一之輔の「星野屋」2015/01/24 06:39

 このところ、いい事件がないですね。 みんな、そんなもん食べているんだ っていう。 ペヤング・ソースやきそばに、虫が混入していたとか。 大丈夫 ですね(国立小劇場なので)、国の企業じゃないですよね。 あれ、おいしい。  私の身体には、ペヤングのソースが流れている。

 入門して師匠(一朝懸命の)に「人を殺めるな」「嘘をつくな、俺にはばれる から」と教わった。 難しいもので、ふた月位の時「俺は飯を食ったが、お前 はどうだ」って言われたので、「食べました」って言ったら、腹の虫が鳴った。  「そういう無駄な気遣いをするな」と怒られた。 半年経って、12時に池袋駅 集合と言われて、手帳に付けていた。 近いので11時に寝ていたら、電話が あり、どこにいるんだ、先に行くぞ、と。 一週間後、師匠の所へ行くと、う るんだ目をしている。 俺は12時集合って言ったっけね、と、このおじさん。  私だって、日大出てる。 いいえ、師匠は11時集合って、おっしゃいました。  すると、カツ丼食べるかって……、汚い世界だと思った。  去年、私事だけれど、弟子が出来た。 俺は若いよ、知らないよ、野垂れ死 にするかも知れないよ。 いいです、と。 落語は、嘘も方便というけれど、 真(まこと)から出た嘘が多い。

 星野屋の主が、妾のお花に、私のことはあきらめろ、別れてくれと、三十両 渡す。 手を広げ過ぎて、親代々の星野屋の暖簾を下ろす、男として面目ない から、今晩死ぬのだ、と。 お供します。 天ぷら蕎麦、食いに行くわけじゃ ない。 旦那とは、温泉、相撲も一緒に行きました、手付に目を回しましょう か、死にます。 おっ母さんに、この金を渡して、さとられるな、私は夜来る から。

 お花は、一本つけた、御膳も用意したと、引き延ばそうとするが、吾妻橋へ。  寒いですよ。 いいから、飛び込もう。 怪我したらどうするの、高いし…。  死ぬんだぞ。 めまいがして、熱もある、風邪かも。 風邪はどうでもいい、 死ぬんだから。 私、泳ぎができない。 死ぬんだよ。 何て、お祈りすれば いいか。 おっ母さん、草場の蔭で待ってます、先立つ不孝をお許し下さい、 とでも…。 私は飛び込むよ、ドボーーン! 旦那ーーッ、怪我はないですか ーーッ。 浮かんで来ないよ、おケツが大きいから沈んだんだ。

 あっ、屋根舟だ、芸者揚げて遊んでいる、こっちは地獄で、あちらは極楽。  一中節が聞こえてくる。 ♪さりとは狭いご料簡、死んで花実が咲くものか。  そうよね、おっ母さんはいるし、読みかけの本もある、今日はやめときます、 旦那、今まで本当にお世話になりました。

 お花は、家に帰ったが眠れない、用意した酒をちびちびやっていると、大雨 になった。 重吉だ! お花を星野屋に世話した重吉が、ずぶぬれでやって来 た。 星野屋の旦那は来てねえか、一杯飲んで寝たら、胸を押さえつけられる ようになった。 枕元に、ざんばら髪の旦那が座っている。 これこれで毎晩 お花の所に出るんだが、その前にお前の所に寄るって、消えた。 すると、畳 がぐっしょり濡れていた。 ここへ来たら、じかに来てくれって、言ってくれ。

 旦那は、昼間来た、三十両で死んでくれって。 どうしたらいいかね、浮か んでくれないかね。 何でもするか。 髪は女の命っていうから、プッツリ切 って、墓の前に供えたらどうだ。 お花は、奥へ行って、黒髪をプッツリ切り、 手拭をかぶって出て来て、髪を重吉に渡す。 浮かんでおくれよ、旦那、浮か んでくれなきゃあいやだよ。

 そこに星野屋が現れる。 あの屋根舟は、星野屋が手配していたのだ。 重 吉は、ご壮健で何より、旦那はお前に心底惚れていた、でもあの女の本心はどうかと言うので、試すことにした。 飛び込まねえ上に、手も合せない。 な んだ、そういう筋書きかい、道具類は車を持って取りにおいで。 その眉(ま みえ)の下についているのは、目かい、よく見なよ。 それはカモジだよ、本 物はこの通り、ほっかぶりの手拭を取る。 だが、旦那の渡した三十両も偽金 で、使えば手が後ろに回る。 母さん、たいへんだ、すぐ返しておくれ。 金 を返すと、一転、これは天下の通用だった。 くやしがるお花に、母親が「大 方そんなことだろうと、三枚くすねて置いた」

 一之輔の「星野屋」、感心しなかった原因は、噺のやりきれなさと、演者の腕、 半々にあるのだろう。