黒井千次さんの『老いの深み』<等々力短信 第1182号 2024(令和6).8.25.>8/21発信 ― 2024/08/21 07:02
黒井千次さんの『カーテンコール』(講談社)、初老の劇作家と新進女優の恋愛小説を読んで、官能を刺激され「等々力短信」に綴ったのは、1994年10月5日の第685号「女優との恋」と15日の「ミーハー散歩」だった。 何と30年の歳月が流れた。
新聞広告で黒井千次さんの中公新書『老いの深み』を知った。 前に、『老いのかたち』『老いの味わい』『老いのゆくえ』が出ていて、4冊目だった。 月に一度の『読売新聞』夕刊連載だそうだが、こちらのお爺さんは、ジャイアンツの試合は見ても、『読売新聞』は読んでいなかった。 黒井さんは92歳、私の九つ年上になる。
『老いの深み』、身に沁みることばかりである。 冒頭の「片方だけの眼で読む、書く」、黒井さんは80代にかかった頃、左眼の視界の左上隅に黒い染みが出ているのに気づき、出血性の緑内障と診断された。 医者は、まだ病んでいない右眼に異常が起らぬようしっかり対処することが大切だと言った。 原稿は60年以上四百字詰め原稿用紙に万年筆で書いている。 書く方は、速度が遅くなったものの、何とか復活できたが、字を読む困難のほうが遙かに大きい、と言う。 実は、私も閑居生活に入った頃、加齢黄斑変性で、黄斑円孔となり、左眼の視力が弱く、緑内障の気もあるとのことで、ずっと検査と眼圧を下げる点眼を続けている。 何とか、右眼を頼りにやっているのだ。 家の中に、「老化監視人」とでもいうメンバーがいて、年寄くさい立居振舞いがあると、たちまち警告を受ける。 たとえば、立ち上がって歩き出そうとすると、つい尻の落ちた前傾姿勢を取りがちになる。 誰とは言わない、女性であるようだ、というにとどめるが、その監視はなかなか厳しく、家の中に「老化」の気配が侵入するのを見張っている。 わが家にも「老化監視人」がいて、「膝を伸ばして」とか、言われる。
一日一度は必ず散歩に出るというのが、50代にかかった頃の医者との約束だ。 ある時、散歩の足を少しのばしてやや長い坂を下ったところ、帰りにその坂を上ろうとするとそれが困難で、タクシーでも呼ばなければ帰れないのではないかと慌てる失敗をした。(「広がる立入禁止地帯」) それでも一日に一度は最短でも20分は歩く、だがある時期から、後ろから来た歩行者に追い抜かれるようになった。 自分よりやや若い老女が前を行く、ふとひそかに追い抜いて、その喜びを味わえるのではないかと、速度を少し上げた。 なぜか、老女の姿はそれ以上の早さで遠ざかり、路上から消えた。
「錠剤を押し出す朝」、老人には簡単な仕事ではない、錠剤を一粒ずつ封入した包装をPTPというと看護師さんに教わり、知人の調べで、「press through pack」とわかる。 なお、わが家では、家人が薬局で、押し出す道具を見つけて使っている。
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