物語も絵も、当時の日本の絵本の流れとは違うものを作りたかった2023/03/31 07:14

 松居直さんは、小川未明や濱田廣介など明治大正期の代表的な児童文学の作品や、当時の児童文学に、大人の視点で上から見ているのを感じ、それに少し反旗を翻して、子どもの視点から物語の世界を受け止める、あるいは、子どもと対等に向き合うような、子どもの視点で描かれた作品を出そうと、考えた。

 その方針で『母の友』や『幼児のための童話集』(昭和30(1955)年刊)という単行本では、新しい幼児向け童話の可能性を探ることにした。 その中で見出した一人が寺村輝夫さん、ユーモアとナンセンスが魅力で、『幼児のための童話集第二集』に『ぞうのたまごのたまごやき』を書いてもらった。

 東京幼児教育問題研究会の文学部会が福音館を会場に月一回会合を持っていたが、そこで4、5歳児が宮沢賢治を喜んで聞くという話を聞き、『こどものとも』第二号は宮沢賢治の『セロひきのゴーシュ』でやることにした。 絵は画家の茂田井武さんにお願いした。 当時絵本といえば童画家に頼むという風潮があったが、松居さんは、徹底的に自分の目で洋画家、日本画家、版画家、漫画家、デザイナーから選ぼうとした。

 要するに、物語にしても、絵にしても、その当時の日本の絵本の流れとは違うものを作りたかった。

 『ぐるんぱのようちえん』『たろうのおでかけ』『こすずめのぼうけん』の堀内誠一さん、『ごろごろにゃーん』『キャベツくん』の長新太さん、『かさじぞう』『スーホの白い馬』『だいくとおにろく』の赤羽末吉さんなどは、絵で語ることのできる画家だった。 語るというのは、物語が描き手の中にとりこまれなければ成り立たない。

 『だるまちゃんとてんぐちゃん』『からすのパンやさん』の加古里子(さとし)さん、その知性と浪花節は貴重で、その絵は線自体が語っている。 人間の生活というものを、いろんな角度から見る感覚を持っていて、子どもの遊びを創作の核にした。 ご自身が子どものころに心豊かに遊んでいたのだろう、「だるまちゃん」には遊びの本質が感じられる。

 絵描きさんは一人一人個性が違う。 長新太さん、加古里子さんみたいな人も、なかなか出ない。 そういう人を私たちはもっと発掘しなければ遊べないと思います、と松居直さんは書いている。

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