本芝公園は「芝浜」、落語「芝浜」 ― 2025/02/08 07:02
港区伝統文化交流館から田町駅の方へ向かい、JR線路の下のトンネルをくぐる。 昔は、JR線路を境にして、外側は海だったわけで、このあたりが「芝浜」で、トンネルを出ると本芝公園がある。 本芝公園は、昭和30年(1955)代末ごろまで、海からの入堀で漁船の船溜りだった。 湾内の小型の魚などが水揚げされる雑魚場(ざこば)と呼ばれた「芝浜」の名残りだった。 芝海老の名や、小魚を芝肴(しばざかな)という語もここから生まれた。 ここが最初の魚市場で、江戸の人口が増え需要が増加、家康が佃島に漁師を呼び、日本橋に魚河岸を開いたという。
落語の「芝浜」は、これを聴かなければ年を越せないというぐらいの、年末の大ネタだ。 従来、三遊亭圓朝が、「酔っ払い・芝浜・財布」でまとめた「三題噺」とされてきたけれど、『圓朝全集』に載っていないことなどから、疑問視するむきもある。 それはともかく、入船亭扇遊が演じた「芝浜」を、私の聞き書きで聴いていただこう。
「お前さん、起きておくれよ」。 こんだけ休んじまってんだから、今日ァ、魚勝でござんす、なんて行っても、ほかの魚屋が入ってるんだい、駄目だよ、なんて剣呑(けんのみ)食って、帰ってくるのがおちだ。 飯台(はんでえ・盤台)は、糸底に水が張ってある、包丁は、お前さんもそこまで料簡がくさってないとめえて、ちゃんと研いで、蕎麦殻ンの中へつっ込んであるから、獲れ立ての秋刀魚みたいにピカピカ、草鞋は、出てます、仕入れの銭(ぜに)は、馬入(ばにゅう)に入ってるよ。 (安藤鶴夫さんの『落語鑑賞』の語釈によれば、「剣呑(けんのみ)を食う」の剣呑は、相撲の「剣の峰」土俵の俵の頂上で、けんつくに同じ。言葉も荒々しくつっけんどんに叱られること。 「馬入(ばにゅう)」は、肩にかついだ天秤棒の、先にさげた盤台のまたの名。魚を入れる。)
磯っ臭せえ匂い、生き返ったようだ、切通しの鐘か、やっぱりいいな。 (一ッ時早く起こされて、行った芝浜で皮の財布を拾い、慌てて家へ。)
汚たねえ財布だ、二分金ばかり。 数えてみな。 チュウチュウタコカイナ、チュウチュウタコカイナ、手が震えて、数えられない。 ヒトヨヒトヨフタフタ、ヒトヨヒトヨフタフタ、四十二両あるぜ。 早起きは四十二両の得、運が残ってたんだ。
「お前さん、起きておくれよ」 今、聞こえるよ、切通しの鐘、明け六ツだよ。 悪い夢、見たんだよ。 夢かな。 夢、だーよー。 俺はガキの時分から、はっきりした夢見るんだよ。 銭を拾って来たのは夢で、長屋の連中を集めて飲んだり食ったりしたのは本当かい。 あの勘定、おっつかねえだろう、死のうか。 なにをいってんだよ、お前さん、しっかりしておくれよ、一生懸命働けば、なんとかなるよ。 借金も、あの金もか、おっかあ、助けてくれ、俺は酒をやめる、家のことは頼むよ、これから河岸へ行く。
魚勝の料簡が、すっかり変わった。 お酒というものは、誰かが止めてくれるのを待っているものだ、私(扇遊)が言うのだから間違いない。 とことんまで落ちると、何かのきっかけで、自分が変わる。 我精に(骨身を惜しまずに)働く、もともと腕のいい魚屋だから、お得意も戻る。 やがて表通りに小さな店を出し、若い衆の二、三人も使うようになる。
三年たった大晦日。 おかみさんは、若い衆をみんな湯に行かせる。 湯から帰った勝五郎、家の中が明るくなったのに気付く。 畳替えしたんか、いいな、畳の匂いがたまらねえな、昔っからよく言うな、畳の新しいのと、かかあの……かかあは古い方がいい。
もう借金取は来ないし、お支払は全部済んでいるよ。 こんな大晦日は、初めてだ。 何年前か、俺が押し入れに隠れていて、出た途端に、米屋の番頭が忘れ物をして戻ってきやがった。 お前が、風呂敷を頭からかぶせた。 米屋は、寒いですね、風呂敷も震えてますよって、言いやがった。
雪が降ってきやがったのか、さらさら音がする。 笹が触れ合っているんだよ。 そうか、湯の帰ぇり、星が降るようだったっけ。 酒の飲める奴は、いいだろうな。 お前さんに、見てもらいたいもの、聞いてもらいたいことがある。
大家さんと相談して、夢ということにした皮の財布の四十二両、前からお下げ渡しになっていた。 今日言おうか、明日言おうかと思って…、すまなかったねえ、私はこれで気が済みました。 ぶつなり、蹴るなり、気が済むようにして下さい。
手を上げてくれよ、いいから手を上げてくれよ、おっかあお前ぇはえれえなあ、銭を使っちまって、お上に知れりゃあ、よくて遠島、お情けで佃の寄場送りだ。 墨入れられて、今頃はコモ被って震えてなけりゃあならなかった。
怒られたあと、機嫌が直るように、お酒の用意がしてあるんだよ。 私が飲んでおくれってんだから、いいじゃないか。 好きなものも、こしらえてある。 そうですか、本当に飲んでもいいのか、俺じゃないよ、お前が飲めと言ったんだよ、ありがてえな。 いいや、よそう、また夢になるといけねえ。
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