小説の中で、作者池澤夏樹さんが誕生2021/11/04 06:57

 小説の中で、作者自身が誕生するのは、珍しいのではないか。 池澤夏樹さんの朝日新聞連載『また会う日まで』の10月28日の第439回、笠岡に赴任した秋吉利雄のところに、帯広にいる福永武彦から電報が届く。

 「ダンジタンジヤウ」ボシトモニケンカウ」ナツキトナヅク」タケヒコ」

 その後、武彦から手紙が来る。 「伯父上、伯母上、我が従兄妹(いとこ)たち、みなさま息災でいらっしゃいますか。/この七月七日、七夕の日に帯広協会病院で澄が無事に出産しました。男の子でした。母子ともに元気です。/夏樹と命名しました。/僕も澄も詩人ですから、名前はずいぶん考えました。/僕は女の子なら春菜と思っていたのですが、女の子ではないし春でもない。」

 池澤夏樹さんの誕生と福永姓でない事情は、池澤夏樹・池澤春菜著『ぜんぶ本の話』を読んで、<小人閑居日記 2021.1.31.>の「結城昌治、サナトリウム、実の父親は福永武彦だった」に書いた。 「原條あき子」の本名は山下澄。 9月末の『また会う日まで』、1944(昭和19)年の夏の終わり、武彦が許嫁の山下澄を連れて挨拶に来た。 武彦が前の年にアテネ・フランセでフランス語を教えていた時の生徒で、詩の才能がある。 日本女子大の英文科に籍があるが、勤労動員で日本赤十字社の外事課で英語の文書を作っている。

 『また会う日まで』の10月29日の第440回、武彦からの手紙には、妻にして母となった澄の詩「なつきへ」が同封されていた。

 ごらん なつき 空の向こう
 ぽつかり 浮かぶ 雲のお家
 眠りの朝 消えた 星へ
 風に 乗つて いつか 行こう

 ごらん 草の 葉つぱ 揺れて
 ひとり はねる 山羊の 子ども
 とんがり あたま まひる 鳩も
 白い 夢に 胸毛 とけて

 お聞き ね ほら 鐘が 鳴れば
 光り さやぐ ポプラ 並木
 蟬の うす翅 銀に 響き
 野萩 笑う 秋を 待てば

 夕べ 沈む 花輪に 暮れ
 なつき おまえの 日を 飾る
 愛の 天使 明日を 祈る
 みんな はやく 夜に かくれ

 日本語でも韻を踏んでいる。 行の終わりの母音を揃える。 最後の聯だと、「暮れ」と「かくれ」、「飾る」と「祈る」を重ねて響かせる。 と、武彦さんに聞いたと、秋吉利雄の妻ヨ子(よね)が言う。

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