三笑亭茶楽の「子別れ」 ― 2024/02/01 07:04
三笑亭茶楽(ちゃらく)、知らなかったが81歳というから同年代、八代目三笑亭可楽の弟子で落語研究会初出演だそうだ。 紫の着物に、緑色の襦袢が覗いている。 副業で結婚式の司会を400回やったが、398組が離婚した、ご好評をいただき、ある新郎には3回頼まれた。 「覆水盆に返らず」でもない。
隣の婆さん、木場まで行くんで留守を頼む、無尽の銭は水がめの上に置いとくから。 番頭さん、お待たせしました。 独りだと、大変だね。 洗濯物なんかは…。 二度目のかみさんは、ひどかったね。 一日中、飲んでいるか、寝ているかでして、追んだそうと思っていたら、自分で出て行った。 えらい目にあったね、先のおかみさんはよかった。 子供がいたね、亀吉という名だったか、いくつになる? 六つが、九つのはずで。 やっこの顔は、見たい。 噂をすれば、前から来る三人、右の端っこが亀ちゃんじゃないかい。 三年ぶりで。 声をかけたらどうだ、私は先に行ってるから。
おい、亀じゃないか。 新しいお父っつあんは、可愛がってくれるか。 お父っつあんは、お前だ、子供が先にできて、あとから親ができるもんか、ヤツガシラじゃあるまいし、そんな人いないよ。 どんな家にいるんだ。 畳が二つ、寝返りを打つと、土間に落ちる。 おっ母さんは、近所のお針仕事をしてる。 亭主と名の付く者は、前の飲んだくれで十分だって、言ってるよ。 酒は、止めたよ。 お父っつあんのこと、恨んでないか。 お酒さえ飲まなきゃ、いい人なんだけどって、言ってるよ。 おっ母さんが、お屋敷に奉公してたんだってね、お父っつあんは出入りの職人で、半襟や前掛けを買ってくれたって、半襟や前掛けが効いてよかったね。
小遣いをやろう。 一円銀貨かい、おつりはないよ。 これで鉛筆買ってもいいかい。 学校のものなら、何でも買ってやる。 額の傷はどうした、喧嘩か。 鈴木さんのお坊っちゃんと駒をやってて、駒でぶたれた。 おっ母さんが、誰がやったんだっていうから、鈴木さんの坊っちゃんって言ったら、痛いだろうけど我慢しろ、仕事がなくなるからって。 泣くな。 泣いてるのは、お父っつあんだ。 鰻でも食いに行きたいところだが、お店(たな)の番頭さんと木場へ行くところだ。 明日、今時分、ここに来い、おっ母さんには内緒だぞ。
おっ母さん、ただいま。 遅かったね、ちょっと手を貸しておくれ。 糸を巻くから、手を出して。 片方の手に、何をもってるんだい。 一円銀貨じゃないか、どうしたんだ。 そこでもらった、よその知らないおじさんに、男と男の約束だ、話せない。 そこを閉めて、こっちへ来い。 何でお前、そんな情けない料簡になったんだい、人様のものを盗むなんて。 どうしても言わないか、お父っつあんの金槌で叩くよ。 そのお父っつあんに、もらったんだ。 お前、お父っつあんに会ったのかい。 おっ母さん、せり出して来たな。 なんて言ってた? 女は追い出した、お酒、止めたって、きれいな半纏をどっさり着ていた。 おっ母さんのこと、何か言ってたかい? 二人で同じこと聞いてらあ。 一緒にいてやれなくて、すまなかったって、泣いてた。 明日、鰻を食いに行って来ていいか。 ご馳走してくれるのかい、行っといで。
翌日、亀に小ざっぱりとしたなりをさせて、行かせた。 自分も、鼻の頭を二つ、三つはたいて、半纏をひっかけて、鰻屋の前をうろうろしている。 家のワルサがお邪魔してないでしょうか。 二階にいらっしゃってますよ。 亀や、いるんだろ。
見ず知らずの方に、ご馳走になっちゃいけないと思いまして…。 お父っつあん、おっ母さんが来たよ。 おいでよ、お父っつあんがいるよ。 お父っつあん、呼んだ方が、わかりやすい。 仲人に世話を焼かせないで。 昨日のお小遣いのお礼も一言、申し上げたいと思いまして。 お前さんでしたか。
女手一つで、よくここまで育ててくれた。 こんなことを言えた義理じゃないが、この子のために、元のさやにおさまってくれないか。 お前さんは、ちっとも変ってないわね、あたしからもお願いします。 子供がいるから、またヨリが戻るんだな。 本当ですよ、この子がいたから、一緒になれる、「子は鎹」って言いますからね。 あたいが鎹かい、それで昨日、おっ母さんがあたいの頭を金槌で打とうとしたんだ。
桂吉坊の「深山隠れ」上 ― 2024/02/02 07:08
桂吉坊、黒紋付に袴、上方の膝隠しを置き、珍しいネタというリクエストで、珍品を探訪して、「深山(みやま)隠れ」。 なかなかやる人がいないのは、面白くないからといわれるが、吉朝はやったが、米朝はやらなかった。 ちなみに、米朝は、やった人は出世できない言い伝えがあると、言っていた。 噺家が出て来る。 えらい目に遭う。 噺家になって25年、落語研究会のトリを「深山隠れ」で取る、これがピークではないか、とビクビクしている。
話芸、噺、さかのぼると昔話になる。 昔話、お子さんは、飽きないで、一日何度でも聞きたがる。 一つだけ、途中で終わらせても納得するのがある。 登場人物が死ぬと、許してくれる。 お前、それかい、落ちは? と、追いかけられないように、したい。
泥田圃固丸(どろたんぼかたまる)という噺家が、巡業、旅興行に出た。 行った先で、新たな人が加わったりして、評判がいいと、口コミで広まり、客のノリもいい。 しかし、何かの拍子に、気に入られないと、尻すぼみになり、それが旅先で重なると、終いに解散して、帰らなければならなくなる。 「ご難」という。 固丸先生も、天草で解散となり、ぶらぶら旅をして、帰ることになった。 ところが、道に迷って、奥地に入り込んだ。 水の流れを見つけて、助かったと、下流へ向かう。 開けた所に、家が一、二軒あった。 その一軒で、お婆さんが糸車を回している。 旅の者ですが、道に迷って、何日もご飯を食べていない。 何もないがと食べさせると、ぐーーっと寝てしまった。
明くる日、お爺さんに命の恩人だ、大阪から来た芸人だと話すと、去年役者が来て、踊りを踊ってみせてくれた、何をやる? 噺家。 カモシカ? 話をする。 誰と? 一人で。 おかしいのかい。 落とし噺。 いとしこいし。 面白い話をして、皆様に笑ってもらう。 うちの村の人に聞かせてもらおう。 例えば、どんな話だ? 「鳩が何か落として行った。 フーン。」 これで終わり。 「煙草盆をひっくり返した。 灰、拭きましょう。」 村の若いのには、聞かせないほうがいいだろう。 何日か、ぐうたら過ごして、やがて村の用事を手伝ったりするようになった。 うちの娘をもらってくれないかといわれ、お花ちゃんをもらう。
田舎の生活はヒマ、月に一ぺん町へ買い出しに行く。 4、5人で一座をつくって、必要な物を買いに行く。 行こう、行こう!(鳴り物が入る) 行け、行け! 山が一つある、噺家山御霊ヶ嶽。 五日もあれば帰って来るのに、七日、十日経っても、帰って来ない。 二十日経っても、帰って来ない。
桂吉坊の「深山隠れ」中 ― 2024/02/03 07:10
噺家山御霊ヶ嶽を越えて、町へ買い出しに行った一座4、5人が、二十日経っても、帰って来ないので、もう4、5人が迎えに行く。 しかし、七日、十日経っても、帰って来ない。 また、4、5人が迎えに行く。 だが、七日、十日経っても、帰って来ない。 年嵩の男まで送り出すと、村に男手がなくなった。 女、子供だけになり、庄屋の梶田源左衛門と、息子の新吾、源吾兄弟が残った。 兄の新吾が迎えに行くことになる。 兄さん、気を付けて、と送り出したが、その新吾も帰って来ない。 それで弟の源吾が行くことになった。
山には、女盗賊がいると聞いていた。 カルサン袴の源吾は、ええ男、色男、剣術もできる。 日が暮れて、提灯を手に、山道をとぼとぼと。(太鼓、三味線の鳴り物が入る) 嫌だが、行かなければしょうがない、下腹に力を入れて進む。 何か、いる、ガサガサ音がする。 マムシか? 竹の葉が、鳴っているだけだった。 人間が通った跡がある。 白いものが、ぼんやりと見え、娘が倒れていた。 いかがいたした? これはこれは、お侍様、持病の癪(しゃく)が出ましたが、治まったところで。 お侍様は、なぜこちらへ? 武者修行じゃ。 チャンチャンチャン、被衣(カツギ)高足駄の娘に、付いて行く。 カランコロン、カランコロン、山をぐるりと回り、崖の深い谷にかかる丸木の一本橋も、先にすいすい渡って行く。 狐狸妖怪か。 刀で、エイッ! 正体現せ、尻尾を出せ! 尻尾がない、人間であったか。
源吾は女をそのままにして進むと、屋敷があり、城のような塀に囲まれている。 中に、ガラの悪い山賊連中が二十人ばかり。 お頭の願いは、千人目の男の生き血を飲めば、叶う。 妹御前(いもうとごぜ)が、首を取りに行った、と前祝いの酒を酌み交わして騒いでいる。
桂吉坊の「深山隠れ」下 ― 2024/02/04 08:02
源吾が、被衣高足駄で、カランコロン、カランコロンと、戸を開けると。 お帰り、お帰りあそばせ。 首切ってちょうだいとばかり、二列に並んで頭を下げている。 二刀流で、山賊どもの首を一気に斬り落とす。 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。
奥へ進むと、屋敷の扉。 頼もう! どーれ! 一夜の宿を乞う。 これはこれは、お侍さん、なぜこちらへ? 武者修行じゃ。 西の道で、若い女と会いませんでしたか? 狐狸妖怪、怪しい奴と、ぶち斬った。 若い男が二十人ばかり、おりませんでしたか? みな、ぶち斬った。
どうぞ、こちらへ、ごゆるりとお休み下さい。 粗酒など一献。 禁酒中だ。 粗飯なりとも。 禁飯(めし)中だ。 粗茶を。 禁茶中だ。 ごゆるりと、お休みを。 お気の毒に。 ゴーーン。
いい女だった。 ちょっと、話に行こう。 開かないぞ。 鳥の声が聞こえる。 襖は、一枚板だ、これが噂の釣り天井か。 ドン、ペシャとなる、えらいことになった。 床の間に掛軸がある、八幡大菩薩に一心不乱に願うと、掛軸が動いて、小さな穴が開いている。 顔を出すと、幾何十丈という崖だ。
おーい、がんぐり、静かにせえ。 いつものカモを、部屋に入れた。 首を取ったら、五両の褒美をもらえる。 何人もが縄梯子で登ってくる。 五両は、わしのものだと、ヒョイと覗いたのを、エイッと斬る。 落ちてしもうた。 五両は、わしのものだ。 ヒョイと覗いたのを、エイッと斬る。 また、落ちてしもうた。 ヒョイ、エイッ! ヒョイ、エイッ! ヒョイ、エイッ! 首が、ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。
女が、扉を開けたら、源吾がいた。 おのれ、妹、手下の仇と、大薙刀で斬りかかってくる。 源吾は難なく身をかわし、立ち回りとなる。 足を払うと、女は石灯籠の上にひらりと飛び乗った。 降りて参れ、裾が乱れて、しゃがんでも、見える、見えるぞ。 女が恥じらい、スキが出来たところを、斬る。
宝蔵、宝の蔵へ、朱塗りの階を登る、宝がここにある。 侍、待ったーーッ! 御簾の陰から、白髪の垂れた、百歳近い老婆が、薙刀を手に現れた。 「わらわこそは、千年天草に棲む森宗意軒が妻、この曲輪に籠もり、千人の血を、大日如来に捧げんと、しておりしが…。 汝に見破られたのは残念無念。」 歌舞伎ならこうなる(と、歌舞伎のセリフ回しで)。 落語は、リアルで。 「アワアワ、ヤヤイチャムライ、アワアワ」、歯がないから、何を言っているのか、よくわからない。
源吾は、森宗意軒の妻の薙刀を受け止めた。 敵わないとみた婆さん、一生懸命逃げ出した。 待てーーッ! 待てーーッ、待たんかい! 目の前に川、婆さんは、足がもつれて、転ぶ。 宝の在り処を言え! ザブザブ、ザブザブ! 婆は、川で洗濯じゃけん!
「森宗意軒の妻」、島原・天草一揆 ― 2024/02/05 06:58
「深山隠れ」の最後に出て来る「森宗意軒の妻」だが、プログラムの田中優子さんの「新・落語掌事典(二四七)」で、知ることが出来た。
この噺「深山隠れ」は、もともと辻噺(大道講釈)で、長編なので三回ほどに分けて演じられていたようだ、という。 たまたま、私の日記も上中下の三回に分けていた。 講釈は、史実をもとにする。
森宗意軒というのは、島原・天草一揆で刑死した人物で、肥後のキリシタン大名の小西行長に仕えていた武将である。 島原・天草一揆で一揆側の惣奉行、目付、兵糧奉行だった。 この戦いが島原藩主松倉勝家による過酷な年貢徴収とキリスト教徒に対する拷問・処刑および、唐津藩寺沢堅高のおこなった石高偽造による重税など、常軌を逸する苛政に対する百姓一揆であったことは、一揆後に松倉勝家が斬首、寺沢堅高が自害とお家断絶の処罰を受けたことからもはっきりしている。 にもかかわらず幕府は全国の武士を集めて原城に籠城した三万七千人の庶民を殲滅した。 彼らは全てがキリシタンだったわけではない。 恨みがずっと続いたのは当然だった。 と、田中優子さんは書いている。
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