エマニュエル・トッドさん「敗北する米国 日本は静観して」2025/05/02 07:03

 朝日新聞の「インタビュー」は2月26日、昨年『西洋の敗北』を出版した仏人類学者・歴史学者エマニュエル・トッドさんの話を聞いていた。 見出しは「敗北する米国」「ウクライナで失敗 社会は退廃的に 産業再建は手遅れ」、さらに「世界史の転換点 地政学的な対立も 日本は静観して」だった。

 『西洋の敗北』は22カ国で出版されているが、英国でも米国でも英語圏での翻訳の話すらないのは、英米にとって不愉快で核心を突いた内容を含んでいることを物語っていると感じている。 ロシアによるウクライナ侵攻は、事実上ロシアと米国の戦争で、米国はロシアに対して屈辱的な敗北を経験しつつある。 米国が主導した経済制裁が失敗し、ロシアは持ちこたえ、同盟国であるドイツなど欧州の方が(ロシアの天然ガス供給カットなどで)より深く傷ついた。 そして2023年のウクライナによる反転攻勢など、米国が支援した軍事作戦が失敗したことが、今日の結果を招いた。

 トッドさんが、米国の敗北を見てとった大きな理由は、米国の産業システムがウクライナに十分な武器を提供できなくなっていたことだ。 日本やドイツと異なり、米国はエンジニアになる若者の割合が非常に低い。 一方、皮肉なことにロシアは経済制裁によって自国の産業を復活させ、(クリミア半島を一方的に併合した)2014年以来、制裁に供えて金融システムなども独自の体制をつくっていた。

 トッドさんは、乳幼児死亡率などのデータを基に、1976年に15年後のソ連崩壊を予測したことで知られている。 乳幼児はどこでも、社会の最も弱い存在なので、それだけに、それぞれの社会の状態を理解し、評価するのにとても重要な指標なのだ。 その乳幼児死亡率は、ロシアでは00年から急速に改善し、20年にはロシアよりも米国の方が死亡率が高くなった。 米国国内の地域的な分析も、非常に興味深い。 日本は相変わらず、世界でも最も低い死亡率を誇っていることに変わりはない。

 現代の米国は、かつてのようなプロテスタンティズムの国ではない。 「プロテスタンティズム・ゼロ」「宗教ゼロ」に向っていると思う。 それは社会、経済、教育など多方面に大きな影響を与えている。 それによって、米国社会は虚無的で退廃的になっている。 トランプ氏も、イーロン・マスク氏も、退廃的なデカダンスだろう。

 保護主義そのものには反対しないけれど、トランプ氏の保護主義政策は成功しないだろう。 関税をかけて外国から製品が入らないようにするだけでなく、国内でその製品をつくれる産業を育てなければ、国民は幸福にはならない。 米国がウクライナに必要な武器を生産・供給できなかったことと同じ現象だが、米国は国内産業を再建できない状態だ。 当面は手遅れだ、なぜなら、技術者や熟練した労働者がいないからだ。 米国は繁栄し、株価も高く、一部の米国人はとても裕福だ。 しかし、ものをつくっているからではなく、ドルという世界的通貨を発行しているからだ。 ドルの力が強いので、逆に中国を始めとした他国の産業に依存してしまうし、優秀な若者は(製造業以外の)より多くの収入を得られる分野に流れてしまう。 米国の繁栄は、国外の産業や労働力に頼っているのだ。

 屈辱的な経験をする米国は、本来はより大切な存在になるはずの弱いパートナー国に対して、まるでいじめっ子のような態度に出ることが予想される。 日本は、当面は、静かに目立たないようにすべきだ。 欧州も、ウクライナの経験から、米国やロシアとの関係を見直すことになるだろう。 また米国は、中国との対立を激化させるかもしれない。 日本にとっても大変難しい状況だが、それでもできるだけ対立には関与しないようにして、自国の産業システムを守ることだ。

 日本は、地政学的な対立に積極的にかかわるのではなく、米国が衰退する世界のこれからを慎重に見守ることが大切だ。 奥ゆかしく、謙譲の精神にあふれたみなさんにとっては、むずかしいことではないと思う。