天皇、海軍に鎮圧準備の「大海令」2021/05/05 07:11

 決起部隊の目的を支持すると約束した陸軍上層部。 天皇に「決起部隊に加わらない」と約束した海軍。 事件の裏で相反する密約が交わされる中、天皇は鎮圧に一歩踏み出していく。 海軍に鎮圧を準備するよう命じる三本の「大海令」を立て続けに発令した。 大分の沖合で演習していた第一艦隊全体が、直ちに東京を目指した。 鹿児島沖で訓練していた第二艦隊も、決起部隊の動きが全国に広がることを警戒し、大阪に急行した。 これまで陸軍の事件として語られてきた二・二六事件、実は、海軍が全面的に関わる内戦、東京での市街戦まで想定されていたのである。

 海軍は、東京を拠点とする陸軍の第一師団の動きを探り、その参謀長の決起支持の言葉を記録していた。 第一師団が決起部隊に合流したらどうなるのか、海軍は、陸軍と全面対決になることを警戒していた。

 2月27日午後2時、海軍軍令部に決起部隊から電話があり、「ものの分かる海軍将校一人」が決起部隊の拠点に来ることを求めた。 派遣されたのは、軍令部中堅幹部の岡田為次中佐、「君たちは初志の大部分を貫徹したるをもって、この辺にて打ち切られては如何」と、言った。 決起の趣旨を否定せず、相手の出方を見極めようとした。 このときすでに天皇の命令を受け、鎮圧の準備を進めていた海軍、その事実を伏せたまま、この後も決起部隊から情報を集めていく。 天皇の鎮圧方針に従う裏で、海軍は、決起部隊ともつながっていた。

 天皇は、事態の収束が進まないことにいらだち、陸軍上層部に鎮圧を急ぐよう求めていた。 午後9時、戒厳司令部に派遣されていた海軍軍令部員から重要な情報が飛び込んできた。 真崎甚三郎大将が、満州事変を首謀した石原莞爾大佐と会い、極秘工作に乗り出したという。 青年将校らの親友を、決起部隊に送り込み説得させよう、万一従わなければ、容赦なく切り捨てるというのだ。