「侍ニッポン」新納鶴千代にが笑い ― 2016/02/05 07:05
久世光彦さんは雑誌『諸君!』に、「あなたは、最後に何を聴きたいか」とい うテーマで、「マイ・ラスト・ソング」を百数十回、十年余り書いた。 「侍ニ ッポン」という一文がある。 「人を斬るのが 侍ならば 恋の未練が なぜ 斬れぬ 伸びた月代(さかやき) さびしく撫でて 新納(しんのう)鶴千代 にが笑い」。 昭和6年、西條八十の作、そのころ人気のあった徳山璉(たま き)が歌って、日本中が「侍ニッポン」で沸いたという。 私も、もちろん戦 後のことだが、聞いたことがある。 もともとは群司次郎正の小説『侍ニッポ ン』が原作で、映画化もされたらしい。 久世さんの東大の先輩にチエホフの 演出をやっていた新納さんという人がいて、その読み方は「ニイロ」だった。
その「侍ニッポン」の回に、多くの人から手紙をもらったという。 『文藝 春秋』編集部の吉地真さんは、古書店で〈春陽文庫〉版の群司次郎正『侍ニッ ポン』を見つけて送ってくれた。 「この吉地さんという人は、まだ若いのに 博学多識の編集者で、海上自衛艦の艦種、台湾高砂族の婚姻風習、わが国の元 号出典の変遷、ポーランドの猥歌の地方性――といった具合に、余計なことば かり知っている面妖な人である。もうずいぶん前のことだが、私は何か解らな いことがあって緊急に知りたいときは、向田邦子さんに電話して訊いたものだ。 向田さんはどんなことでも、五分以内に調べて教えてくれるので重宝した。― ―いまは吉地さんである。」と、久世さんは書いている。
その吉地さんによると、「侍ニッポン」の〈新納鶴千代〉は、〈ニイロツルチ ヨ〉が正しく、原作にちゃんと読み方が記されているという。 物語が始まっ て数ページ目に、「にいろさま! つるちよさま! 娘はほんのりと抜け出たえ り首をうなだれて、何度も浪人の名を繰り返しているようであった」と、平か なで書いてある。 なぜ、当時の人気歌手徳山璉は、「♪シンノウツルチヨにが 笑い~」と、堂々朗々と歌っているのか? 歌手本人も、レコード会社のスタ ッフも、作詞の西條八十までも、原作の小説をちゃんと読んでいなかったとい うのである。 群司次郎正は出来上がったレコードを聴いて仰天した。 早速 レコード会社に訂正を申し入れたが、いまと違って録音し直すには莫大な費用 がかかるので、そのままになってしまった。 そして〈シンノウツルチヨ〉の この歌は、全国津々浦々にまで広まった。 新納鶴千代は、にが笑いしている だろう。
私が、興味を持ったのは、「何か解らないことがあって緊急に知りたいとき」 に訊く人の存在である。 久世光彦さんの場合、向田邦子さんであり、吉地真 さんだった。 私の場合、先日「等々力短信」に「索引の有難さ」を書いたが、 手元の本の索引であり、最近は、パソコンで自分が書いたものを検索すること、 そして何よりインターネットを検索することだ。
コメント
_ カービー ― 2023/12/01 08:42
_ bishou ― 2024/02/05 21:16
にいろと云う名前が気になって調べているうちにこのブログに行き着きました。勿論、小説の映画化なので事実とは思いませんが、歴史時代劇が好きで小さい頃から漫画や小説本、映画で時代劇ばかりみていまして今も(老人になっても)そうです。
最近は脚色しすぎるテレビドラマにうんざりで、中国歴史時代劇をよく見ています。歴史は変えられる・・・を実感している昨今です。
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