「世の中、ついでに生きてる」<等々力短信 第1160号 2022(令和4).10.25.>2022/10/20 07:04

 「末枯(うらがれ)」が今月の『夏潮』渋谷句会の兼題にあり、<末枯や何かと傘寿鼻にかけ>と詠んだ。 披講の時、本井英主宰が採ってくれたので、「紘二!」と名乗ったら、笑いが起こった。 去年の年賀状に、「今年信じ難い80歳になる。父は80を過ぎた頃から、急に耄碌したから、ぼちぼち、その離陸にかかっている」と書いた。 今年の賀状には、「ほんまに、八十歳になって初めてのこと、ぎょうさんありまっせ。 岡部伊都子」と添え書きした。 朝日新聞朝刊一面、鷲田清一さんのコラム『折々のことば』1707から引いた。 鷲田さんは「婚約者に「この戦争は間違っている」と告げられたのに、日の丸の小旗を振って送り出し、彼は戦地ではかなく散った。若き日のその痛恨事を原点に、随筆家は戦争や沖縄、差別や環境について、「言わんならんことは言わんならん」と語り続けた」(自伝『遺言のつもり』)と。

 『折々のことば』には、いろいろ教えられる。 「不知爲不知、是知也、 孔子」2236、「知らざるを知らずと為(な)せ。是れ知るなり」、「知らないことは知らないこととする、それが知るということだ」。 「知識は伸びる手であり、「わかる」というのは結ぶことだ 幸田文」2344(『幸田文 老いの身じたく』青木奈緒編)。 幸田露伴は娘に、本を読んでものが「わかる」ということの意味を訊かれ、「氷の張るようなものだ」と答えた。 「この本こそ私一人のために書き残されたのだ、という読書の体験をもたないひとは気の毒な、不幸なひとだ 唐木順三」2095(随想集『朴(ほお)の木』)。

 「平生よりよく心を用ひ、政府の処置を見て不安心と思ふことあらば、深切にこれを告げ、遠慮なく穏やかに論ずべきなり。 福沢諭吉」1836(『学問のすゝめ』)、「政府の事は役人の私事にあらず、国民の名代となりて、一国を支配する公(おおやけ)の事務といふ義なり」、1872(明治5)年刊『学問のすゝめ』初編150年である。

 「負けた人間にしかわからないことのほうが、むしろ人間にとっては大切な問題がある 網野善彦」2238(鶴見俊輔との対談『歴史の話』)。 「人は、現実に進んだ道を「正解」にしちゃえばいいんですよ。 林家木久扇」1938(『イライラしたら豆を買いなさい』)。 「最終目的は「世の中、ついでに生きてる」というような、たかが噺家というとこね、そう思うところに早く行きたいわけですよ。 古今亭志ん朝」2376(『世の中ついでに生きてたい』)。 「つひにゆく道とはかねて聞きしかどきのふ今日とは思はざりしを 在原業平」2410(『伊勢物語』の最後に引かれる歌)。 「惚(ほ)れると惚(ぼ)けるはおんなし字だよ 西出幸二」1976(神田の鳶職の頭、森まゆみ『手に職。』)。 「「ま、長生きせぇ」桂米朝」1847(『上方落語ノート 第二集』)。

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