ドリトル先生一行、気球でイギリスを飛び立つ2022/04/22 06:56

 ビーグル号より先にガラパゴス諸島に着くために、直線距離で行く必要から、ここ数年来ドリトル先生が研究してきた新しい乗り物『空を行く船』、エアーシップを使うプランが浮かぶ。 最初の本格的な気球の開発は、1783年、ジョゼフとジャック、モンゴルフィエ兄弟が熱気球をつくり、パリ郊外のヴェルサイユ宮殿の庭園で、フランス王ルイ16世と王妃マリー・アントワネットもご覧のところで、実験した。 アヒルとニワトリとヒツジを乗せて飛行、無事に地上に戻った。 最初に気球で飛んだのがアヒルと聞いて、ダブダブが喜んだ。 この気球には、航続距離が数キロしかない問題があり、燃料も沢山積めず火は危険でもあった。

 ドリトル先生とスタビンズくんは、気球に入れることのできる軽くて、爆発の危険のある水素よりも安全な気体がないか調べ始める。 頼りになるのは生き物たちがもたらしてくれる情報だ。 サフィという名のコウモリが、鍾乳洞の奥で崩落があり、その穴から上昇気流が噴き出したことを伝えた。 希ガスと呼ぶことにしたその不思議な気体を気球に詰めたエアーシップに乗って大西洋を越える、食料と水を積み込めばなんとかパナマまで行ける。 そこから船で太平洋を渡って、ビーグル号より先にガラパゴスに到着する。 そして危険をみんなに知らせて、なんとか対策を立てるんだ。

 スタビンズくんは、猫肉屋のマシュー・マグの力を借りて、大量の食料と、水を入れる革袋など、旅の準備を整えた。 パドルビーを出発したのは1831年12月、日が沈んでから密かに出かけ、明け方近く鍾乳洞に着いた。 用意した100メートルのホースでは足りず、コウモリのアイデアで、中が空洞になった石筍(せきじゅん)を粘土でつなぎ、パイプラインを敷いた。 気球に希ガスを送り込んで、膨らませる。

 乗員はドリトル先生、スタビンズくん、オウムのポリネシアの三名。 出発の準備を手伝ったジップとチーチーが見送り、夜の明けないうちに、飛び立つことができた。