五街道雲助の「やんま久次」前半 ― 2023/11/04 07:04
雲助は黒紋付、今晩の掃除役、この会と会場の大掃除役でございます、と始めた。 江戸直参の旗本、御目見得といって将軍にお目通りできるのは嫡男だけ、二男三男は無役、運のいいのが他家の養子になるぐらいで、冷や飯食いの飼い殺しだ。 稽古をして芝居のお囃子方になったり、用心棒になったりする。 番町御厩谷に屋敷のある直参三百石の旗本青木家の次男坊、御舎弟と呼ばれる久次郎(きゅうじろう)、家を飛び出して、本所方のよからぬ博打場に出入りし、博打にうつつを抜かし、ならず者の仲間入りをした。 背中にトンボ、大やんまの彫り物があるので、「やんま久次」と呼ばれている。
博打ですっかり取られて、「やかんのタコ(手も足も出ない)」、フンドシ一本。 また兄貴の所へゆすりに行けよ。 門前の花屋の婆アが衣装持ちなので、着物を借り、ほっかぶりして、番町の屋敷へ。 門番にとがめられ、手拭を取って、俺を知っているか。 殿様の舎弟で久次郎だ。 先月、門番になったばかりで。 酒は好きか、鼻の頭が赤い。 唐辛子味噌でも飲む。 門を通って、玄関へ。 頼み申す! 上がり框(がまち)で、尻をはしょって、背中を見せる。 久次郎様が、お見えになったんだ!
用人の伴内、兄上に計らってくれ。 たびたびのご無心、申し上げ憎い儀ですが、もう無理で。 江戸にはいられねえ体になった。 体に臭みがついた、凶状がついたんだ。 いつもより多分に小遣いをと、兄上に申し上げてくれ。 屋敷の広いばかりがいいんじゃない。 酒、持って来い、冷やでいい。 まごまごすると、屋敷に火をつけるぞ、赤猫を走らせるぞと、わめき声を上げている。
たまたま兄弟二人の剣術の師匠、浜町の大竹大介が、用事のついでに立ち寄って奥にいた、煙草盆に、茶の仕度、ご母堂様はご達者でなりよりと。 すると、表方で罵(ののし)る声。 何です? 舎弟の久次郎で。 本所方のよからぬ者に博打で取られて無心に来る。 兄弟二人だ、不憫に思う。 三度に一度は、手打ちにしてしまおうかと思うが、母が可愛がっておる。 ごもっともで。 上つ方に聞こえると、青木のご身代が揺らぐことにもなる。 恩愛の絆を断ち切って、何とかしなければ。
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