伊藤公平塾長の年頭挨拶、前半 ― 2026/01/15 08:29
1月10日は、第191回の福澤先生誕生記念会で、三田へ行った。 私の唯一の自慢、1960(昭和35)年に第125回の福澤先生誕生記念会が大阪で開催されたのに、志木高から行かせてもらったのは3年生の18歳、66年前のことだった。 1901(明治34)年2月3日に福沢先生が66歳で亡くなってから、今年は没後125年になる。 先生より18年も余計に生きて、小人閑居、何もできずにいるのが、どうにも恥ずかしい思いがする。
伊藤公平塾長は、年頭挨拶の冒頭、「慶應義塾の年末年始はコレだった」として、花園で活躍した志木高蹴球部のタイガージャージー色の応援タオルを掲げ、拍手を受けた。 12月27日の青森山田との一回戦を、塾長が花園で応援したと聞いている。(全国高校ラグビー一回戦、慶應志木48対12で青森山田に快勝<小人閑居日記 2025.12.29.>、全国高校ラグビー慶應志木高、東福岡高校に善戦健闘<小人閑居日記 2026.1.2.>)
塾長は、昨年、世界のリーダーたちが慶應義塾を訪れたが、それは塾に会いたくなる教授、研究者がいるからだ、と言う。 歴史の厚みがあり、これからにも期待している。 7月、1875(明治8)年の開館から150年になる三田演説館で、ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州連合(EU)委員長がスピーチした。 福沢の説いた「自由と独立」は、19世紀と今日をつないでおり、現在の課題の大切な答だというのだった。(慶應義塾が名誉博士号を授与したEU委員長<小人閑居日記 2025.11.14.>、福沢の「自由」と「独立」の追求は、現在の課題の答<小人閑居日記 2025.11.15.>、欧州と日本のパートナーシップ、学生へのメッセージ<小人閑居日記 2025.11.16.>)
11月、ICC国際刑事裁判所(赤根智子所長)のアジア太平洋学術フォーラムを慶應義塾で開催、アジア太平洋地域の10の大学が集い、国際刑事司法の地域連携、学術的立場から「自由と独立」を協議した。 ICCはプーチン氏やネタニヤフ氏など、戦争犯罪者に逮捕状を出している。 この問題は、19世紀末に重なる。 福沢は『文明論之概略』で、愚かな者に権力を与えると、どんなことも出来るといい、目的を定めて文明に進むの一事、内外の、明らかな独立を説いた。 智徳の進歩に、四章を割いている。 智恵では西洋に立ち遅れている、五官で感じ、好奇心を持って研究、探究するのが大事。 役立つものは受け入れ、害するものは外す。 学問、文学は心を和らげる。 歴史は、今後を明らかにする。
当時の日本は、外国交際病、貿易の搾取、「利を争うことは古人の禁句なれども、利を争うは即ち理を争うことなり」、外国人は利益を求めて、理屈を出してくる。 一人、一人の能力を高める必要がある、「一国の人民として地方の利害を論ずるの気象なく、一人の人として独一個の栄辱を重んずるの勇力あらざれば、何事も論ずるも無益なるのみ」。 昨今の国際情勢、利と理を考えないと、弱肉強食の世界になってしまう、現在進行形の問題である。(この部分は、安西敏三甲南大学名誉教授が、あとの記念講演「福澤諭吉の智徳論―J・S・ミルとの関連を中心に」で、述べたことと一致していたので、それで補った。)
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