「旅をする木」と、ビル・プルーイット2023/02/01 07:28

 星野道夫『旅をする木』の本の題名になっている「旅をする木」に、ふれておきたい。 星野道夫は、アラスカに移り住んで最初の1979(昭和54)年夏、北極圏のベーリング海に突き出た地の果てのような半島、ケープトンプソンの美しい入り江にいた。 北極圏最大の海鳥の繁殖地で、鳥類学者のデイブ・ローゼットと二人で、海鳥の調査をしていた。 デイブから、この話を聞いた。

 1960(昭和35)年アラスカで、〝水爆の父〟エドワード・テラーのもとで、アメリカ原子力委員会が「プロジェクト・エリオット」という計画が進められていた。 核爆発による実験的な港をつくろうとしたのである。 絶対的な圧力の下で初めからゴーサインの出された国家的な計画だった。 環境アセスメントに雇われた生物学者の一人で、アラスカ大学の若き研究者のビル・プルーイットは、周辺のエスキモーの村や北極圏の自然に取り返しのつかない結果をもたらすだろうと、計画に反対に立ち上がった。 巨大な圧力によってビルは大学の職を追われたが、その行動はエスキモーの人々に計画に対する危惧を抱かせ、大きな反対運動につながってゆく。 それは草の根を力とした闘いになり、「プロジェクト・エリオット」は潰されていく。 ビルはこよなく愛したアラスカを去り、アメリカ本土の大学にも圧力で行かれず、カナダに移住、後にマニトバ大学の動物学の教授になる。

 星野道夫の宝物、ビル・プルーイットのアラスカの動物学の古典“Animals of the North”(北国の動物たち)は「旅をする木」で始まる。 早春のある日、一羽のイスカ(スズメ目アトリ科の鳥。「交喙の嘴(イスカのはし)のくいちがい」のイスカ)がトウヒ(唐檜、エゾマツの変種)の木に止まり、浪費家のこの鳥がついばみながら落としてしまう、ある幸運なトウヒの種子の物語で始まる。 さまざまな偶然をへて、川沿いの森に根づいたトウヒの種子は、いつしか一本の大木に成長する。 長い歳月の中で、川の浸食は少しずつ森を削ってゆき、やがてその木が川岸に立つ時代がやって来る。 ある春の雪解けの洪水にさらわれたトウヒの大木は、ユーコン川を旅し、ついにはベーリング海へと運ばれてゆく。 そして北極海流は、アラスカ内陸部の森で生まれたトウヒの木を、遠い北のツンドラ地帯の海岸へとたどり着かせるのである。 打ちあげられた流木は木のないツンドラの世界でひとつのランドマークとなり、一匹のキツネがテリトリーの匂いをつける場所となった。 冬のある日、キツネの足跡を追っていた一人のエスキモーはそこにワナを仕掛けるのだ……一本のトウヒの木の果てしない旅は、原野の家の薪ストーブの中で終わるのだが、燃え尽きた大気の中から、生まれ変わったトウヒの新たな旅も始まってゆく。

 星野道夫は、このビル・プルーイットの本全体に流れている極北の匂いに、どれだけアラスカの自然への憧れをかきたてられただろう、と書いている。

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