国家のリスク対応、先送りのツケは国民に回る2022/03/05 07:12

 堀川恵子さんの『暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』がどんな本か、大佛次郎賞の選考委員5氏の選評から、分かることがある。

元朝日新聞主筆の船橋洋一さん、「開国以降、島国日本の安全保障の最も弱い環(わ)は船舶輸送であり続けた。明治の将軍は、寺内正毅も上原勇作もそれを痛いほど知っていた。しかし、昭和の将軍はこの死活的なロジスティクスを軽視し、机上の作戦に夢中になった。太平洋戦争では民間の船と船員を徴用してやりくりする船舶輸送が日本軍のアキレス腱となった。対米戦争となれば船舶と船員の高い損耗率は避けられない。その「不都合な真実」を認めると対米戦争ができなくなる、組織防衛上もそれは言えない、そうした卑怯な精神論と保身が軍上層部を支配した。/国家がリスクを正視せず、対応を先送りするとき、そのツケは国民に回る。福島原発事故やコロナ危機でもあぶり出された日本のロジスティクスの「失敗の本質」を、宇品という陸軍船舶司令部の歴史を蘇らせることで鮮やかに抉(えぐ)り出した。」

 法政大学前総長の田中優子さん、「アメリカの作戦は日露戦争の直後から、日本の海上封鎖を行なって資源を断つ兵糧攻めを基本とした。しかし兵糧攻めをしなくとも、日本の軍隊は兵站を軽視し、データを無視し、海上輸送力をあえて誤算して自滅していく。/藩閥や陸海軍の対立からくる国内の権力闘争こそがまずは「戦争する」ことを何より優先する姿勢をつくったのではないか。/改めて先の戦争の悲惨なありように考えを巡らせることができた。」

 ノンフィクション作家の後藤正治さん、「主舞台は、陸軍の輸送と兵站を担う宇品の船舶基地。「暁部隊」とも呼ばれた。明治から昭和の大戦まで、兵士たちはこの地から大陸へ、南方へと向かった。主人公格に二人の司令官が登場する。/一人は基地の近代化や中国戦線での上陸作戦に手腕を発揮するが、理系的な思考の持ち主で、この程度の船舶力で南進などできるわけがないと具申し、開戦前に「罷免」される。/もう一人は原爆投下時の司令官で、迅速に全部隊を動員、市内を走る河川を使っての救援活動を展開する。」

 作家の辻原登さん、「前半に田尻昌次中将、後半に佐伯文郎(ぶんろう)中将という二人の高潔な軍人を据え、彼らの勇気と英知と懊悩を、自叙伝、証言、日記から的確に再現する筆致に舌を巻く。船舶技師市原健蔵、船舶参謀篠原優(篠原は、小説の主人公のように節目節目に内面を吐露する)という脇役への配慮も見逃せない。/しかし、やはり人物より「宇品」というトポスだ。宇品とガダルカナルを結ぶ余りにも悲惨な時間と空間。」

 文芸評論家の斎藤美奈子さん、「堀川恵子さんには、エンターテインメント作家としての才能がじつはあるんじゃないかと思う。もちろん膨大な資料の探索と丹念な取材の裏付けがあっての話だけれども、どんな素材も見事に料理し、ドラマチックな物語に仕上げてしまう。/自前の船を持たず、民間のチャーター船で兵站を担っていたという恐るべき陸軍の実態。現場を知らない中枢部に苛立ちながらも従わざるを得ない船舶司令部。ことに田尻昌次と佐伯文郎、自身の判断と命令の板挟みになる二人の司令官の懊悩は良質な戦争映画を観るようだ。」

コメント

_ 深瀬 啓司 ― 2022/03/05 21:20

「暁の宇品」,凄い本のようですね。早速に楽天から発注しました。待ち遠しいです、良い本をご紹介下さって有り難う御座います。

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