松居直さんの『私のことば体験』 ― 2023/03/26 07:50
銀座に行ったついでに、教文館9階のナルニア国で、「松居直の遺した『ことば』展」を見てきた。 福音館書店の編集者として多くの絵本作家を世に出し、昨年11月2日に亡くなった松居直(ただし)さんの残した印象的な言葉を集めたパネルや写真が展示されていた。 例えば「革命というのは物をつくるのが一番いいんです。理屈だけでは革命はおきません。」という言葉などだ。
松居直さんのことをよく知らず、その言葉をきちんと見てみたいと思って、著書の『私のことば体験』(2022年9月10日発行・福音館書店)を会場で求めてきた。 月刊誌『母の友』2009年4月号~2011年3月号の連載をまとめたものだという。 安野光雅さんの装画がたくさんあり(表紙も)、松居直さんの言葉である見出しが色刷りになっているのも独特で、美しい本だった。
松居直さんは、1926(大正15)年の京都に、近江商人の家系で呉服を商う家の6人姉兄弟の5番目として生まれた。 一番上が女で、あと5人は男、二つぐらいから寝る時に母が絵本を読んでくれ、「読んだのではなく聞いた――それが、私のことばへの感覚を開いてくれました」。 『コドモノクニ』は当時の童謡の最新作が発表される場で、北原白秋や西條八十、野口雨情の詩、もちろん意味がわかっているのではなく、ことばそのものを活字ではなく音声で受け止める、声のことばが大切だというのが、体験からの実感だという。 三つぐらいの時、「女中さんに手をひかれて賀茂川へよく遊びに行ったのを覚えています」。
とても熱心な浄土真宗の家庭で、毎晩父か母が立派な仏壇の前で小一時間お経を唱える。 家にいれば必ずその間、親の後ろにちゃんと座っていなければならないのだけれど、それがいやじゃなかった。 「それはつまり、祈りの姿だったんです。本当に祈っているという姿です。」 最後に蓮如上人の「御文(おふみ)」という書簡集を朗読するのだが、これが名文で、母の朗読を聞いて、日本語の語りの美しさを感じた、とくによく心に入ってきたのが、中学生の頃だという。
ここを読んで、すぐ私が思い出したのは福沢諭吉、「福澤全集緒言」(全集第1巻7頁)に、中津で実兄が朋友と文章のことを論じて「蓮如上人の御文章(おふみさま)に限る」と言っていたのを、後年江戸で洋書翻訳の折に思い出し、「御文章」の合本一冊を買い求めて読むと、いかにも平易な仮名交りの文章で読みやすい、これは面白いと幾度も通覧熟読して一時は暗記したものもあり、これによって仏法の信心発起は疑わしいけれど、仮名文章の風を学ぶことができたのは、蓮如上人の功徳なるべし、とある。 これが広く読まれることになった、福沢の平易達意の文章の、一つの基になっているのだ。
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