スコットランドでは無名だったヘンリー・ダイアー2022/08/01 07:11

 名古屋大学名誉教授の加藤詔士さんから、ロビン・ハンター著、加藤詔士・宮本学訳『ヘンリー・ダイアー物語 日本とスコットランドの懸け橋』(大学教育出版)をご恵贈いただいた。 加藤詔士さんとは、2016年の福沢諭吉協会の弘前旅行でどういう方かも存知上げずに知り合い、以来「等々力短信」を読んでいただいている。 ごく最近の一昨年になって、私がずっと関心を持っている、日本の上下水道の父、W・K・バルトンについてのご講演を、弘前でお会いする10年前の2006年5月13日、目黒の東京都庭園美術館の新館ホールの「W・K・バルトン生誕150年記念講演会」でお聴きしていたのに、うっかりしていたことが判ったりした。

 『ヘンリー・ダイアー物語』の著者ロビン・ハンターは、1938年生まれ、グラスゴー大学卒業、数学・天文学を専攻、天文科学研究で博士号を取得、同大学天文学科の講師等を経て、1967年よりストラスクライド大学に勤務、コンピューター科学の研究と教育にあたり、同大学理学部コンピューター科学上級専任講師を務め、2003年退職、この間ソフトウェア開発工程国際標準規格委員会等の委員として活躍した人だという。

 「まえがき」を、著者ロビン・ハンターの妹レズリー・ハートが、以下のように書いている。 ロビンとレズリーは、ヘンリー・ダイアーの妹ジャネットの曾孫にあたる。 兄と妹は子供のころ、母や大叔母(ヘンリー・ダイアーの姪)から、ヘンリー・ダイアーの話をいろいろ聞いてはいたが、歴史の本に彼の名はなく、1960年代のグラスゴーでは無名で、何年もの間、自分たちにとって「謎の人」だった。 そして、ロビンとレズリーが成人して、グラスゴーのストラスクライド大学に勤務していなかったら、謎のままだったかもしれない。 1980年代の卒業式では著名な卒業生に言及する伝統があり、驚いたことにヘンリー・ダイアーの名前が挙げられるのを耳にした。 そこでロビンは、一家の歴史に関心を持って調査にかかわり、ヘンリー・ダイアーについて自分たちの知らない数々の事実を明らかにするようになった。

 本書によってヘンリー・ダイアーの生涯と業績について、その全体像が浮かび上がることだろう。 学術の世界ならびに実業の世界で、彼の成し遂げた素晴らしい成果が描かれている。 彼はまさしく教育のパイオニアであり、またスコットランドと日本の結びつきを強力に推進した文化使節でもあった。 彼がスコットランドよりも日本での方がずっとよく知られていた事実を、自分たちは知ったのだった。