田中優子さんの「本を読まない・読めない」人びと2024/11/15 07:09

10月18日刊行の、田中優子さんと松岡正剛さんの岩波新書『昭和問答』のあとがきで、田中優子さんがこういうことを書いている。

「『昭和問答』は、明治から終戦まで77年間に及ぶ時代をたどった。そして戦後、国民は武力を放棄し、戦力を保持しないことを決め、それを憲法に明記した。その日本国憲法施行から今年、2024年まで、やはり77年経った。/その2024年7月、じわじわと進んできた「新しい戦前」はその姿をはっきり見せるようになり、その過程を許してきた国民がどういう人たちなのか、その姿も見えてきた。それは、「本を読まない・読めない」膨大な数の人びとだった。東京都知事選では、政策をもたず、語らず、議論しない候補者が多くの票を集めた。ほとんどの都民は政策を出しても理解できず、長い話を聞くことができないからだという。」

「在日米軍は統合軍司令部をつくり、自衛隊は米軍との連携のための統合作戦司令部を設置することになった。いよいよ日本は、主権の一部を米国に渡すことになる。いま九州では日米の合同軍事訓練が行われており、沖縄では避難シミュレーションがつくられている。「新しい戦前」は米国と戦う戦前ではなく、米国支配下の戦前なのだ。」

「2015年の集団的自衛権行使容認、2020年の日本学術会議会員任命拒否、2022年の「安保三文書」による、敵基地攻撃能力保有と軍事予算の倍増、学問の排除を含んだかつての戦前とそっくりの経緯が、展開している。」

「この本の冒頭で私は、「なぜ戦争から降りられないのか?」「国にとっての独立・自立とは何か」「人間にとって自立とは何か」という問いを置いた。40年も教育にたずさわったが、一斉教育を全面的に切り替えることはできなかった。本を読み文章を書き、考え、自分の言葉を発見し、他者とともに語り合う。そういう機会は、自分の設定した少人数授業のなかでしか、実現できなかった。結果的に、本など読まず時間をかけず、効率的に社会的な地位を得る競争に邁進する世の中になった。ますます競争から降りられず、ますます大樹に依存して、自立からは程遠くなった。」

「それでも私は、松岡正剛のつくってきた編集工学研究所の仕組みと、その私塾であるイシス編集学校に、望みを託している。なぜならそこでは、本を読むこととみずから書くことのなかに、絶対とも言える信頼を置いているからだ。「千夜千冊」は1850冊を数えた。つまりは1850の扉をもっている。その扉の前に立ちその扉を開けることで、古今東西の無数の本の世界に一歩を踏み出せる。」

「本を読むとは、みずからの座標軸を得ること。それは世界という座標か、宇宙という座標か、無限につづく時間の座標か? 1850の扉の向こうに、さらに扉がつづいていることを、私は知っている。」