「ただただ人が美しいと思うものを作りたい」2022/09/10 07:06

 『日曜美術館』「陶の山 辻村史朗」で、小野正嗣さんの、たった一人で何から何までやるのは、手間と時間を考えると効率が悪いのでは? という質問に、辻村さんは「効率的には実は良いんです」と答えた。 他所に頼めば、費用がかかるし、回数も先方の都合で制限される。 多い時には年に50回も陶器を焼いたという辻村さん、一人で作業すれば、火の加減や蓋を閉めたり、火を落としたりするタイミングも、全部自分で決められるところに、利点がある。 妻の三枝子さんは、「やりたいことに対して前のめり」で「つんのめっている状態」と言う。 次男で陶芸家の塊さんは、「普通の人じゃ理解できないくらいにせっかち」で、「すべてにおいて前しか見ていない」と。 辻村さんの器は、三枝子さんが優先的に手に入れることになっているそうで、料理が素敵な器に盛られていた。

 辻村史朗さんは、奈良の大自然の中で、日々物づくりと向き合っている。  師を持たず、ただただ今も昔も人が美しいと思うものを作りたい。 その一心で…。 『日曜美術館』では、土を捏ね、ロクロを回し、焼く以外に、キャンバスに絵を描くところ(粘土の粉のようなものを混ぜて)をやっていたが、(株)かみ屋のホームページには、どの書家よりも多くの墨と紙を使うとある。 墨をたっぷりと含んだ筆で、紙の上に描く。

 辻村さんが、ここ2年ほど最も心血を注いでいるのが志野焼の茶碗。 目指しているのは、三井記念美術館が所蔵する志野茶碗、銘「卯花墻」。 茶陶では二つしかない国宝の一つ(もう一つはサンリツ服部美術館所蔵の本阿弥光悦作の白楽茶碗、銘「不二山」)。 志野焼は安土桃山時代に美濃(今の岐阜)で作られた陶器。 焼いた時の縮みが少ない粘土で作った器に、白い長石釉を厚くかけて焼き、肌に細かい乾乳や小さな穴ができるのが特徴で、釉の少ない縁の部分などは火にあたって赤く発色する(火色)。

 辻村さんの作陶は、とにかく作って焼いてみるの繰返しだ。 「(工程よりも)結果が大事」で、「電子レンジで焼けて、それが魅力的なものだったらそれはそれでいい」と、常識にとらわれず新しい技法を試す発想で作り上げた茶碗について、「理屈じゃない、執念みたいなもので出来てしもうた」と。 この2年で4千個以上の志野の茶碗を焼いた。 良い茶碗は形がきれいなだけでなく、「撫でまわして、一時間でも見ていられるような魅力がある」と言う。 納得のいく志野茶碗が完成したのは、今年2022年5月のこと。 通常は一度しか焼かない志野焼を、同じくらいの温度で二度焼きしたところ、口縁にきれいな「火色」が現れたという。