山田博雄さんの「福沢諭吉―「両(ふたつ)ながら」の思想家」2026/01/30 07:08

 『福澤諭吉年鑑 52』2025年(福澤諭吉協会)、山田博雄さん(中央大学法学部兼任講師)の「研究文献案内―2024年から2025年へ―」に教えられることが多く、感心した。 冒頭の「福沢諭吉―「両(ふたつ)ながら」の思想家」では、「今年は従来の福沢研究を塗り替えるような作品が登場した。一つは、福沢の西洋思想解読を分析して、その思想の生成過程を探究する研究である。福沢諭吉はいかにして福沢諭吉となったか。同類の研究は以前から存在するが、最新の研究はかつてないほど福沢に内在した理解を示す。(安西敏三本や中村敏子論文)。二つは、福沢の「言語」と「行動」の活動総体をみることによって、福沢に一貫する思想はあるのか・ないのか、あるとすれば何か――これは古から今に至るまで福沢研究の最も根本的な問題のひとつである――を明らかにしようとする研究である。(都倉武之本)。」

 「上記の研究などを通して改めて想起されるのは、第一に、福沢の思考が――別に目新しい考えではないが――きわめて複数主義pluralism的だということである。(必ずしも二つに限らないが、福沢のいわゆる「両ながら」)。善か無かでなく、優先順位の思考であり(「今」の強調)、〝比較級〟の発想である(「悪さ加減」の選択)。その意味で福沢はたしかに「自由」の思想家といえる。「一身にして二生を経る」という19世紀日本の歴史状況が福沢を複数主義的思考に導いたのだろうか。」

「第二は、自らの経験を思想化し得る、福沢の言語能力(とその運用力)である。そして、西洋思想を理解し、それを「今」の日本社会を変革するために、自在な日本語で駆使できたのは、単に頭脳明晰なだけでなく、経験からくる強い感情的反応(「門閥制度は親の敵」)に突き動かされていたからに違いない。知と情の稀有な結合(「両ながら」)。それが福沢の言語能力をさらに鍛え、思考力を持続させた。」

 「第三は、福沢研究の専門家と非専門家との間で、福沢にかんする情報・知識が必ずしも共有されていないのではないかという、素朴な疑問である。もし、この150年の日本社会を考えようとするならば、その「思想的原点」ともいえる福沢について、まずは最小限の共通理解(事実問題についての、解釈問題についての、ではない)が持たれてしかるべきではないだろうか(その点『福沢諭吉事典』は大変便利)。専門家と非専門家との相互交通communicationの重要性と必要性は、非専門家にとってだけでなく、専門家にとっても有益なはずである。」