たまに聴くと新鮮味があって、今度どこで笑えるのかがわから ない。 月一度ぐらい、落語研究会はちょうどよい。

 先祖代々、太っている人もいれば、瘠せている人もある。 私も、沢山食べ るのだけれど、まるで身にならない質だ。 一番太っていた時で64キロ、一 番瘠せていた時で2,700グラムだった。 女性のダイエットで、パートナーに 後ろからお腹(なか)を持ち上げてもらうというのがある。 20回ぐらい、持 ち上げてもらう。 大好きな人に、負担をかけているという気持から、瘠せる のだそうだ。 4か月で、6キロ痩せた。 旦那さんが…。

 甚平は重宝だ、手拭でつくり、湯へ何も持たず鼻歌まじりで行き、それで体 を洗って、絞ったのを引っかけて帰れば、乾く。 急に暑くなったので、ご隠 居さんの所に涼みに来た。 ここは南がもろに開いていて、風が入って来る。  庭を見ると、目で涼しくなる。 家の中にいると、日陰になる。 アッシの所 は、日陰にならない、屋根に穴が開いているから。 雨が降ると、傘を差して おまんまを食う、表に雨宿りに行く。 風鈴は音がいい、チリリンリン。 ア ッシの所は、コッツン、コッツン、紐が切れて落ちたので、ヒビが入った。 風 鈴の脇の、ゴムみたいなのは何ですか? 蛇含草だ、舐めると人間が解けるウ ワバミの胃薬だ。 悪い虫が入って来ないおまじないになる。 アッシの所は、 悪い虫が出て来る、痒くて痒くて、半分いいですか、頂きます。

 田舎から餅が来た、切り餅で五、六十あるが、食べるかい。 ペロッと、い っちゃう。 一つ残らず、食べることができるかい。 もちろん。 何か、つ けるか。 餅が可哀想、そのまんま食べると、コメの甘味が、口の中で広がる。  餅は大好きで、先祖が望月。 (焼いた餅を、手で持ち替えつつ、伸ばしなが らホッ、ホッと食う)舌でなく、手が猫で。 せわしない食べ方だな、噛まな いのか。 もらい物は、返してくれと言われるといけないのでね…、クチャ、 クチャ、ゆっくり頂きます。 しゃべるか、食べるか、どっちかにしろ。 伸 ばして、食いつく、鯉の滝登りの餅。 伸ばして、くわえて、揺すって、食う、 親猿子猿、ブランコの餅。 太神楽の餅で、天井に張り付いた。

 あといくつ。 五つ残っている。 ハー、ハー、アヘ、アヘ、アヘ。 まだ 四つ。 もう食べられない。 立てないので、手伝って下さい。 体中、餅だ な。 鏡貸して下さい、下駄を履くのに、下向くと餅が出る。

 家へ帰って、寝てみたが、どうにも苦しい。 腹さぐると、蛇含草があった ので、飲む。 ご隠居が心配になって、訪ねて来る。 ガラガラっと、戸を開 けると、布団の上に、お餅があぐらをかいて、甚平を着ていた。

扇辰の「甲府い」2013/05/03 06:29

 よく扇辰は、前に出た演者を褒める。 兼好は今、日の出の勢いだ。 早く 内に潰しときゃあよかった。 入門した時から、世帯を持っていて、お子さん が二人いたので、気の入れ方も違ったのだろう。 気が合うところがあって、 先祖の血かと思う。 私は長岡で、兼好は会津若松、昔は手を取り合って薩長 と戦った。 私の所は下級武士、兼好は知らないけれど、前座名が好作だった から、小作人かなんかでしょう。 落語協会から出て行った方(好楽の弟子で、 円楽党)なのに、気が合う。 協会でも、気が合わないのがいる、誰とは言わ ないけれど。 うちのカカア(口に出すのも、イヤ)も、気が合わない。 好 いて好かれて一緒になった(と、苦笑)カカアだけれど山梨で武田、私は上杉 だから、毎日が川中島。 20年近く一緒に暮らしているのは、合縁奇縁でしょ う。 <はまぐりとホタテが鍋で巡り会い>。 はまぐりが声をかけた、ホタ テさん一緒になりませんか。 もうシャケと出来ました。 なシャケねえ。

 おーい、金公、何してやんだ、人様の頭に手をあげるな。 と、「甲府い」に 入る。 「甲府い」は、昨年秋、古今亭文菊が鈴本の襲名真打昇進披露で演じ たのを、当日記10月5日に前半、6日に後半を丁寧に書いた。 扇辰は、善吉 がご飯をいただいて「お鉢、洗います」と立ち、「ババア、こっちこい。」「炊き 立てです。二升」「金公が食っただけか」と演った。 甲府の在の山ん中から、 書置き残して飛び出して来た、身延に願掛けもした、葭町の桂庵に行って、働 き口を紹介してもらおうと思うというのを、親方が「(江戸の初日にキンチャッ キリに残らず根こそぎ掏られて)いい根性をしている、もう一度踏ん張るって のは…、よかったらウチで働かないか」となる。 そして教える売り声の「と ーふぃー、胡麻入り、がんもどき」の、よかったこと。 善吉の善さんが、ご 近所のかみさん連中と子供たちの評判を得る。 お父っつあんなんて、どうで もいい、ディズニーランドをご覧なさい。 豆腐ばかり食わされて、湯へ行く とプカプカ浮くと苦情を言う亭主には、「明日は卯の花煮とくよ」。

 三年という歳月が流れ、娘のお花の婿にと親父が言い出す。 おかみさんは すでにお花に聞いていた。 お花は真っ赤になって畳にのの字を書いて、お父 っつあんとおっ母さんがよければよろしくと言った、と。 だけど善公が何て いうかわからないというので、親父は「勘弁ならん、善公!善公!」となる。  やさしく話をしたおかみさんに善公は「ありがとうございます、故郷(くに) の伯父伯母がどんなに喜んでくれるか、これからもよろしくお願いします」と、 涙を流した。

 このあたり、扇辰の語りに熱いものがこみ上げてくる。 隣の友人も、眼鏡 の下に手をやっていた。 「文七元結」「芝浜」「子はかすがい」の、ごくいい のを聴いた時と同じ感動だった。 扇辰、かなりの高みに達したようだ。

志ん橋の「熊の皮」2013/05/04 06:31

 「つまずく石も縁のはしくれ」、何事も縁だ。 お金も、円(縁)。 「縁と 命があったら、また会おう」という。 会いたくないと思っていると、電車で 隣に座っていたりして、借金を返せない言い訳をしたりする。 男と女も縁、 縁あらばこそ添い遂げたり、添い遂げなかったりする。 共白髪まで、仲の悪 いのもある。 われわれのほうでは、決まっている。 女房が強くて、亭主が 弱い。 おい、と言われて、はい、と応える。 「おいはい」の夫婦、仏壇に でも入っているよう。

 誰だい、お前さんかい、早いね。 いいんだよ、帰って来たって、でもお前 さん八百屋なんだから、もう一回りして来たらどうなんだい。 大八車に、菜 っ葉一つ残っていない。 売り切れちゃったの、ご苦労さん、お前さんが帰っ て来るの、待っていたんだよ。 何か急用か。 水、汲んで来ておくれ。 お 前さんは男で力がある、私は女で座っている、あんたは立ってる、両手に桶を 持って行くんだよ。 水を瓶(かめ)に入れたら、米を研いでおくれ。 水汲 んだ人が研ぐと、米が喜ぶんだよ。 毎日やれば、お前さんも憶えるんだ。 盥 (たらい)の洗濯物も、洗っちゃっておくれよ。 この派手なのは、お前の腰 巻だろう、こんなの洗えないよ。 それでなくても、甚兵衛さんは女房の尻に 敷かれているって、言われてるんだ。 洗いなさい、って私が言っているんだ から、無精しないで洗いなさい。 日の当る所に、干して来い。 お稲荷さん の鳥居に干した。 まぁいいだろう、上がらないで、もう一つ、横丁のお医者 さんに、お赤飯をもらったから、お礼を言って来ておくれ。 うんと、か? ほ んのひとまたげ(?)、これっぽっち、お屋敷からの到来物のおすそ分け。 裏 口から行って、書生さんに、先生はご在宅か、と聞くんだよ(と、口上を教わ る)。 一番終いに「私がよろしく」って、言うんだよ。 「女房がよろしく」 を忘れたら、当分家に上げないよ。

 先生はご在宿です。 それは医者の符牒か、談判したいことがあって来まし た。 お長屋の甚兵衛さんじゃないか、談判したいってのは。 私はお長屋の 中で甚兵衛さんが一番好きだ、正直だし、頼まれたことは一生懸命やってくれ る。 私は、先生が一番嫌いだ。 甚兵衛さんの、そういう正直なところが、 好きだ。 こっちにも、言い分がある、先生はご退屈ですか、ご退屈ならば、 お目にかかりたい。 しっかりしておくれよ、目の前にいるじゃないか。

 さて、このたびは、お屋敷でお弔い(到来物)がありましたそうで、お石塔 (お赤飯)をありがとうございます、これっぱかり。 いいなー、甚兵衛さん は、こう言いたかったんじゃないか。 先生、ずるいよ、立ち聞きしていたん じゃないですか。 わざわざ、お礼に来ることはない。 そうでしょう、これ っぱかりで。 お屋敷の御嬢さんが病弱で、寝たり起きたり、方々の医者に診 てもらったが、よくならない、わしが診たらご全快、治ったんだ。 珍しいこ とがあるもんで。 そういう甚兵衛さんは、私は嫌いだよ、よかったですねえ くらいのことは、言ってもらいたい。 いい品物ばかり頂戴したが、中でも気 に入っているのが、熊の皮だ。 見たいか、見てくれ、こっちへ来て。 敷い てある、これだ。 大きいものですね。 さわってもいいですか、毛深いです ね。 先生、これって何でできているんですか? 何するもんです。 敷物だ、 夏は涼しく、冬暖かい。 こんな毛深いのを、尻に敷くんですか…、そうだ、 女房がよろしく言ってました。

喜多八「五人廻し」の前半2013/05/05 06:58

 トリは喜多八、いつもの嫌々でなく、割とさらっと出てきた。 ご期待に添 えるかどうかわかりませんが、落語をやらして頂きます、私のようなものでも …、と言う。 寄席が変った。 夜8時半、9時にバラす(撥ねる、終演)。 客 (の住む所)が遠くなった。 昼の方が客が多い。 ご婦人も多くなった。 昔 は、薄ッ暗いような、不良のおっさんがいたものだ。 何の商売でも、ご婦人 に嫌われたら成り立たない。 入り口も華やいだ。 昔は桟敷だったが、今、 畳にしたら、お客様はみえない。 正座が駄目だから、椅子にしないと。 は ばかりも、清潔にしないと。 昔は男女一緒だったが、今は別なのはもちろん、 洋式にしないと駄目。 初めは手前のケツっぺたの汚いのも忘れて、洋式はイ ヤだとか言っていたのが、今じゃしゃがんで出来ない、洋式を探している。 吉 原の花魁も「和式はイヤでありんす」。

 廓も遠くなりにけり。 五十年、半世紀。 なくなって、よかった。 夢の ある内に、消えて行った。 廓噺をなんだかんだいうご婦人もいるが、そうい うもんじゃない。 人情の修練をする所、男を磨く所、みんなイヤイヤ行って いた。 江戸は野郎が多すぎた。 それで廻しを三人から五人、売れっ子だと 七、八人、書入れだと三十六人、荒木又右衛門の敵討ちみたいなのもあった。  ちらりとしか姿を見せないから三日月女郎、新月女郎、月蝕女郎。

 玉(ぎょく)代を取られて、しょい投げを食い、廻し部屋へ。 煙草はなく なる、火は消える。 汚ねえ部屋だなあ、落書きがいっぱいだ。 汚ねえ字だ、 読めねえ、「この楼(うち)は、牛と狐の泣き別れ、もう、コン、コン」。 馬 鹿だねえ、こいつと話がしたい。 「上を見ろ」か、「右を見ろ」と、「ご退屈 でしょう」、ふざけやがって。 天井に足形付けた奴がいる、どうやって付けた んだろう。 隣も、うるせえ。 ぺちゃくちゃ、ぺちゃくちゃ、くすぐったい よ。 どこが…、手伝いましょうか。 うるせえな! 静かになっちゃった、 かえって気になるよ。 仲見世で、腰巻一枚カカアに買った方が安かったな。  カカアは玉取らないし、廻しがない。

 パタン、パタン、パタン。 違うな、俺の敵娼(あいかた)は片足を引きず る、違うな。 前の部屋だ、待ったかいなんか、言ってる。 来たよ、今度こ そ、いかにも待ってたようだから、寝たふりしよう、いびきかくか。 ちょい と、ごめん下さいまし、開けてもよろしゅうございますか。 若え衆だ。 グ ーーッ。 いらっしゃい。 グーーッ。 お目覚めでいらっしゃいますか。 い びきかいて、目開いて、お目覚めだ。 行燈のお油を。 舐めんのかよ。 敵 娼どうなってんだろうな。 お一人様で、いらっしゃいますか。 お半分様だ。  喜瀬川さん、ほどなくお廻りになります、ご辛抱を。 俺はここに奉公に来た んじゃない。 おさみしいことで。 悔やみを言うな。 帰るから、玉をけえ せ。 もっと話のわかる人間に近いのを引っ張って来い。 私は、人間に近く ない? 手前えは出来のいい猿ってんだ。 ヘラヘラすんな。 ここは私が引 き受けておりまして、ほかの者は出せないのが廓の定法になっております。 こ ちとらは、三つの歳から大門(おおもん)を出入りしてるんだ。 お早い、お 道楽で。 (ここで、元和三年幕府が庄司甚右衛門の願い出を許可して以来の、 吉原の歴史が滔々と語られる。)

 なんだ、よくしゃべりやがったね、三つの歳から大門を出入りしたなんて、 おおかた、吉原に捨て子かなんかされたんだろう。