小三治の「青い鳥」2021/03/23 06:59

      小三治の「青い鳥」 <等々力短信 第816号 1998.8.15.>

 いつも8月15日には戦争のことを書いてきた。 8月10日は江國滋さん の一周忌、8月15日は江國さんが「大いなる繁栄ここに日本忌」と詠んだ日 本忌だ。 「日本忌」が大予言だったかもしれないと思わせる昨今の経済情勢 でもある。 けれど江國さんは、お友達だから、柳家小三治著『ま・く・ら』 の三番煎じを許して下さるだろう。

 日航機のスーパーシートで、親切なスチュワーデスに会い、父親のことまで 思い出させてくれた話に、一歩踏み込みと、その心は次のようになる。 小三 治は、二、三年前から、ひとの幸せって何だろう? 人間って何だろう? 自 分って何だろう? って、考えてきた、というのだ。 長い間、幸せって、も しかしたらいつか手にすることができる、大きなものだと思ってきた。 何と かして手に入れようと努力するなり何かすれば、いつか手に入るかもしれな い。 ところが、いつの間にか、そういうものはない、と思うようになった と、自分も年齢のせいで着地に入ったのかもしれないという、小三治は、いう のだ。 じゃ、幸せって一体何だろうかといえば、ちょっとした幸せ、ちょっ とうれしいこと、それを幸せっていうんじゃないかなって、このごろ思うとい うのである。 つまりスチュワーデスの親切は、幸せのかけらで、父親にまた めぐりあうことができたのは、中くらいの幸せだ。 毎日毎日のそうした幸せ のかけらを、数珠つなぎにして、それで大きな幸せになるのだろう、と。

 『ま・く・ら』のおわりに「『マイ・プレジャー』のススメ」という章があ って、最近は「サンキュー」の返事に「ユア・ウェルカム」というより、「マ イ・プレジャー」を使うという話がある。 ありがとうと言われて、「いえ、 あたしの楽しみですから」と言い返す。 小三治は、これに感動して、何とい い言葉ではないか、という。

 いつも元気で十日に一度、なんとなく作文が書けるというのも、125人か らの方にきれいな切手を貼って送れるというのも、そして読んでいただけると いうことは、みんな幸せのかけらであり、何にもまして「マイ・プレジャー」 なのである。

 ご入院中というT先生から、お葉書をいただいた。 「等々力短信」で、柳 家小三治の『ま・く・ら』を知り、奥様に講談社文庫を買ってきてもらって、 面白く読まれたという。 「等々力短信」がなければ、この本など生涯接しな かったでしょうね、とあった。 これなど、中の上くらいの幸せである。

(令和の脚注 : 1998年は平成10年。T先生とは、『福澤諭吉全集』を富田正 文先生とともに編纂なさった土橋俊一先生だった。)

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