春風亭一朝の「菊江の仏壇」後半2023/08/07 07:06

 今日は早仕舞いだ。 今日は私のおごりだ、食べたい物をなんでも言え。 蒸かし芋。 もっといいものを。 今川焼。 清蔵は? シシが食いてえ。 猪は山へ行かなければ獲れないだろう。 角で売ってる、こはだのシシ、まぐろのシシ。 なんだ、刺身も大皿に二つ、三つ、丼物も取って、鍋も囲もう。 酒を飲んで、無礼講だ。 今夜あったことは、見たことも聞いたこともないことにするんだ。

 恐れ入ったね、番頭、さすがは清元の……。 この店も、半分はお前の働きだ、お前の才覚で囲っているのは、わかっている。 酒が来た、初めて差しでやろう。 ご返杯を。 若旦那は、なぜ御新造をお嫌いになる。 器量といい、算盤といい、あんな結構な嫁はない、それなのに。 菊江、お花さんに瓜二つというじゃありませんか。 俺は、それがイヤなんだ、お花は何でもできる、痒い所に手が届く。 気づまりでならない。 菊江のそばにいると、心が落ち着く。 女なんだ。 お花には、見透かされているようで。

 駕籠が着きました。 庭へ回ってもらえ。 菊江は、頭が洗い髪で、白薩摩、石灯籠のところにすっと立つ、その姿の艶(あで)やかなこと。 なるほど、御新造に瓜二つで。 三味線がある、何かやれ。 番頭、歌を歌え。 ご勘弁を、踊りを踊ります。 弾いてやってくれ。 「茄子とかぼちゃ」を。 奥は、わいわいとたいへんな騒ぎ。 店も「磯節」などで、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ。

 とんだことになってしまった、ナムマイダブ、ナムマイダブ。 早く、歩きなさい。 どっかで騒いでいる家がある。 主人が、行き届かないんだろう。 あれ、私の店だ。 旦那様のお帰り。 テヤ、テヤ、テヤ、磯ばかりーーッ!

 お帰りになりました。 菊江、お前、仏壇の中へ、隠れろ。 人が入れる。 番頭、店の方、なんとかしなさい。 みんな、赤い顔を消して。 鍋は尻の下に隠せ。

 お帰りなさいまし。 只今、番頭さん、この騒ぎは何事ですか。 皆も、楽しかったことだろう。 股倉から、湯気が出ているぞ。 倅、話がある。 お花は、死んだよ。 お花が、死にましたか。 今日ぐらい、くやまれたことはない。 お前を引きずってでも連れてくればよかった、と思った。 お花は、謝りながら、しきりに私の後ろばかり見ているんだ。 一日も早く、元気になって、私の所に戻って来ておくれって、他に行っちゃあいけない、と言ったよ。 きっと、と、お花は嬉しそうにうなずいた。 それから医者が脈を取ると、まるで眠るように息を引き取ってしまった。 私は腹の底から、詫びてきた。 それで帰って来たら、この有様だ。 呆れて叱言もいえません。

 もう、戻ってる時分に違いない。 仏壇に燈明をあげる。 いいから、そこをどきなさい。 お数珠を出して。 (倅が)向こうの方へ、お数珠は私が下駄箱に仕舞いましたから。 なんで、下駄箱なんだ。 ガラガラ! ナムマイダブ、ナムマイダブ。 おおっ、戻って来たか、わかる、わかる、お前の気持は…。 でも、お花、どうか恨まずに成仏しておくれ、消えておくれ。 私も、消えとうございます。