柳家小はぜの「富士詣り」2019/06/01 07:19

 5月29日は第611回、令和初の落語研究会だった。

「富士詣り」    柳家 小はぜ

「やかんなめ」   春風亭 三朝

「樟脳玉」     柳家 小満ん

       仲入

「四段目」     林家 正蔵

「甲府い」     三遊亭 歌武蔵

 頭をつるつるにした柳家小はぜ、少し前まで座布団の返しをやっていた。 神 信心で富士に登る、講をつくり先達に従って…。 四、五合目で、ちょいと「へ んだつ」さん、もう駄目、一休みしよう。 一気に登りつめるんだ。 足が棒 になった。 その棒を杖に登れ。 もう駄目だ。 掛け声をかけて、登るとい い、「ホ、ホ、ホ、六根清浄!」 「ホー、ホー、ホー、ローーコン、ショーー、 ジョーー」 そんな、破けたような声じゃダメだ、手水にするか。 今日は天 気が良くて結構でしたね。

 ところが暗くなって、風が出て来た。 「お幕が下りた」というんだ。 寄 席のお仲入りみたいなものですか。 山の神が怒っているんだ。 山の神は、 どこでも、やだね。 五戒を破った奴がいるんだ。 殺生戒、偸盗戒、妄語戒、 邪淫戒、飲酒(おんじゅ)戒。 忘年会、新年会。 偸盗戒は泥棒、邪淫戒は 間男だ。 破るとどうなります? 天狗に八つ裂きにされる。 こうして登っ ていると、一人だけいなくなる。 ギャーッという声がして、見上げると、杉 の梢にぶら下がっているんだ。

 偸盗戒、人の物を紙きれ一枚でも盗んだらいけない。 お前、泣いているな、 懺悔しろ。 町内の湯屋、あっしの下駄は汚くて地べたに鼻緒をすげたような 下駄で、隣の下駄は柾の通ったいい下駄、それは駄目だと思うのに足が言うこ とを聞かない、ゲタゲタ歩き出したんで、そのまま帰って来た。 八公も何か やった顔だな。 ずいぶん前、町内の炭屋でタドンを五つばかり借りて来た。  借りたんならいいじゃないか。 誰もいないから、黙って持って来た。 あと で払ったんだろ。 払ってない。 やっぱり、泥棒だ。

 岩の陰で震えているのは誰だ、熊公か。 どうも先達さん、ご勘弁頂きたい。  何をやった? ごめんちゃいね、邪淫戒。 間男したのか。 町内の湯屋で。  町内の湯屋が流行るな。 俺が男湯を出たら、女湯から出て来たのが町内のお かみさんで、いい女、ずーーと前から好き、愛してるんです。 あら、熊さん じゃないの、あら熊さん。 立ち話をして、お宅まで送りましょう、となった。  その家まで行くと、家の人は今日、遅くなるって言ってたから、上がってお茶 一杯どう。 上がったのが、間違いの元で、一本つけるからと、つまみもこし らえてくれて。 ぐっと飲んで、おかみさんも一つ。 美味しそうに飲んで、 差しつ差されつ、二人で五ん合もやって、すっかり酔っ払っちゃって。 おか みさんは桜色、色っぽい、着物の裾が乱れて、膝小僧が出ていた。 それは駄 目だと思うのに手が言うことを聞かない、ちょいちょいとつねった。 そうい うことをしちゃいけないよ。 おかみさんも、熊さん冗談およしなさいと、あ っしの手をつねって、冗談ポックリコ。 どこのかみさんだい? 先達さん、 お前さんのかみさんで。

 先達さん、こっちへ来てくれ、辰の野郎がぶっ倒れた、青白くなって。 山 に酔ったんだ。 酔いもするだろうよ、ちょうどここらが五合目だ。

春風亭三朝の「やかんなめ」前半2019/06/02 08:16

 三朝(さんちょう)は前名朝也、一朝の弟子で、オデコが広く、髪の毛が三 角にとんがっている。 昭和生れ、平成の終りに誕生日を迎え40になった、 前座に話したら、ものを知らない、還暦ですかと言う。 違うよ。 アラフォ ー? ジャストだ。 不惑だよ。 新しい元号、決まったんですか。

 で、初めて人間ドックへ行った。 人間ドック専門病院、貼り紙がしてある、 「芸能人がいっぱい来ます」。 検査着に着替える、ホテルのパジャマのような ものでなく、ジャージの上下。 電光掲示板のようなものを首からぶら下げる。  三浦さん、私は本名が三浦、問診と、次は視力検査です。 視力検査、顕微鏡 のようなものを覗く。 視力はどのくらいありますか? それを測るんでしょ。  眼鏡をしてるから、0.3くらいかな。 眼鏡外して下さい。 何にも見えない んで、ハンドルを倒すのを、勘でやった。 それから聴力検査。 耳はいいん ですね、と。 胃の検査。 発泡剤を飲んで、バリウムを飲む。 胃が縮んで ますんで、もう一度発泡剤を。 右を向いて、行き過ぎたんで戻ります、戻り 過ぎ。 初めてなんで、すみません。 私も、初めてなんですよ。 検査結果 が楽しみで。

 今は一病息災といわれる時代ですが、昔は四百四病といった。 何にでも葛 根湯を処方する葛根湯医者の小咄をやり、「合薬(あいぐすり)」という民間療 法があって、フグの毒に中った時に泥の中に埋めるのが有名だ、と展開。 男 の疝気と女の癪(しゃく)というのがあって、山田五十鈴と長谷川一夫が似合 いそう。 癪の合薬には、マムシ指という太い親指で押すのと、男のフンドシ できりりと絞るのが効く。

 お内儀さんが女中を二人連れ、向島へ梅見に出かけた。 広い野っ原、春先 のことで、とても心持がいい。 すると蛇が目の前を、ニョロニョロと横切っ た。 とたんにお内儀さん、癪にさされて倒れ込む。 お花さん、やかんがな いかしら、困ったわね。 そこへ、あちらから四十五、六の立派なお武家が、 主従仲良さそうに何か話しながらやって来た。 お武家様のおつむりがつるり としてやかんに似ている。 くやしいわねえ、あれがやかんなら、お内儀さん、 しっかりして。 失礼な奴、手討にしてと言われたら、その時はその時、お願 いしてみましょうか。

春風亭三朝の「やかんなめ」後半2019/06/03 06:54

 お願いがございます。 可内(べくない)、待て、婦人が頼みがあると申して おる。 お助け下さい。 顔の色が変っているな、仇に巡り会ったか、拙者は 神道無念一刀流免許皆伝だ。 お内儀さんが、癪を起しまして。 それなら印 籠に薬がある 。 お内儀さんの癪には薬は効きません、たった一つ効く合薬 がございます。 マムシ指であろう。 違うのか、では下帯であろう。 人助 けでは仕方がない(と、腹の辺りを探って)、うそうそ、しまった越中であった。  可内、その方はどうじゃ。 六尺で、並より五寸ほど長い。

 実は、やかんをなめるという合薬でございまして。 お許しくださいませ、 手前どもの銅(あか)のやかんと、旦那様のおつむりが瓜二つでございまして、 ぜひとも主人になめさせてあげて下さい。 可内、笑うな。 勘弁ならぬ、無 礼討ちじゃ、そこにならえ。 二つに一つとお願いをいたしました、お好きな ように、なさって下さい。 可内、笑うな。 お前は泣くな、身共が泣きたい。  可内、笑うのは止めろ、同じ奉公人でありながら…、この女、命をかけてもと 主人を思う心を持っておる。 あい、わかった、耐え難きを耐え、忍び難きを 忍んで、少しなら許す。

 お内儀さん、やかんがお見えになりました。 待て待て。 可内、笑うな、 肩が揺れておるぞ。 ベーロベロベロ、ベーロベロ。 抱え込むな、そこは耳 だ。

 お内儀さん、お気が付きになりましたか。 アァ、みんないたのか。 こち らのお武家様のおつむりをなめさせて頂いて、癪が通じたのでございます。 苦 しさゆえ、知らぬこととは言いながら、申し訳ないことでございます、平にご 容赦下さいませ。 本当に治ったのか、これから外出の折には、やかんを持参 せよ。 先々の沿道の者が迷惑をする。 重ねてお願いでございます、お屋敷 をお教え下さいませ。 たびたび、なめに来るのか。 いいえ、お礼を。 行 け、行け。 今後、往来で出くわすことがあっても、その方とワシは他人であ るぞ、会釈などするな。

 可内、まだ笑っておるのか、行くぞ。 表に「癪の合薬、ひとなめ百文」の 看板をお出しになったら、いかがですか。 (頭に手をやり)このあたりがベ タベタだ、ヒリヒリする、可内、ここを見てくれ。 旦那さま、歯型が二枚つ いております。 傷の具合はどうじゃ。 心配めさるな、まだ洩るほどではご ざいません。

柳家小満んの「樟脳玉」前半2019/06/04 07:15

 こん日、長太郎玉というのはありませんが、樟脳の粉をまるめたもので、火 を点けて手の上を転がして遊んだ。 樟脳を粉末で売っていて、桜紙に包んで 雛人形や箪笥の中に入れたりした。 浮き人形、知盛が舟に乗ったのや、舟の 艫に樟脳を付けて走らせて遊ぶのもあった。 お芝居では、焼酎火といって、 アルコールの染みた布を使うが、その以前は樟脳火、樟脳玉を使った。

 兄貴、糊屋の婆さんに話を聞いて、銭儲けになりそうなんで、やって来た。  銭儲けには、五年、十年、腕磨くとか、一山当てるとか、丁稚から手代、番頭  と辛抱してやっと土台が出来るという必要がある。 鼻が利く、目が利く人な ら、大金を張り込んで、大きくする手もある。 金持に引き取られるというの もあるが、人間の信用が必要だ。 もう一つある、天下の御法に触れて危ない 橋を渡る。 それしかないか、渡ってみるか。

 後ろの障子を閉めろ。 天下の御法だ、引き窓を閉めろ、トンビや烏が聞い ているかもしれない。 まだ仏壇がね。 扉が壊れているから、風呂敷をかけ ろ。 猫がいる。 猫は絞りの浴衣を着て踊る。 シッ、シッ! 行っちゃっ たよ。 縁の下に入った。 まずいな、立ち聞きをしているかもしれない。

 源兵衛のかみさんが死んだのを、知ってるか。 源兵衛は、かみさん孝行で、 なんでもやるんだ。 朝、俺が源兵衛んとこへ行くと、朝飯の支度をしている 源兵衛が、お長屋の八っつあんが来てるよ、お前そろそろ起きたらどうだって、 言うんだ。 かみさんは立つ姿がいい、コロコロとうがいをすると、そのうが いの水を、あいつ、飲んでやんだよ。 それだけの惚れようなので、かみさん が死んだから大変なんだ。 朝晩、お題目を大声で唱えている。 隣近所が、 たまらない。

 源兵衛は、両親に早く死なれ、伯父伯母に引き取られた。 十三で山崎屋に 奉公したが、そこの十一のお嬢さん、お縫さんに気に入られる。 お縫さんは、 源兵衛を側に置いて、出かける時はお供をさせる。 お縫さんが十六.七、源兵 衛が十八.九になると、親が心配して、間違いがあっちゃあいけないからって、 源兵衛に暇を出すことにした。 伯父さんを呼んで、ついては些少だがと、店 の一軒も出せる金を出した。

 お縫さんが、源兵衛を呼ぶと、代りの者が来て、源兵衛はお暇が出ましたと いう。 それからお縫さん、返事もしない、飯も食わない。 朝三膳、昼二膳、 夜三膳、おやつに芋を食べていたのを、朝一膳、昼半膳、おやつも手を付けな い。 心配したのは婆やさん、心の内を知っているから、お嬢さんを伯父さん のところへ連れて行って、観音様に願をかけた。

 お縫さんの兄がいて、話が分かる。 父親に二人を一緒にさせてくれないか と頼み込んで、我儘勘当という体裁にした。 だから源兵衛のかみさんは、モ ノが違うんだ。 源兵衛も、お嬢さんを守っていりゃあいい。 源兵衛の仕え っぷりが、板についてたわけだ。 それが、死んだんだから、朝晩、お題目を 大声で唱えていても、当り前だ。

 それで銭儲けの問題だ。 お前に白羽の矢を立てた。

柳家小満んの「樟脳玉」後半2019/06/05 15:31

 それから銭儲けの問題だ。 お前に白羽の矢を立てた。 長太郎玉だ、火を 点けても熱くない。 こいつを使って、一芝居打つんだ。 今夜、長屋の屋根 に二人で登って、お題目の頃に、針金に糸をつけて、明り取りから下ろして、 振り回す。 スーーッと、引き上げて、明くる朝、お前が行って、悔やみを言 う。 朝晩、お題目を唱えていて、長屋の人も皆誉めている、おかみさんも極 楽往生したでしょう、と。 実はまだ極楽へ行っていないと言ったら、しめた ものだ。 ゆんべ、お縫の魂、火の玉が出た。 それは、何かに気が残ってい るんだ。 着物などは全部、お寺に納めたんでしょうな。 まだ、あります。  それに気が残っているんだ。 ご本山がいい、俺が明日仕事で甲州へ行くから、 それと気が残っているお金もあれば預かって、身延山に納めましょう、と言う。  着物と金をもらってきて、二つに分けよう。 お題目の刻限はお前がくわしい。

 こんばんは、兄貴。 わかったよ、一軒おいた手前から登るんだ。 手、出 せ。 源兵衛の引き窓だ。 下駄、足駄で登って来たのか。 火、点けな。 南 無妙法蓮華経! 南無妙法蓮華経!

お早うございます、源兵衛さん。 八っつあんですか、どうぞお上がりを。  ゆんべ、何かあったんですか。 今頃は十万億土とかに行っているとばかり思 っていたんですが、何かに気が残っていたんでしょうか、家内の魂が入って参 りました。 五万億土から友達を連れて来たんだ。 残っている物は、お寺に 納めたんですが、着物がまだある。 俺が明日仕事で甲州へ行くから、身延山 に納めてくるよ。 風呂敷持って来た。 ちょうど、お縫の紋は井筒、家は橘 で、井桁の中に橘で、お祖師様のお仕着せみたいになっている。 お祖師様も、 お喜びだろう。 思い出の品ばかりで。 この博多の帯は、観音様にお参りに 行った仲見世で、私がきれいな十六、七の女の子を見つめてた。 それをお縫 がとがめたんで、お前よりきれいな人はいないと信じていると、背中をさすっ た。 落した涙が一つ、博多の帯のしみになっている。 白薩摩も、涙の種で。  畳紙(たとう)のまんま、乗せて、細引きで結わえて、腰に乗っちゃえば、担 げますから。

 おーい、兄貴。 荷が多いから、上につかえている。 上出来だ。 金は?  金、言い忘れた。 お足は、足がつかねえ。 もう一晩やって、また行って来 い。 慣れているから、樟脳玉は…。

 お早うございます。 八っつあん、甲州は? 天気がいいから、眠くなるん で、明日。 ゆんべは? 出たんですよ。 他に、気の残るもの、お足はない か? お縫は、お金には執着がない、気が残ってない。 肝心なものが一つあ った、雛人形。 人形は、いいでしょう。 秀月のだとか言って、樟脳を入れ て、大事にしていました。 家内の気は、やっぱり人形でしたよ。 蓋を取っ たら、魂の匂いがしました。