川越宗一著『絢爛の法』書評「〝満腔の熱血〟井上毅ここにあり」 ― 2026/08/12 07:17
7月27日から30日まで、下記を書いた井上毅(こわし)だが、その評伝小説のあることを、3月28日の朝日新聞読書欄の書評で知った。
皇室典範改正問題と井上毅(こわし)<小人閑居日記 2026.7.27.>
『福澤諭吉事典』の井上毅(こわし)<小人閑居日記 2026.7.28.>
「「明治十四年の政変」と井上毅」その発端<小人閑居日記 2026.7.29.>
井上毅の「人心教導意見案」<小人閑居日記 2026.7.30.>
その本は、川越宗一著『絢爛の法』(新潮社)で、「〝満腔の熱血〟井上毅ここにあり」という評者は書評家の吉田伸子さんである。 井上毅の毅を「こわし」と読むことも、大日本帝国憲法を起草した主要人物だったことも、知らなかったほど歴史に昏(くら)いという吉田さんだが、没入して読んでしまう熱量が、この本にはあるという。
「江戸末期、陪々臣(下級武士)の三男に生れた井上毅は、肺病を病むほどまで身を削って学問を修め、大久保利通や伊藤博文に見いだされた。」
「明治28年、51歳で没した際には「満腔の熱血を灌(そそ)ぎて国家の為めに竭(つく)せし」「洵(まこと)に痛惜すべし」と当時の新聞で称賛を惜しまれなかった毅だったが、牧野伸顕(のぶあき)はこう振り返る。「(井上は)宴会ではいつもひとりぼっちで、挨拶もろくにできず、愛想もなく」「はっきり言えば、手放しで称賛されるような為人(ひととなり)ではない」。だが、「井上毅はたしかに熱血漢だった」「熱血はひたすら仕事に注がれていた」、と。」
「その人生のほとんどを「法」に捧げた毅の生き様が、明治の要人とのかかわりとともに描かれていく。下野した西郷隆盛が起(た)った時、「キチノスケサァ」「俺(おい)ニ、オハンヲ討テチ言(ゆ)カ」と嘆いた大久保利通。毅の「ネッキタイ」を締め上げながら「無辜(むこ)の人間を短慮で殺(あや)めた俺は、たぶん碌な死にかたはせん。だからせめて、死ぬまではまっとうでいたいと思っている」と詰め寄った伊藤博文。」
「教科書で得た知識でしかなかった彼らが、物語の中で血肉を得、生身の人間として泣き、怒る。曲者だらけの男たち、彼らの血は、日本という国造りのために流された。」
「600ページを超える長大な物語だが、白眉は、敗戦後の日本国憲法施行の当日であり、序章に呼応する終章だ。牧野は思い起こす。「不磨の憲法など作っていない」と言う毅に、では、何を作ったのか牧野は問う。その答えが、胸の奥に突き刺さる。「呪われるべき憲法を、そうとも知らず、幸あれと願いながら産んだ人々」を思い牧野が流す涙は、私の頬をも濡らした。」
皇室典範改正問題と井上毅(こわし)<小人閑居日記 2026.7.27.>
『福澤諭吉事典』の井上毅(こわし)<小人閑居日記 2026.7.28.>
「「明治十四年の政変」と井上毅」その発端<小人閑居日記 2026.7.29.>
井上毅の「人心教導意見案」<小人閑居日記 2026.7.30.>
その本は、川越宗一著『絢爛の法』(新潮社)で、「〝満腔の熱血〟井上毅ここにあり」という評者は書評家の吉田伸子さんである。 井上毅の毅を「こわし」と読むことも、大日本帝国憲法を起草した主要人物だったことも、知らなかったほど歴史に昏(くら)いという吉田さんだが、没入して読んでしまう熱量が、この本にはあるという。
「江戸末期、陪々臣(下級武士)の三男に生れた井上毅は、肺病を病むほどまで身を削って学問を修め、大久保利通や伊藤博文に見いだされた。」
「明治28年、51歳で没した際には「満腔の熱血を灌(そそ)ぎて国家の為めに竭(つく)せし」「洵(まこと)に痛惜すべし」と当時の新聞で称賛を惜しまれなかった毅だったが、牧野伸顕(のぶあき)はこう振り返る。「(井上は)宴会ではいつもひとりぼっちで、挨拶もろくにできず、愛想もなく」「はっきり言えば、手放しで称賛されるような為人(ひととなり)ではない」。だが、「井上毅はたしかに熱血漢だった」「熱血はひたすら仕事に注がれていた」、と。」
「その人生のほとんどを「法」に捧げた毅の生き様が、明治の要人とのかかわりとともに描かれていく。下野した西郷隆盛が起(た)った時、「キチノスケサァ」「俺(おい)ニ、オハンヲ討テチ言(ゆ)カ」と嘆いた大久保利通。毅の「ネッキタイ」を締め上げながら「無辜(むこ)の人間を短慮で殺(あや)めた俺は、たぶん碌な死にかたはせん。だからせめて、死ぬまではまっとうでいたいと思っている」と詰め寄った伊藤博文。」
「教科書で得た知識でしかなかった彼らが、物語の中で血肉を得、生身の人間として泣き、怒る。曲者だらけの男たち、彼らの血は、日本という国造りのために流された。」
「600ページを超える長大な物語だが、白眉は、敗戦後の日本国憲法施行の当日であり、序章に呼応する終章だ。牧野は思い起こす。「不磨の憲法など作っていない」と言う毅に、では、何を作ったのか牧野は問う。その答えが、胸の奥に突き刺さる。「呪われるべき憲法を、そうとも知らず、幸あれと願いながら産んだ人々」を思い牧野が流す涙は、私の頬をも濡らした。」
コメントをどうぞ
※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。
※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。
※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。