柳亭市馬の「お化け長屋」後半 ― 2026/09/10 07:13
オーイ、誰かいるか! 誰もいないのか。 死に絶えたか。 早く、出て来いよ。 えーてる家を、借りてやろうってんだ。 大家の家を、聞いているんだ。 あいにく遠方って、ゲーコクか? 差配人がいる、突き当りの四ツ目垣の所に住んでる、この長屋の草分け、「古狸」の杢兵衛さんで。 「古狸」か、碌なもんじゃないな。 親方のところに居候しているが、カカアが来るんだ、吉原から。
狸の家は、ここか? 杢兵衛ですが。 タヌモクか。 店賃はどうなってる。 店賃はない、どうしても払いたければ別だが、住んでくれるだけでいい。 おい、本当か。 夢みたいな話だな、本当かい。 お化けが出んのか? どうぞ、お上りなさい。 何だ、その手つきは……。 膝の上に乗らないで下さい。
三年前、三十二、三の器量のいい後家さんが、小金を貯めて住んでいました。 お前も言い寄っていたんだろう、水を汲んでやったりして。 桐の葉も落ちる、秋の末の頃……。 テキパキやれ。 泥棒が入った。 どこから? 物を盗って風呂敷包みにし出ようとして、四畳半のおかみさんの寝姿が目に入った。 ムラムラと来て、掻巻の胸元に手を入れた。 オッパイさわったな! 乗り出しちゃあ、いけません。 おかみさんが気づいて、ドロボウ! っと、怒鳴った。 たぶさ(髻)をつかんで引き寄せ、呑んでいた匕首で乳の下をブスリと一刺し、これが致命傷。 お前が、やったな、そんなに詳しく知っているのは。 自首しろ、付き添ってやる。 泣いてるな、脅かしただけだよ。
翌朝、駆けつけると、見るも無残、あたりは一面血の海だった。 その後、誰が越して来ても、三日、四日と持たずに、逃げ出すように越して行く。 二日、三日は何もないが、雨のしとしと降る晩など…。 夜も更け渡り、遠寺の鐘がボーンと鳴ると、仏壇の鉦がひとりでチーンと鳴る。 陽気で、いいじゃないか。 障子に女の長い髪の毛の当たる音がサラサラ、障子は音もなくスーッと開く。 それから、どうした。 後家さんの幽霊が、ケタケタケタと笑う。 愛嬌があって、いいな、引っ越してくるから。 冷たい手で(と、濡れ雑巾で、顔をなでようとすると)、何をするんだ(と、雑巾をひったくって、杢兵衛の顔をなでた)。 越して来るから、掃除しておけ。
さっきの奴、嬉しそうに通ったが。 怪談噺、駄目だった。 この雑巾、臭いんだよ。 店賃、お前と二人で払おう。 さっきの下駄履いて、がま口も、持って行っちゃった。 二匹目のドジョウはいない。
越して来た、有難いねえ、占め子の兎だ。 自分の家だ、カカアも来るんだ。 人間の掃除、湯へ行って来る。 隣に声をかけて。
野郎、引っ越して来た。 湯へ行っている。 驚かして、追い出そう。 上がって、待っていよう。 家賃はタダだが、レキが出る。 試してみよう、ドキッとするか。 みんなで、やろう。 岩さん、行燈の灯を細くして。 義さん、戸棚に隠れて。 伊之さん、建具屋だから、細引きで障子を動かす。 鉄さん、金槌で、頭を叩く。 やろう、やろう!
湯はいいな、銭湯は裏切らない。 チーン! 鳴ったよ。 初日から、来るんかい。 障子が、音もなくスーッと開く。 慌てて、表へ逃げた。
辰公の所か、親方の所か。 親方は、仰向けに寝て、按摩さんの杢市さんに、脚を揉んでもらっている。 親分、ここに置いて下さい、化け物屋敷だ、初日から出た。 幽霊は、骨がある。 俺が一緒に行って、見てやる。
みんなで来たぞ。 ずらかろうか。 按摩さんの杢市さんだ。 まいど、ご贔屓に、金さん、留さん、広さん。 按摩さんも来たのか。 幽霊役は、寝てろ。 モモンガー! 親方に、療治代二倍もらえるっていわれて、一杯食った。 (杢市が幽霊を揉んで)足も腰も、逃げて行っておりますから。
(聞き方が悪かったのだろう、この落ち、よくわからず、いい加減だ。わかった方は、ご教示を。)
柳亭市馬の「お化け長屋」前半 ― 2026/09/09 07:18
怪談噺は、夏の風物詩で(と、お茶を飲む)。 芝居噺は、彦六の八代目正蔵、弟子の正雀が道具から何やら受け継いでやってる。 大人の紙芝居。 前座が、幽霊になって客席に出る。 「四つ時(午後十時)に出る幽霊は前座なり」。 八代目正蔵は、「はて、恐ろしき執念じゃなあ」で終わり、明るくなってカッポレを踊った。 晩年の彦六は、五分しかやらない。 そろりそろり高座に出てくるのに五分、帰るのにも五分。 負ぶって出ればいい、板付きもあるだろうというけれど、お客さんは文句を言わない。 それに接することが出来たのは、宝だ。 先代の柳朝師匠は、入ったばかりの前座の名前を、すべて覚える。 それが嬉しい。 下の者に返そうとするのだが、忘れる。 同じ顔に見える。 違いが分かるのは、例えば、桃月庵白酒しか…。
杢さん、ひどいよ、うちの大家、言い方がひどい。 前の空き家、沢庵の樽を入れたり、夕方、洗濯物を竿ごと突っ込んだりしているだろう。 それを、荷物を片付けろ、店賃の割り前を取るぞっていうんだ。 文句は言えない、店賃が六つ溜まっている。 空き家の方が都合がいい、どうなっているのかと聞きにくるのが、多い時は5、6人いる。 じゃあ、差配人だと言って、俺のところへ寄こせ、何とかするよ。
ごめん下さいまし、通行の者ですが、前の家を拝借したいんですが? 大家は遠方で、差配人がいる。 突き当りの四ツ目垣の所に住んでる、この長屋の草分け、「古狸」の杢兵衛さんの所へ行きなさい。 ごめん下さいまし、前の空き家のことで、伺いたい。 日当たりがいい、小上がりに、六畳に四畳半、造作も付いている。 敷金、前家賃は? いらない、月々の家賃もねえ。 どうしても払いたければ、別だがね。 どうして店賃がない、訳があるんですか? この話は、気乗りがしないんだが、一応、お話しましょう。 どうぞ、これへ(と、変な手つきで上に上げる)。
三年前、三十二、三の器量のいい後家さんが、小金を貯めて住んでいました。 桐の葉も落ちる、秋の末の頃、泥棒が入った。 物を盗って風呂敷包みにし出ようとして、四畳半のおかみさんの寝姿が目に入った。 ムラムラと来て、掻巻の胸元に手を入れた。 おかみさんが気づいて、ドロボウ! っと、怒鳴った。 たぶさ(髻)をつかんで引き寄せ、呑んでいた匕首で乳の下をブスリと一刺し、これが致命傷。 随徳寺をきめた。
翌朝、駆けつけると、見るも無残、あたりは一面血の海だった。 その後、誰が越して来ても、三日、四日と持たずに、逃げ出すように越して行く。 三日、四日は何もないが、雨のしとしと降る晩など…。 夜も更け渡り、遠寺の鐘がボーンと鳴ると、仏壇の鉦がひとりでチーンと鳴り、障子に女の長い髪の毛の当たる音がサラサラ、障子は音もなくスーッと開く。 後家さんの幽霊が、ケタケタケタと笑う。 これで、失礼します。
オヤッ、逃げ出したよ。 下駄、置いてったよ。 がま口、落として。 杢さん、うまく行ったな。 冷たい手で、と隠しておいた濡れ雑巾で、こう顔をなでてやったんだ。 俺に、やるな。(と、羽織を脱ぐ)
桃月庵白酒の「綿医者」 ― 2026/09/08 07:09
白酒は、桃色の羽織、薄茶色の着物。 お医者さんは、噺家と似ている。 ふた通りがある、外科系と内科系。 外科系は、職人に近い、数をこなす。 内科系は、口先だけで、何とかする(噺家に近い)。 問診で、分かる。 咽喉が痛くて、咳が出る、熱っぽい。 風邪だね。 患者は、それで安心する。 自己治癒力が高まる。 安心させる仕事だ。
高血圧、大きな病院に紹介状を書く。 行かないと、その内に倒れるから。 面倒な患者、身体中が痒いと、言って来た。 悪い病気か? 全身を診たら、指の骨折だった。 薬で治る、処方箋だけあればいい、という患者もいる。 あなた、起きて、起きて! 睡眠薬を飲む時間でしょ。
身体中、もやもやしているんですが。 体温を測りましょ、口で。 何時ぐらいから、もやもやしてるんですか? 無言(口にくわえている)。 580! 万歩計でした。 レントゲンを撮りましょう。 節子さん、ガラスを拭いて。 バリウムがない? 牛乳はあるだろう。 レントゲンを撮ったら、だいぶイカレテル、手術ですね。 節子さん、台を拭いといて。 ゴム手袋を……、名前はわからない。
切りますよ。 だいぶ、ひどくなってます。 内臓を取り出そう、心臓はこれ。 死なないでしょ。 レバーに、ヒモだ。 治療して、綿をつめます。 オーガニックですから、大丈夫です。 今更だけど、麻酔する? まつり縫い、しときましょ。 縫いぐるみみたいだ。 すっきりしたでしょ。 内臓は、一週間できれいにして、戻しますから。 何でも、好きなようにしていていいです。 でも完治したと、勘違いしないように。
手術、早く済んで、よかった。 一杯やりましょう。 つまみは何? 揚げ物、とんかつ、コロッケ。 ビール最高! 煙草、ないですか? 煙管とは、渋い。 火玉を吸い込む。 アッチッチ! どうしたの? 胸が焼ける。 アッチッチ! 綿に、揚げ物だ、それに火が付いた。
桂吉坊の「幸助餅」後半 ― 2026/09/07 06:54
雷は、どこにいるんです。 ここにおりますわい。 お久し振りやな。 話は聞いてましたか。 そのお金、返してくれませんか、今日は拝みます。 (雷は)一文も返すわけにはいきません。 こっちは芸人、そちら様はご贔屓様、下げた頭が承知しない。 諦めてもらいましょう。 本気で言っているのか、雷は性根がきれいだと思って、贔屓していた。 贔屓などと言ってくれるな(と、幸助を突き飛ばす)。 ついた餅が、尻もちじゃ、アッハッハ! 帰るぞ、夕立、暗闇、ついて来い。 (お咲は、)しょうがない、帰りましょ。 お咲、すまん。 くやしい、と長屋へ。
お咲は、新町の三つ扇屋の女将から、もういっぺん三十両借りた。 これは、お咲さんに貸すんだ、と。 それから、この夫婦の働いたの、働いたの、くるくると働いた。 担ぎの餅屋から始めて、客もだんだん戻ってきた。 幸助餅の暖簾を掲げ、三年の年季も待たずに、お袖も帰って来た。
福田屋さんから、餅一式の注文だ、忙しくなるぞ。 ごめんなはれ、餅を売って下せえ。 (雷)妙なところで会いましたね。 どちらさんで? 五郎吉、ゴロツキに、金を使い、相撲の太鼓を聞くのも嫌だ。 餅屋は餅屋、餅を売ってくれ、商売だろ。 何の餅? 水餅を一つ買うてやる。 よう味わうて、食うてくれ、銭はもらえない。 大関の名が廃る、三十両で買うてやろう。 旦那様、以前、大阪に戻った時……、お受け取り下さいませ。 旦那様、よう御辛抱なされました。 帰れ!
そのお金、ぶつけるようでは、罰が当たります(と、三つ扇屋の女将)。 二度目におかみさんにお貸ししたお金、雷関が持ってきたんです。 心にもない嘘を言ったと、大きな体で涙を流して、言うた。 一日も早く、旦那様に返してもらいたい、と。 自分が持ってきたことは、言うてくれるな、と。 幸助さんご夫婦が働いて働いて……、その商売も、雷関が頭を下げて回ってくれた。 相撲取が、注文取りをした。
そうだったのか、帰れなどと言うてしまった、これからもよろしく頼む。 こちらこそ、よろしうお願いします。 お互いの、詫びがかなった。 雷がとっさに、言う。 身代ふくれる筈だ、餅屋の主(あるじ)だもの。
桂吉坊の「幸助餅」前半 ― 2026/09/06 07:25
見台と膝隠しを置いて登場の、緑色の着物と羽織の桂吉坊、この会はアウェーの感じがする、ああいう大阪弁は腹が立つ、と笑う。 ご贔屓は有難い。 最近は、推し活、積極的に活動する人は、半分以上の興行に通われるそうで。 大阪の芝居は、二か月変わらんことがある。 寄席の興行は一週間、木曜になると、噺家が飽きる、というのに。
相撲も贔屓が多い。 大阪場所はチケットが取れない。 相撲は、一番に命を懸けている。 噺家を26年やっているが、命を懸けているのを、見たことがない。 こちらは、そんなに重くなくてもいい。 相撲の贔屓は、お金もいる。 大黒屋幸助という餅米問屋、若旦那が親の金を使い果たして、とうとう店を潰してしまった。 新町の三つ扇屋の女将が、三十両お貸し申し上げます、これは妹のお袖ちゃんが、身を売ってこしらえたお金、三年年季で店には出さず、私の妹分として身の回りの世話をしてもらう、万一返さなければ、鬼になって店に出す、と。 相済まんことです、もう一度大黒屋を立て直すため、相撲を忘れて励みます。
店の若い者が、大門までお供します、と。 (ボーーン!と、鳴り物が入り、)生来の相撲好き、雷(いかずち)五郎吉が贔屓で、出世していく、勝ち祝い、験直しと大金を出していた、三年前江戸へ修業に行ったが、あとの祭り、ノコッタ!のは借金だけで、浴びせ倒された。 思い出すのは、浦風との一番、びっしりの見物人だった。 雷が下手を取って押した、浦風は右上手をつかんで土俵際まで寄る。 雷は、腰が強い。 店の若い者が、わたいを投げ飛ばしてどうします、と。 もう、大門が見えてきた。 サイナラ、ごめん! ボーーン!
その声は、大黒屋の旦那さんでは? お前は、雷、何でここにいる、夕立、暗闇も、一緒か、大阪に帰ってきたのか。 百三十里の道を帰って来ました、三年ご無沙汰しましたが、江戸の相撲で大関になって参りました。 よくやった。 雷は、日本一の相撲取だと思っている、よくやった。 お店に伺いましたが、店も人も様変わりで。 広い所に、宿替えしたんだ。 来月十日から、大阪本場所が始まります。 そうか、何も出来んが、ここに三十両ある。 御無用になさいませ。 祝儀だ。 それでは有難く頂戴いたします。 御寮さん、妹御さんは、お達者で? 達者にしているよ。
わし、何をしたんだ? しもうた、どないしょ、家にも帰られへん。 (心配した女房が迎えに出ていて、)お咲か。 あんた、どないしたん。 三つ扇屋の女将さん、お金を貸してくれはったんでしょ。 家へ帰りましょ。 帰られへん。 お金どないしたん、盗られたんか。 渡した。 誰に? 雷に。 ただのお金と、違いますよ。 会うてしもうたんや、雷に。 何で渡したんや、返してくれと言いなさい。 そんなことしたら、男が廃る。
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