『文明論之概略』成立事情2021/03/12 07:12

 第II部「国民国家形成の構想」第五章『文明論之概略』成立事情は、松沢弘陽さんが校注した岩波文庫『文明論之概略』(1995年)の解説に加筆修正したものである。 福澤諭吉の生涯最高の傑作であり近代日本の古典となった『文明論之概略』だが、その執筆の意図と成立過程を語る資料の存在状況は、興味深い対照を示している。 福澤自身が公けにのべた文章は実に少なく、他方、 執筆の着想から脱稿までの作業それ自体の産物は、現在豊かに残っている。 「文明論プラン」と題する自筆のメモ、草稿、執筆しながら読んだ英書の手沢本が揃っている。

それまでの「文明一節づゝの切売」であった「従前の著訳」(「福澤全集緒言」)でなく、プランから草稿まで、「当年は百事を止め読書勉強致候積り」「一年計り学問する積なり」(明治7(1874)年2月23日荘田平五郎宛書簡)というプロセスの中で、一方では小幡篤次郎はじめ慶應義塾の同志や旧藩以来の島津祐太郎などの知己と、議論したり、草稿についての意見を仰ぎ、他方では和漢洋の書物、とくに「原書」を読んでは書き、書いては読む作業を続けた。 手沢本が保存されているギゾー『ヨーロッパ文明史』、バックル『英国文明史』のほか、ミルの『経済学原理』、『自由論』『代議政治論』(この二書の手沢本は残念ながら残っていない)などを、福澤が読み抜き、ただ翻訳するだけでなく、「日本の事実」とつきあわせた上で、それらの書物の議論とくに日本とアジアについてのいくつかの重要な点で、はっきりと批判も加えている。

『文明論之概略』の主題は明瞭で、それが立体的に堅固に構成されているのは、それまでの日本の著作には稀なこの本の特徴である。 奥行の深さと豊かさを持っており、また文化の大きな転換の時期に生まれた独創的な書物にしばしば見られるユニークな思想が含まれている。 第一章早々の「議論の本位を定る事」から始まって「文明の太平」や「公智」などがそうである。

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