鴨下信一著『誰も「戦後」を覚えていない』の美空ひばり2026/03/13 07:16

 昨日の「獅子舞」の宮尾しげをさんの解説に「30年ほど前(戦前、昭和14年頃になる勘定)は、新潟県から越後獅子というものが出てきたが、これは少年が演じることから、未成年者就業禁止令で現今では見られなくなった。」とあったが、美空ひばりに「越後獅子」という歌があった。 「教科書を墨塗りしたという、敗戦を学校や集団疎開で迎えた少し上の世代とは、終戦直後の時代に対する感じ方が違うのだろうと思う。」と昨日最後に書いたが、昭和10(1935)年生れというから、私の六つ上の、鴨下信一さんに『誰も「戦後」を覚えていない』(文春新書・2005年)という本がある。 鴨下信一さんは、東大美学卒・TBS相談役・演出家と奥付にある。

 その一章に、「美空ひばりへの愛情―日本の心とアメリカへの憧れ」があり、戦後をテーマにして、美空ひばりのことを書かないわけにいかない、と始まる。 昭和の最後の年に自分の生涯の幕も降ろしたこの戦後昭和の〈国民的大歌手〉について、ぼくたちはすっかり忘れていることがある、というのだ。 「日本人はひばりをいじめたことを忘れている」。 ほぼデビュー以来の芸能生活全生涯にわたって、美空ひばりはいじめられ続けた、という。

 「英語っぽく唄うからいじめられた」。 「ひばりが〈いじめられた〉のは、結局このことではなかったか。日本の、もっとも日本人らしい歌詞内容の歌を、ほとんど気がつかないほど巧妙に英語っぽく唄う――これでいじめられないわけがない。しかしこの唱法こそ、ひばりが幼いときからなじみ、望んでいた歌い方だった。」

 「流行歌をコマッシャクレた子供が歌って好感を得るわけがない。」 「戦後すぐは童謡の一大流行期だった。「里の秋」(昭20)、「みかんの花咲く丘」(昭21)、お星さまピカリの「お星さま」などのいまだに歌われている童謡、連続放送劇『鐘の鳴る丘』の主題歌「とんがり帽子」、川田正子・孝子のような童謡歌手のスターも生まれた。童謡でなくても、「雪山讃歌」「夏の思い出」「雪の降る町を」「真珠」「高原列車は行く」「白い花の咲く頃」等々、健康で純粋なアカデミックな歌が求められていた。戦後流行歌第一号の「リンゴの唄」だって、ずいぶんクラシック調だ。」