会津と「奥州仕置」「惣無事令」2017/12/01 07:15

 ジャイアンツの「絶好調男」、DeNAの監督もやった中畑清の「ファミリーヒ ストリー」を見た。 父は福島から横浜戸塚に出て土建業・中畑組を営み、戦 後進駐軍の仕事などで繁盛したけれど、その仕事がなくなると、福島に帰り瓦 製造を始めるが4年で倒産、牛一頭から酪農を始める。 瓦工場跡の雪も舞い 込む小屋で、9人兄弟の8番目に生れた清は、麦飯に牛乳をかけて育って、大 きくなったのだそうだ。 先祖に中畑上野介晴辰(はるとき)、その息子・右馬守(うまのかみ)という 城持ちの戦国武将がいて、豊臣秀吉の「奥州仕置」の合戦で中畑の地を追われ、 泉崎村に移ったという。 「奥州仕置」というのを知らなかった。

たまたま読んでいた五味文彦さんの『日本の歴史を旅する』(岩波新書)に、 福島県会津盆地を扱った「会津街道 日本の統合をめざした人々」の章があって、 「奥州仕置」が出て来た。 会津盆地で武士たちが成長して抗争を繰り返す中、 応永30(1423)年頃には蘆名氏が会津四郡の守護大名としての権限を握って いた。 戦国の乱世になると、次々と会津に侵攻する勢力が現れ、蘆名氏の当 主が若年で死亡したことなどもあって、蘆名家臣団が分裂するなか、常陸の佐 竹から迎えた義広の代になって、北から侵攻してきた伊達政宗と戦い、天正17 (1589)年に磐梯山麓の摺上原(すりあげはら、耶麻郡磐梯町・猪苗代町)の 合戦で大敗を喫して、滅んでしまう。

伊達氏による会津攻めを「惣無事(そうぶじ)」の命令に違反したとして咎め た豊臣秀吉は、翌年小田原北条氏を滅ぼすと、下野を経て南から会津黒川城(の ちの会津若松城)に入って、奥羽地域の支配方針である「奥州仕置」を定め、 ここに秀吉の天下統一の総仕上げがなった。

この「惣無事令(そうぶじれい)」も、知らなかった。 百科事典をみると、 天正13(1585)年、豊臣秀吉は戦国大名間の戦争(領土紛争)を私戦と断じ、 私戦禁止令(大名の平和令)を出し、受諾した大名については領土を認め地位 を保障した。 この武力征服によらない平和統一政策が「関東惣無事之儀」な どと標榜されたことから「惣無事令」と呼ぶ。 広義には喧嘩停止令(村の平 和令)・刀狩令(百姓の平和令)・海賊停止令(海の平和令)など一連の治安政 策を指し、豊臣政権は平和令を政策基調として天下統一を達成したとの見解を とる。

豊臣秀吉の「奥州仕置」にともなって、奥羽では検地が実施され、諸大名家 の石高が確定し、それを基準にして軍役が課され、各大名は豊臣政権に組み込 まれていった。 会津における伊達氏の支配が否定され、代わって会津四郡を 与えられたのが蒲生氏郷である。 氏郷は文禄元(1592)年に黒川城とその城 下町の本格的建設を行なって黒川を若松と改め、近江から木地師や塗師を招く など産業の振興に意を注ぎ、会津塗の基礎が形成された。 氏郷の死後、越後 から上杉景勝が入ったが、関ヶ原の戦い後、米沢に移封された。 その後、蒲 生、加藤などの大名が続き、やがて保科正之が藩主となって藩の体制を整えて から、保科氏の支配が続き、元禄9(1696)年から保科の姓が松平姓に改めら れ、明治維新まで続くことになる。

芳賀徹さんが『文明としての徳川日本』(筑摩書房)(<等々力短信 第1100 号 2017.10.25.>参照)で描いた265年にわたる「徳川の平和」の、反面教師 や礎として、天下布武の織田信長や、そして、この豊臣秀吉の「惣無事令」が あったことを知ったのだった。

柳家さん若の「水屋の富」2017/12/02 07:18

 29日は暖かい日で、第593回の落語研究会だった。

「水屋の富」    柳家 さん若

「紋三郎稲荷」   柳家 小せん

「らくだ」     古今亭 菊之丞

      仲入

「持参金」     瀧川 鯉昇

「中村仲蔵」    柳家 花緑

 さん若、落語研究会は二度目(去年2月「鈴ヶ森」)、声をかけて頂けるのが 有難い。 今後も呼んでもらえるように修業するので、お聞き流し程度で、と。  江戸は水が貴重だった。 海水が滲みていて、下町は塩水だったから、神田上 水、玉川上水で水道を引いた。 「水屋ーーーッ、水、冷やっこい、冷やっこ い」と言って、売って歩いたかどうかは、分からない(朝ドラ『わろてんか』 にひっかけたんだろう)。 水屋の清兵衛さん、町々の時計となれや小商人、子 供に飲ませるとか、病気の婆さんが飲むという隣町の親父、糊屋の婆さん、待 っている人には命の綱だ、年を取ったので辞めたいけれど、譲る人がいない。  湯島天神の富を買った。

 甲高い声で小僧が、おん富一番…、鶴の、五千、七百、三十ーーーッ…。 (一 人の男)(鶴の、)鶴の、(五千、)五千、(七百、)七百、(三十、)三十、七番だ ろ。 一番! 何だ、と桜吹雪で、いなくなる。 清兵衛がやってきた。 私 のは、鶴の、五千、七百、三十一番。 三番富は、亀。 二番富は、松か。 一 番富は鶴だ、鶴の五千、七百、三十一番。 私が、鶴の、五千、七百、三十一 番、当らないねえ。 一番富は、鶴の五千、七百、三十一番。 私が、鶴の、 五千、七百、三十一番、ちょっとの違いだ。 同じじゃなきゃいけないの、鶴 の、五千、七百、三十一番、(懐に仕舞おうとして)ハハハハハ、懐がない! 懐 がない! タッタッタッタッ! 立ったって言って、座ってちゃあしょうがな いよ。 ハーーハーーハーー! 腰が抜けたんだ。 おい、みんな、この人一 番富当ったんだってよ。 運んでってやろう、ワッショイ、ワッショイ、ワッ ショイ! 係の人ですか。 札をお渡し下さい。(渡すのをためらう) 大丈夫 ですよ。 鶴の五千、七百、三十一番、間違いございません。 下さい、下さ い! 差し上げます、今ならお立替料を引いて八百両、三ヶ月待てば千両にな りますが。 今、下さい、財布あります。 八百両は、入らない。 じゃあ、 と着物を脱いで、モモヒキを袋状にした。 頭いいな、今までお足が入ってい た。 八百両あれば、何でも出来る、水屋なんてやってなくていい。

 家に帰って、どこに隠そう、押入れの、行李がいい。 行李の着物の下。 ひ ょっとすると泥棒が、押入れの、行李の、着物の下を見つけるかもしれない。  神棚がいい、湯島天神の立派な神棚だ。 泥棒が入って、立派な神棚だなあ、 すぐ見つかっちゃう。 水がめだ。 泥棒が、押入れ、行李、着物の下、神棚、 水がめと見回して、喉が渇いたな、水を飲もうって、バレちゃう、バレちゃう。  どうする、縁の下だ、畳を上げ、床板はがし、根太に五寸釘を打って下げよう。  ときどき竹竿で、さわればいい。 これでいい。 湯へ行って、ちびりちびり やる。

 トロトロッとしたら、「おい、金出せ」と泥棒。 金なんて、ねえや。 湯島 から子分に付けさせたんだ。 覚悟しろ! ドスで胸を刺された。 なんだ、 夢か。 また、トロトロッとすると、今度は首を刀で斬られて、スッポンと飛 んだ。 また夢だ、寝ちゃあいられない、仕事に行って来よう。

 長屋の入口に、見慣れねえ奴がいる、目をそらしたぞ。 見慣れねえ女がい る。 見慣れねえ豆腐屋だ、見慣れねえ犬だな。 八百両、八百両…。  いけねえ、遅くなっちゃったよ。 清さん、子供が日干しになっちゃうよ。  茶を飲むのが楽しみなのに。 あちらで叱られ、こちらで叱られる。 竹竿で 縁の下を確かめ、湯へ行って、寝る。

 泥棒が入って、ドスで刺され、首がスッポン、また夢だ、寝ちゃあいられね え、仕事に行って来よう。 八百両、八百両…。 水屋さん、何時だと思って んの。 あちらで叱られ、こちらで叱られる。 竹竿で縁の下を確かめ、湯へ 行って、寝る。  グーーッと寝こんでしまう。 トントン、清兵衛さん、俺だよ、六だよ。 お 前さん、何も聞いてねえか。 店立てだ、大家が小豆相場で穴あけて、長屋を 売ることになって、今日で出ていかなきゃあならねえ、清兵衛さん、この長屋 を買い取ってくれよ。 そんな金はないよ。 湯島で八百両当たったのがある じゃないか。 おばあさんが、この年で野垂れ死にするしかない。 みんなで、 清さん、清さん! おっちゃん、おっちゃん! なんだ、夢か。 寝ちゃあい られねえよ、仕事に行ってこ。 竹竿で縁の下を確かめて、出かける。

何だ、あの水屋の野郎、何やってんだ、あいつ。 向かいに住む、遊び人の 徳。 畳を上げ、床板はがすと、根太にぶら下がっているものがある。 金だ、 ありがてえ、堪忍してくれ、と、逃げて行く。

清兵衛さんが帰って、竹竿でスーーッ、あれ、アッ、俺の八百両がねえ、ち きしょう、八百両がねえ。 ウエーーーッ……、エヘヘヘ、今夜は、よく寝ら れらあ。

 さん若、このやりきれない暗くなりがちな噺を、リフレインを効かせ、明る く演じて、なかなかの出来だった。

柳家小せんの「紋三郎稲荷」2017/12/03 07:12

 小せんは黒い着物に濃紺の羽織、長身で首が長い。 ほんのしばらくの間な ので、のんびりと聴いてくれ、と。 昔は、狐、狸が化かす話がよくあった。  明りが暗かったからだろう。 狐と狸、どちらが化かすのが上手いか。 「狐 七化け、狸は八化け」というけれど、狸御殿、狐宮殿と言うから、九対五で狐 の勝ち。 どこか抜けているのが狸、店の前に信楽焼の狸が立っている。 客 商売で、「他を抜く」という縁起をかつぐともいうが、右手に徳利、左手に大福 帳、それにもう一つ、ぶらさげているものがある。 居酒屋の大将にワケを聞 いたら、「うちは前金でお願いします。」 狐の方が、たちの悪い感じがある。  顔のついているシルバーフォックスの襟巻をしているご婦人がいる。 あれは 策略で、見比べて、器量が良く見えるという。 あの狐を産んだのかという顔 もある。

 狐は、稲荷神社のお使い姫だといって大事にされる。 京都の伏見稲荷、三 州豊川稲荷、佐賀の祐徳稲荷、江戸の王子稲荷など。 王子稲荷には、お狐様 の穴がある。 北は常陸の笠間にある紋三郎稲荷、牧野越中守のご家中、山崎 兵馬兼良という侍が江戸へ向う。 病み上がりで、割り羽織に狐の胴服のシッ ポもついているのを着込んでいる。 取手(とって、今はとりでと言う)の渡 しを渡ったところで、駕籠屋、松戸までいかほどだ。 八百で。 酒手ぐるみ、 一貫文でどうだ。 どうぞ、お乗りを。 いい心持になって、眠くなる、うと うとする。

 おい相棒、おかしくねえか。 近頃の客は値切るのに、千出すってんだぞ、 話がうま過ぎる。 お狐様でも乗っけたんじゃねえか、シッポが出ているんだ。  これを聞いた平馬、面白い、化かしてやろうと、シッポを動かす。 おい、駕 籠屋、今どのへんだ。 牧野原で。 ワシは笠間から参った。 牧野様のご家 中の方で? 牧野の家来ではない、江戸の王子に参る。 エッ、それでは旦那 様は、ことによると紋三郎様の、ご、ご眷族の方ですか、障りのないように願 います。 犬がいるな。 先の立て場で大きな犬が、三匹生みました。 その 次の立て場までやれ。 立て場の休憩所に着くと、兵馬は稲荷寿司ばかりパク パクやってる。 お前達も食せ、牡丹餅はどうだ。 けっこうです、馬の糞に なったらいけませんで。

 松戸はどこへ。 旅籠に泊まろう。 本陣が紋三郎様ご信仰ですので。 そ こへ頼む。 一貫文でいいな。 明日、木の葉に変ったりしませんよね。 そ れは野狐のいたずらだ。

 旦那に急いでお耳に入れたいことがあります。 今、上がられたのは紋三郎 様のお使いの方です。 間違いないな。 ご祝儀に、草鞋銭だ。 主は紋付羽 織袴姿に着替えて、当家の主、高橋清左衛門でございます、紋三郎様をご信仰 しておりまして、庭に祀った祠にはご夫婦のお狐様がお住まいで。 駕籠屋が 何か言ったな。 庭から知らせがあったか。 何を聞いても、コンコンと申し ます。 おこわ、油揚げをお出ししますか。 それは初心の者の好むものだ、 何かないか。 当松戸はナマズが名産でして。 ナマズ鍋、鰻、泥鰌、鯉こく などがよい、お神酒もだ。 主自ら酌に上がる。 よい酒だ、肴も結構。 そ う見るな、この間酒の席で、豊川と王子が喧嘩してな、伏見と私で止めに入っ た。 大御馳走を食べていると、座敷の外がザワザワしてくる。 近郷近在の 者たちが、拝みたいと申しておりますが。 隣から拝むのを許す、賽銭なども 受ける。 兵馬、拾っては、袂に入れる。 明朝は、早立ちになる。 立つと ころは、人目にふれたくない。 見送りはしないように、覗くと目がつぶれる。

 いたずらが過ぎた、主君の名にも傷がつく。 夜の明けぬ内に旅仕度をして、 庭の祠を片手で拝み、逃げ出した。 二匹の狐が、ハァ、人間は化かすのが、 うめーや。

古今亭菊之丞の「らくだ」前半2017/12/04 07:11

 この商売やって、25、6年になります。 前座の時、お茶を出すのも大変で、 師匠方にいろいろお好みがある。 お一人に三回出す、コーヒーとか、アメリ カンという人もいるし、お茶、白湯、水のみ、という方もいる。 橘家圓蔵師 匠は出さなくていい。 自分が前座の時、ゴミを入れてたから…。 噺家にな って、焼肉を初めて食べた、家で鉄板焼きはやっていたけれど、カルビ、タン 塩なんてのは、真打披露の打ち上げで初めて。 ふぐ、兄弟子の真打披露で初 めて、煮凝り、ふぐ刺し、焼きふぐ、鍋、雑炊。 真打披露、借金してご馳走 するのは、悪しき習慣。 ふぐを関西では鉄砲、テッチリ、テッサなどと言う。  銚子の方では「富」と言う。 なかなか当(中)たらないけれど、たまに当(中) たる。 島原ではトラふぐを「ガンバ」と言う、ガンバコ(棺桶)を横に置い ても食いたいほど美味いが、城主が禁じた。 島原は、隠れてやるのが上手い。  私鉄沿線の先の方で、安普請の店に連れていかれた。 こういう店は、安くて、 中たらないんだ、と。 カワハギだった、似ているけれど、ふぐじゃない。 新 真打の打ち上げで、ふぐ刺しをご馳走になる。 25年も経つと、5、6枚一気 にやっている。

 あるお長屋に、本名馬太郎、あだ名が「らくだ」という男がいた。 目の寄 るところに玉、同じ輩(やから)が来て、らくだ、いねえのか、何だ、こんな 所に転がってやんな、昨日大きなふぐ下げてたが、中たったんだ。 弔いの真 似事でもしなけりゃあ。 「くずーーい!」 おい、こっちへ入れ。 らくだ さんは? そこに転がってるよ。 死んじゃったんですか。 俺は、らくだの 兄弟分だ、年はこいつの方が上だが、兄ィ、兄ィって呼ばれてな。 何か、も ってけ。 ここのうちには、いただくものがない。 土瓶は針金で鉢巻してい る、取るとぐずぐずになる。 どれもいっぺんは買わされている、自分の物の ような物ばかり。 裸で申し訳ないが、線香の一本でも、これで手向けてやっ てください。 おためごかしの親切心か、月番のところへ行って来てくれ。 下 駄の歯入屋さんで。 長屋には祝儀不祝儀の付き合いがあるだろう、香典をま とめて届けてもらいたい、と。 ザルと秤(はかり)置いてけ。

 こんちは。 なんだ、屑屋さん。 らくださんが死んじゃった、ふぐに中た って。 そうか、ふぐもよく中たってくれた。 祝儀不祝儀の催促に行くと、 首を絞めたりするんだ。 それが兄弟分という顔中傷だらけの人がいて、弔い の真似事をするから、香典をまとめて届けてもらいたい、と言ってます。 ら くださんに輪をかけたような、すごい人ですよ。 回ってみるよ。

 行って来ました。 もう一軒行って来い、大家のところだ。 大家と言えば 親も同然、お越しいただかなくて結構だが、子供に飲ませると思って、いい酒 を三升、芋に半ぺん、こんにゃく、塩を利かせて煮てどんぶりに二杯、届けて もらいたい。 出せないってぬかしたら、死人をかつぎこんで、カンカンノウ 踊りをご覧に入れますって、言って来い。 屑屋、俺はやさしく言っているん だぞ。

 ごめん下さい。 なんだ、屑屋さん、来たばかりじゃないか。 らくださん …。 ダーーッ、帰えんな、らくだのことは名前も出すな。 死んじゃったん ですよ、ふぐ食って、ふぐ死んだ。 ウフフフフ、イヒヒヒヒ、ハッハッハ、 よく知らせてくれたな、横丁のヘッポコ占い師が、近くお長屋にいいことがあ るだろうって言っていたが、それだったか。 婆さん喜べ、らくだがくたばっ たってよ。

 らくださんの兄弟分という人がいて、弔いの真似事をするから、その方が言 うのには、大家と言えば親も同然、お越しいただかなくて結構だが、子供に飲 ませると思って、いい酒を三升、芋に半ぺん、こんにゃく、塩を利かせて煮て どんぶりに二杯、届けてもらいたい。 お前、らくだは越してきて三年、一回 も店賃を入れたことがない。 こないだ、店賃を払うか、出ていくかどちらか にしろと言ったら、どちらもできねえってぬかす。 じゃあ、払うまで動かな いって言ったら、本当に動かないなって、薪ざっぽうを持ち出した。 慌てて 逃げ出して、買ったばかりの下駄を置いてきた。 翌日、らくだがその下駄を 履いて、家の前を通って湯に行きやがった。

 出せないってぬかしたら…、おっしゃったら、死人をかつぎこんで、カンカ ンノウ踊りをご覧に入れますって、言ってますが。 面白い、死人のカンカン ノウ、踊らしてもらおうじゃないか、そんなこけおどしは効かねえや、俺も因 業大家で通っているんだ。

 何、三年、一回も店賃を入れたことがねえ、当り前だ。 三年分の店賃は棒 引きだ、向こう向け。 アッ、冷たい、あんた何をするんです。 本当に踊ら せるんですか。 しっかり、おぶえ。 らくださんの顔、向こうに向けて下さ い。 死骸を、そこへ立てかけろ。 お前、カンカンノウを歌え。 歌わねえ か。 ♪カンカンノー、キュウライス! わかった、わかった、持ってくよ。  婆さん、塩を撒け。 屑屋は、馬鹿だなあ。

古今亭菊之丞の「らくだ」後半2017/12/05 07:22

 それでは、ザルと秤を、商いに行かないと釜の蓋が開かないんで。 もう一 軒、行って来い、ガンバコがない、表の八百屋で菜漬けの樽をもらってこい、 四の五の言ったら…。 カンカンノウを踊らせるんで。 なんだい、屑屋さん。  らくださんが、死んだんです。 よかったな、みんな喜んでるだろう。 兄弟 分ていう、すごい人が来て、私だけ泣いてんです。 その人が、菜漬けの樽を もらってこいって。 親戚か、とんでもねえ、らくだは、店の前を通ると、沢 庵でもなんでも持ってちゃうんだよ、首絞めて。 駄目だよ、菜漬けの樽は商 売物だ。 じゃあ、貸していただけますか、空いたら返しますから。 冗談じ ゃない。 お座敷が増えて困っちゃう、死人にカンカンノウを踊らせるって。  見てえな。 まさかと思うでしょ、大家さんは腰を抜かした。 裏の樽、持っ てけ。 縄も下さい。 持ってけ。 天秤棒も。 天秤棒は駄目だ。 カンカ ンノウ。 持ってけ。

 菜漬けの樽、もらって来ました、縄に天秤棒も、樽は井戸端で水張ってあり ます。 月番が香典、婆アが酒と煮しめを届けて来た。 お清めだ、一杯やれ。  一杯だけ。 いっぱいになっちゃった。 フッ、ザルと秤を。 もう一杯飲め、 飲めよ。 優しく言ってるんだぜ。 (押さえつけて注ぐ)いっぱいになっち ゃった。 商いに行かれない。 駆けつけ三杯だ。 いや、もうちょっと、入 ります。 えーーっ、いいお酒ですね、本当に大家さんが持ってきたんですか。  家では、かみさんが早く死んじゃって、お袋と子供なんですが、小さい子供が お酌をしてくれる。 半ぺんを、うまく煮やがったな。 だけどねえ、あなた 偉いよ、一文無しでこれだけの支度しちゃうんだからね。 らくだの野郎、人 様にさんざん迷惑かけてね。 ある時、汚たねえ野良ネコを抱いてやがった。  明くる日、屑屋、猫の毛皮買えってんだ、食っちゃったんだね、驚いちゃった。  何度、張り倒してやろうと思ったか、何度、ぶっ殺してやろうと思ったか。 お い、何ボサッと見てるんだ、注げよ。 もう、腰をあげちゃあどうだ、釜の蓋 が開かないんだろう。 注げよ、注げ、優しく言ってるんだぜ。 誰が稼いだ 酒なんだ、ケツを上げんだよ、手前のケツじゃない、徳利のケツだ。 酒がな くなったら、大家の所へ行って来い。

 湯潅の真似をしてやるか。 頭、坊主にしてやるんだ。 剃刀なんか、いら ねえ。 チョイ、チョイ(と、毛を引き抜く)。 抜くな、やめろよ。 痛かね えってよ。 もう、そのへんでいいんじゃないか。 菜漬けの樽に、入れるか。  頭が出てんじゃないか、死んでも迷惑かけやがって、ギュッと押し込めばいい んだ。

 何から何まで、すまねえな、なあ、兄ィよ、頼みがある、らくだの寺がない んだよ。 うん、友達が落合の焼き場、火屋(ひや)の隠坊をやってる。 二 人でかついで行こう。 ドッコイサノサ! 知らんふりしやがって、弔えだ、 弔えだ! ドッコイサノサ! 高田馬場のあたりを過ぎて、落合の火屋へ向か う道が、泥だらけで転ぶ。 すっかり軽くなったな。 開けろ、酔っ払いの隠 坊! 屑屋の久さんじゃないか、お前も一杯やるか。 貧乏長屋の弔いだ。 焼 場の切手はない。 内緒で焼いてくれ、吉原の割り前で。 樽ん中、からっぽ だぞ。 さっき、ひっくり返った時、落っことしちゃったんだ、拾いに行こう。

 願人坊主が酔っ払って地びたで寝ているのを、あった、あった。 あっ、苦 しいよう。 死んでるのに、うるせえよ。 拾ってきたよ、どんどん焼いてく れ。 樽ごと放り込んで、アツ、アツ、アッチッチ! 生き返りやがった、頭 つぶしときゃあよかった。 なんてことをしやがるんだ、ここは、一体どこだ。  ここは、日本一の火屋だ。 なに、ひやだ? 冷酒(ひや)でもいいから、も う一杯くれ。