夏目漱石についての、拙稿一覧2022/08/15 06:46

夏目漱石についても、これまでいろいろ書いてきた。 「大正四年冬の虚子」に出て来た『道草』は、ブログ「轟亭の小人閑居日記」に漱石と養父・塩原昌之助のやっかいな経緯<小人閑居日記 2016.10.25.>を書いていた。 前月9月24日からNHK総合テレビが全4回で放送した土曜ドラマ『夏目漱石の妻』が、とてもよく出来ていて、面白かったので、ブログに下記を連続して書いていたのだった。
土曜ドラマ『夏目漱石の妻』<小人閑居日記 2016.10.22.>
中根鏡子(19)、夏目金之助(29)と結婚<小人閑居日記 2016.10.23.>
「貴様はオタンチン・パレオロガスだ」<小人閑居日記 2016.10.24.>
漱石と養父・塩原昌之助のやっかいな経緯<小人閑居日記 2016.10.25.>
パナマ帽の値段<小人閑居日記 2016.10.26.>
『文鳥』「昔し美しい女を知つて居た。」<小人閑居日記 2016.10.27.>
たった11年で、漱石はあれだけ書いた<小人閑居日記 2016.10.28.>

 それに続いて、「広尾短信」の頃も含め「等々力短信」に書いた漱石関連を再録した。
『漱石全集』『索引』/博士号を断わる<小人閑居日記 2016.10.29.>
(「『漱石全集』第十七巻『索引』」(「広尾短信」)第44号(1976(昭和51)年5月15日)、「博士号を断わった漱石の手紙」第223号(1981(昭和56)年7月25日))
ある時代の終り<小人閑居日記 2016.10.30.>
 (「ある時代の終り」第620号(1992(平成4)年11月25日))
子規・漱石と寄席<小人閑居日記 2016.10.31.>
 (「子規・漱石と寄席」第640号(1993(平成5)年6月25日))
漱石の句と落語<小人閑居日記 2016.11.1.>
 (「漱石の句と落語」第750号(1996(平成8)年9月25日))
漱石と諭吉<小人閑居日記 2016.11.2.>
 (「漱石と諭吉」第894号(2000(平成12)年11月5日))
松山と子規・漱石<小人閑居日記 2016.11.3.>
 (「松山と子規・漱石」第921号(2002(平成14)年11月25日))

  「等々力短信」には、その後、下記も書いた。
『岩波茂雄への手紙』第935号 (2004(平成16)年1月25日)
「道楽と職業」第977号 (2007(平成19)年7月25日)
「「文豪・夏目漱石」展」第981号(2007(平成19)年11月25日)
「『永日小品』を味わう」第985号(2008(平成20)年3月25日)
「漱石と虚子の「送籍」問題」第1025号(2011(平成23)年7月25日)
夏目漱石最後の恋 第1090号 2016(平成28)年12月25日
半藤一利さんの戦争と平和 第1139号 2021(令和3)年1月25日

  「轟亭の小人閑居日記」(上記の2016年分以外のもの)
「山田風太郎展」の鴎外宛漱石書簡<小人閑居日記 2002.5.21.>
鴎外と漱石<小人閑居日記 2002.5.25.>
鴎外宛漱石書簡、その後<小人閑居日記 2002.5.31.>
漱石の悩み、われわれの悩み<小人閑居日記 2002.6.11.>
漱石とオックスブリッジ<小人閑居日記 2002.6.16.>
大食らいの漱石<小人閑居日記 2005.1.7.>
悪妻ではなかった鏡子夫人<小人閑居日記 2005.1.8.>
B型ヒーロー<小人閑居日記 2006.11.23.>
小林信彦さんの『うらなり』<小人閑居日記 2006.11.28.>
小説『うらなり』を論ず<小人閑居日記 2006.11.29.>
「うらなり」のモデル・梅木忠朴<小人閑居日記 2006.12.7.>
梅木忠朴という人物<小人閑居日記 2006.12.8.>
梅木忠朴のその後<小人閑居日記 2006.12.9.>
「街鉄の技手」と東京市電<小人閑居日記 2006.12.10.>
漱石と福沢、そのマクラ<小人閑居日記 2007. 2.16.>
漱石と福沢、司馬遼太郎さんの推測<小人閑居日記 2007. 2.17.>
漱石と福沢、ある関係<小人閑居日記 2007. 2.18.>
福沢による「独立」した「人」<小人閑居日記 2007. 7.17.>
漱石による「独立」した「個人」<小人閑居日記 2007. 7.18.>
福沢も漱石も、個人の自主性を強く求めた<小人閑居日記 2007. 7.19.>
「福沢と漱石」あれこれ<小人閑居日記 2007. 7.20.>
夏目漱石と中村是公<小人閑居日記 2007. 10.26.>
如月小春さんの小説『子規からの手紙』<小人閑居日記 2011. 9. 14.>
漱石からの“返信”<小人閑居日記 2011. 9. 15.>
子規と漱石、シキとソーセキ<小人閑居日記 2011. 9. 16.>
漱石が『坊っちゃん』を書いた理由<小人閑居日記 2012. 3. 11.>
『坊っちゃん』の文明批評<小人閑居日記 2012. 3. 12.>
漱石は現代日本を書いた<小人閑居日記 2012. 3. 13.>
福沢と漱石の「苦と楽」<小人閑居日記 2012. 10. 14.>
夏目漱石の「語学養成法」<小人閑居日記 2013.10.14.>
英語で教育を受けた内村鑑三、新渡戸稲造、岡倉天心<小人閑居日記 2013.10.15.>
漱石の英語教育改善策<小人閑居日記 2013.10.16.>
漱石のゆかりの町から神楽坂へ<小人閑居日記 2014.10.28.>
「漱石『こころ』100年の秘密」読書会<小人閑居日記 2014.9.19.>
女たちの策略か?<小人閑居日記 2014.9.20.>
明治という時代の精神<小人閑居日記 2014.9.21.>
Kは誰? もう一つの三角関係?<小人閑居日記 2014.9.22.>
明治の精神の終焉と、乃木大将の殉死<小人閑居日記 2014.9.23.>
なぜ『こころ』という題名なのか<小人閑居日記 2014.9.24.>
大江健三郎さんの「時代の精神」<小人閑居日記 2014.9.25.>
漱石 その時代と言葉<小人閑居日記 2014.9.26.>
漱石の「徴兵忌避」談話<小人閑居日記 2014.9.27.>
漱石の『門』「父母未生以前本来の面目」<小人閑居日記 2015.9.15.>
マッサージの先生に漱石『猫』を読む<小人閑居日記 2016.4.24.>
マードック先生と夏目漱石<小人閑居日記 2016.12.10.>
漱石の博士号辞退と三文化人紙幣<小人閑居日記 2016.12.11.>
「博士問題とマードック先生と余」前半<小人閑居日記 2016.12.12.>
「博士問題とマードック先生と余」後半<小人閑居日記 2016.12.13.>
「マードック先生の日本歴史」<小人閑居日記 2016.12.14.>
平川祐弘著『漱石の師マードック先生』<小人閑居日記 2016.12.15.>
マードックの編集力と『アメリカ彦蔵自伝』<小人閑居日記 2016.12.16.>
親友マードックとバルトン、コナン・ドイル<小人閑居日記 2016.12.17.>
「漱石忌」と「冬田」の句会<小人閑居日記 2016.12.22.>
漱石乗車の特別急行と所要時間<小人閑居日記 2016.12.27.>
虚子と漱石の京都<小人閑居日記 2016.12.28.>
虚子と多佳女と茶屋遊び<小人閑居日記 2016.12.29.>
漱石も垂涎の「料理と酒」番組<小人閑居日記 2017.1.12.>
漱石没後百年、「軍国主義」と「個人の自由」<小人閑居日記 2017.2.22.>
『明暗』で浮き上がる「強制徴兵制」<小人閑居日記 2017.2.23.>
『吾輩は猫である』と日露戦争<小人閑居日記 2017.2.24.>
新聞記事の記憶を、連載小説で呼び覚ます<小人閑居日記 2017.2.25.>
小森陽一教授の「漱石と地政学」<小人閑居日記 2017.6.28.>
漱石の「坂と台地」「高低差で心理描写」<小人閑居日記 2018.10.20.>
福沢三八、グラスゴー大学で夏目漱石の問題を受験<小人閑居日記 2020.8.12.>
「グラスゴウ大学日本語試験委員・夏目漱石」<小人閑居日記 2020.8.13.>
漱石の初恋の人?と井上眼科病院<小人閑居日記 2021.11.20.>
『漱石研究年表』の井上眼科一件<小人閑居日記 2021.11.21.>
問題の、漱石の子規宛書簡<小人閑居日記 2021.11.22.>