「江之浦測候所」の考え方と日本文化の精髄2022/07/19 06:55

 7月18日に発信した<等々力短信 第1157号 2022(令和4).7.25.>杉本博司さんの「江之浦測候所」について、スペースの都合で書き足りなかったことがあった。

 杉本博司さんは、短信でもふれた、美しい自然が残る小田原の地、子供の頃に列車が眼鏡トンネルを抜けると、目の醒めるような水平線を持った大海原が広がっていた、自分の意識の原点、心の故郷、思い出の場所の近く、その景色を見渡せる丘の上に、「江之浦測候所」をつくった。 この土地が見つかって、建築物はアートに近いと思い始めた。 個人の記憶をさかのぼって、人類の記憶を探る。 心の発生、自意識はどう生まれたのか。 古代人たちは、海と雲、太陽の運行、春夏秋冬の一年がめぐっていく、外界を意識して、太陽信仰や古代の祭礼を行った。 「古代人が思い描いた生命のビジョンを、自身の思想をからめながら再現し、現代人が改めて感性を育み、人生の意味を考える場所」にしようとしている。 時間スケールを、千年前、一万年前で考えると、一万年経った時、「江之浦測候所」はどうなっているのか。 死に向かって、人類は原初に戻って行く、消えて行く、生命力がストックされているような場に戻っていくような気がする。

 杉本さんは、「江之浦測候所」から世界に向けて、日本文化の精髄を発信しようと企てている、と言う。 縄文時代以来連綿として受け継がれてきた日本文化の特質、それは人と自然が調和の内に生きる技術だ。 自然の内に八百万の神々を祀りながら、日本人は独特の文化を育んで来た。 今、自然破壊の限りを尽くさねば生き残れない、後期資本主義の過酷な世界の中で、いちばん求められているのが、その日本文化の技術なのだ、と杉本さんは言う。

 江之浦測候所の各建築物は、我が国の建築様式、及び工法の、各時代の特徴を取り入れて再現し、日本建築史を通観するものとして機能する、という。 現在では継承が困難になりつつある伝統工法をここに再現し、将来に伝える使命を、この建築群は有するのだそうだ。(施工・鹿島建設)

 建築群に使用される素材は、近隣で得られるものを中心にして、擁壁、造園には根府川石、小松石等を使い、造園の景石には、近隣の早川石丁場群跡から出土した江戸城石垣用の原石を使用する。 江之浦測候所の随所に、日本各地の古代から近代までの建築遺構から収集された貴重な考古遺産が配されている。