柳家小はぜの「狸鯉」2023/08/01 07:09

 7月26日は、第661回の落語研究会だった。 国立劇場小劇場の建て替えで、先月の桃月庵白酒もどこへ行くのかと言っていたが、11月からは日本橋劇場(中央区立日本橋公会堂)に決まった。 隣の方が、珍しく話しかけてきて、いつから来ているかと聞くので、実は第1回からと言ったら、驚いて、昭和43年は大学に入った年だと懐かしそうな眼をした。

 柳家小はぜ、空色の着物に紫色の羽織、ツルツル頭だ。 夜、戸を叩くので誰だ? アヌキです。 よく聞くと、狸、親方に相談が、と。 狸に友達はいない。 これから、なりましょう。 ねえ、開けて、親方、開けて! 戸を開けると、いない。 もう、家の中に入っていた。 股倉をくぐったが、猿股が汚れている、衛生に良くない。 昼間、助けてもらった、子供がメンコをしていて、一人帰ったので、代わりに出て行ったら、慌てて化けるのを忘れた。 捕まって、殴る蹴る、ふん縛られて、池に投げ込もうとするところを、親方に助けられた。 お父っつあん、おっ母さんに話したら、人間にしておくのは惜しい義侠心だ、狸の仲間に入って、組合長や、狸院議員になってもらいたい、って。 恩返しに行くように言われた。

 俺はただ通りかかっただけだ。 そのまま帰えれ、お父っつあん、おっ母さんによろしく言ってくれ。 駄目です、そんなことをしたら、人間同様だと怒られる。 何かします、肩を揉む、足をさする、一晩だけでも泊めて下さい。 布団はないぞ。 布団なら、自分のがある。 八畳敷きじゃなくて、子供だから四畳半。 そうか、どこでも寝ろ。 ゆっくり寝ろ。 もう、イビキかいてんのか、目を開けて寝るのか。 狸寝入りです。

 親方、起きて下さい、もう朝です。 ゆんべ、どうなさったんです、うなされていた。 商売仲間の兄ィのところに赤ん坊が生まれた、みんな祝いに行くのに、俺は懐の塩梅が悪くてまだ行っていない。 何やかや持っていきたい、黒い鯉、真鯉なんか、鯉の滝登り、出世魚っていうからな。 化けましょう、狸の学校で習った、狸中、狸高、狸短大二年行った。 鯉に化ける、目をつぶって、三つ数えて、手を打って下さい。 大きく化けたな、鯉幟みたいだ。 小さくなれ、小さすぎる、畳の目に入っちゃった、メダカだ。 そこでとまれ、そのままでいい、本物そっくりだ。 裏は、狸じゃないか。 なでればいい。 目方もある。 岡持に入れて行こう。 台所の隅にでも置いてもらうから、隙を見て逃げればいい。

 兄イ。 八か。 お子さん、お生れだそうで、おめでとうございます。 みんな来てるよ。 祝いで、これを。 鯉か、立派な鯉じゃないか、洗いなんか好物だ、出世魚という。 かみさんの乳の出にもいい。 早速、頂こう。 可哀想で。 生きがいいな。 子供なんで。 あたしは、帰らせて頂きます。 (狸に)俺、帰るよ、すまなかったなあ、悪かったなあ。

 鉄、お前ウチに来る前、三年板前やったんだよな。 腕が鳴る、おかみさん、俎板を。 この鯉、あったかいですね、ポカポカだ、風邪引いてんですかね。 講釈をします、鯉は背中をなでると、覚悟して、ピタッと止まる。 震えてますね、アッシを睨んでいる、毛がムジャムジャ生えている。 出刃を構える。 痛タタタタ! 引っ搔いた、エラから手が出て、みみずばれになった。 アレッ、鯉がいません。 兄貴、大変だ、鯉がピョンピョン跳ねて、竹垣登って逃げて行きます。 あれが本当の、鯉の竹登りだ。

桂宮治の「道灌」2023/08/02 06:57

 宮治は草色の着物に濃緑の羽織、唯一の芸協で、と。 昨日、隣の国立演芸場で他局の大喜利の番組の収録があったが、この会とは、お客も、スタッフも、雰囲気も180度違った。

 横丁のデコボコ隠居のとこで、不味い茶の一杯も飲んで、半日とぐろを巻くか。 何だい。 汚え湯呑、くさい、不味い茶、旨いね。 羊羹を切ってやれ。 頼むよ、婆さん、厚く切って。 甘いものも好き、きんつば三十あったのを、二つ残した。 羊羹、旨い、旨い、ブゥブゥブゥ! 豚か。

 町内で隠居さんの噂、何もせずにいい暮し、ことによるとベロベロじゃないかってね。 ハッキリ、言え。 泥棒。 俺は違う、あやつは強盗だって。 ひどいな、一人の娘がある、そこから分米(ぶんまい)が来る。 月々、トントン分米ですってな、それでオシ米だ。

 じゃあ、退屈でしょう。 退屈ではない、趣味道楽がある。 書画骨董だ。 生姜に納豆で? 狩装束の侍に、娘がライスカレーを差し出している絵は、何です。 山吹の絵だな。 太田道灌が狩座(かりくら・野駆け)に行き、にわかの村雨に、あばら家に傘を借りに行く。 十六、七の賎の女(しずのめ)が、山吹の枝を差し出した。 賎の女? 魚の目が痛い。 道灌がわからずにいると、家来の中村勘解由(かげゆ)という者が、兼明親王(かねあきらしんのう)のお歌<七重八重花は咲けども山吹のみのひとつだになきぞ悲しき>を教えた。 蓑と、実の、をかけた断わりだと。 道灌は、余もまだ歌道に暗いな、と嘆いた。 歌道? 鉄道、水道、面胴。 ご帰城になって、後に歌詠みになられた。 どこの城で? 千代田のお城だ、昔は道灌の城だった。 後に徳川さんが安く買った。 だから、分かり易くいえば……、これから面白いことを言います(と、さんざん引っ張って)。 徳川、家康……、誰もわからない。 ウチにも道灌野郎が来る。 傘を借りに来た時の、断りの歌、書いて下さい。 また、来ます、失礼します。

 ただいま、帰りました。 雨が降ってきた。 あいつ、傘持ってるし、合羽も着てる。 深川へ行くんで、借り物があって来た、提灯を貸してくれ。 ない。 後ろにあるじゃねえか。 あっても、ない、<七重八重花は咲けども山吹のみのひとつだになきぞ悲しき>だ。 聞いたことのねえ、都々逸だな。 都々逸? おめえ、歌道に暗いな。 ああ、角が暗えから、提灯借りに来た。

 桂宮治の前座噺、雰囲気に呑まれたのか、面白くなかった。

古今亭志ん輔の「小猿七之助」前半2023/08/03 07:08

 志ん輔は黒い着物に紫の羽織、上を向いて出て来る。 座る時、風貌が志ん生に似て来た、と思った。 新聞に、40年後、日本の一割が、外国の人になる、とあった。 日本語が公用語じゃなくなっているか。 落語は、なくなるか、ごく少なくなっている。 落語の入場料が5万円、一方、歌舞伎は30万円、きらびやかな人が来る、女は黄八丈なんか着て。

 深川相川町、網打ちの七蔵は名人、見物から声がかかる。 四角く、打ってくれ! 真っ四角に、打つ。 三角に打ってくれ! 三角にバンと打ち、引くと獲物が沢山入っている。 父っつあんみたいに、おいらもなれるかな。 大きい、丸いの、打ってくれ! バン! 玉屋ーーッ!

 姐さん、今日の川開き、いい川開きでしたね。 七さん、吾妻橋の船宿、遠州屋の抱えで七之助、すばしこいので小猿というあだ名がある。 一人船頭・一人芸者はご法度で、ふつうは相櫓、もう一人船頭が乗る。 山谷から男四人の客を乗せ、鉄砲洲の稲荷に客を上げ、おかみさんが騒ぐのに、相櫓の徳さんが大嫌いだと、浅草芸者、男嫌いの御聖天(ごしゅでん)滝野屋のお滝、七之助と二人大川へ出る。

 降らないのかねえ。 大丈夫でござんしょ。 ギイギイと櫓の音、佃で、舟歌、引けの拍子木が聞こえる。 永代の橋をくぐると、橋の上で「南無阿弥陀仏」、ドブンと飛び込む。 七之助が、竿につかまらせ、襟足をつかんで引き上げる。 男一人の身投げだねえ。 姐さん、蝋燭の芯を切っておくんねえ。 明るくなる。 お店(たな)もんだね、紺の前掛けをしてる。 気を入れてやりやしょう。 起きろ! 何で死のうとなった、話してみろ。 女か? そんな浮いたんじゃねえ。 浮いて、助かったんだ。 新川新堀の酒問屋、田島屋の若い者で幸吉、掛け取りで三十両の金を集め、芝から永代まで船に乗ったが、船の中の腰掛バクチで三十両、ペロリと取られてしまった。 姐さん、すまねえ、俺には出来ねえが、三十両どうにかならないか。 何とかなるよ。 姐さんが、こしらえて下さるそうだ、御聖天のお滝様だ。 羽織の片袖が怨みの品、イカサマバクチの相手のだ。 名うてのイカサマ師だと船頭に知らされ、金を返せと言ったら、雪駄で眉間を打たれたので、羽織の片袖をちぎった、所も名前も知っている。 今日は、俺んところに泊めてやるから。 深川相川町、網打ちの七蔵という、ブワワワワワ……。

 七さん、どうしたんだい? また、飛び込んだんでございます。 流れは早い、下げ潮だ。 幸吉の断末魔の声が聞こえた。 さっさと、帰りやしょう。

古今亭志ん輔の「小猿七之助」後半2023/08/04 07:01

 姐さん、見たかな、見たな。 親父の名前を知られたんじゃあ、一人殺すも、二人殺すも、同んなじだ。 一旦くぐった永代を、もう一度くぐる。 七さん、どこへ行く。 船に乗ったら船頭任せ、黙ってついてきてくれればいい。 大粒の雨が降って来た。 佃あたりに回って、汐入に船を停める。 築地の波除稲荷の灯籠の光りが、ぽつり。

 七之助は、懐に吞んでいた匕首で、お滝に向おうとする。 七さん、すごいことを、おしでないよ。 見たな、薄情な男だと、せっかく拾った命を捨ててしまった。 でもね、お前のことを薄情だとは思わないよ。 私を殺そうとしているんだろ、どうせなくなる命、ああそうだと思うから、やっとくれ。 同じ女房で苦労するなら、七さんのような人とと思って、ずっとジリジリしていたんだが…。 昼の舟遊び、客と二人、お前の顔を見たら、ニッコリ笑ってくれた。 こんな私でよかったら、お前の胸の内を聞かしておくれでないかい。

 すまねえ、姐さん、恐い思いをさせてしまった。 面目ねえ。 イカサマバクチで、三十両ふんだくったのは、俺の親父だ。 十四の時、五十両の贋金をつかまされ、五年の所払いになったのを、俺がひっ被って、バクチはやめろという意見のつもりだったんだが、通じはしねえ。 そんな親でも、親は親だ。 ガキの頃、投網で、丸、四角、三角と、打ってくれた。

 わかったよ、七さん、お前はただの人殺しじゃない。 幸吉がお店者というのは仮の姿、しっぺ返しの幸吉という手練れだよ。 永代橋で飛び込んだのも、下にこの船がいるのを、確かめてからだ。 お人好しだねえ、幸吉は根こそぎかっさらう、女房は売る、浮世のゴミの掃除をしただけなんだよ。 悪党だよ。

 姐さんは、七変化のお時、親分は暗闇の七蔵、網打ちの七蔵。 ここまで言ったからには、後には引けねえ。 七さん、強い者には弱い者のために、やらなきゃならないことがある。 一緒にやるかい。 二人で悪事の限りを尽くす、「小猿七之助」の序でございます。

入船亭扇遊の「きゃいのう」2023/08/05 07:10

 扇遊は、薄緑の着物、濃緑の羽織。 九代目扇橋の通い弟子になって、九時前に師匠の家に行き雑用をする。 半年で前座、楽屋でお茶を出すのだが淹れ方が難しい、苦いのが好き、熱い、ぬるい、飲まない師匠もいる。 太鼓を叩く。 履物を揃える、師匠の性格で、行くぞと忙しい人は、互い違いに置く、股ずれの人は、幅を広げて、女性には内股に。 二ッ目で駆け出しになり、15~20年で真打になる。 控え目に生きて、控え目にいなくなる。 清く、貧しく、美しく。 受けなくても、自分の責任だ。

 芝居の役者にも、下積みの苦労が多い。 一言セリフを言うまでにも。 通行人、ガヤ、鳥居の下に二、三人いると、侍がどけ、どけ! と通る。 頭取、役は何ですか? 腰元だ。 白粉(おしろい)がない。 壁はがして、塗れ。 何で塗る? ビラ貼る糊で。 大部屋の連中は、衣装屋さんが苦手。 便所の前、乞食の衣装と同じところだ。

 床山は、江戸っ子で、すぐ頭に来る。 カツラは、つかえているから、どんどん行け。 もう腰元、おしめえか。 一人、拝んでる。 名前は? 団子兵衛。 初日、来なかったな。 衣装がなかったんで。 帯がなかったら、物干竿の代わりに使っていた。 役者になって、何年になる? 三年です。 お前にやるカツラはない、そっちへ行け。 何で初日に挨拶に来ねえんだ、泣いてんのか、泣くのは、親が死んだ時と、がま口落とした時だけだ。

 自分は、四国の丸亀の人間で、父母が反対するのを、金ごまかして、故郷(くに)を飛び出した。 高田馬場の早稲田劇場で、役が付いたと手紙を書いたら、父母が丸亀から出て来た。 宿へ送っていくと、出なかったじゃないかという。 出ました。 見損なった、どこに出た? 山崎街道の猪、やってた。 去年、ミナト座で、役が付いた。 手紙を書くと、父母がまた出て来た。 熊谷次郎直実の、乗っている馬の脚だった。 今年は、腰元、いよいよ二本の足で立てるようになった。 台詞だってある。 父母が客席で待っている。

 わかった、それならカツラを都合してやろうと、床山の親方は煙草を吸いながら、奴(やっこ)にカツラを探させる。 残っているカツラは、石川五右衛門の百日鬘と、沢市の禿げズラ、坊主じゃないな。 苦労しろよ、若え内は、苦労は買ってでもしろという。

 腰元、金魚のフンか。 一言、セリフがある。 何て言うんだ。 親方に言ってもわかりません、「きゃいのう」と。 舞台に出た腰元三人、垣根のところを掃いていると、乞食が来て、腰元1「エエむさくるしい」、腰元2「トットと外へ出て行」、腰元3の団子兵衛「きゃいのう」となる、予定であった。

 そうだ、去年、相撲取が女形をやった時の図抜け大一番のカツラがあった。 早く持って来い。 団子兵衛にかぶせると、鼻の下まで入って、前が見えない。 ズラの中に、かうものを探して、そこらにあった南京豆のカラをつめて、かぶせる。 深く、頭を下げるな。

さっき親方の吸っていた二服目の火玉、前に叩いたでしょう。 南京豆のカラの中に落ちていたから、たまらない。 タボん所から煙が出ている。 「エエむさくるしい」、「トットと外へ出て行」、団子兵衛の台詞がなかなか出て来ない。 やり直し。 「エエむさくるしい」、「トットと外へ出て行」、もう一度、やり直し。 頭から煙が出て来て、「エエむさくるしい」、「トットと外へ出て行」、…「トホホ、あっついのう」。