桃月庵白酒の「付き馬」後半 ― 2025/06/06 07:01
田原町に、おじさんがいる。 勘定が揃えば、いいんだろ。 笑って、笑って、仲良くやろうじゃないか。 言いづらかったのは、おじさんが早桶屋なんだ。 はかがいくって、申します。 借りた金のほかに、お前さんにお礼がしたい。 その帯がいけない、先が猫じゃらしになってる、帯源の帯、献上のがある、一度締めただけの、それをあげよう。 あそこ、あそこ、難しそうな顔してるのが、おじさんだ。 ハナは小言が入る、大丈夫、大丈夫、お前さん、ここで待っていて。
(大きな声で)おはようございます、おじさん、おじさんにお願いがあって、伺いましたんで。 聞こえてるよ、何だい。 (小声で)おはようございます、あの男、電信柱のところにいる、ゆんべ、あいつの兄貴が腫れの病で亡くなりまして。 太っているところに、腫れの病で、もうバカに大きくなっちゃって、普通の早桶じゃあ、間に合わない。 で、図抜け大一番小判型ってやつを、どこでも断られて、ほとほと困っている、(大きな声で)こしらえていただくという訳にはいかないでしょうか、おじさん。 はい。 こちらのお客さんだ。 職人が面白そうだと言ってるから、こしらえてやろう。 「ちゃんと、こしらえてやる、と言ってやって下さい」。 「ちゃんと、こしらえますんで!」 私は、用があるから帰りますんで、出来たら渡してやって下さい。
お世話になります。 これも商売ですから、おかけになって、ちょいと手間がかかるかもしれませんよ。 このたびは、とんだことでございましたね。 けっこう、よくあることで。 だいぶ長かったんで? ゆんべ一晩で。 急に来た? ふいに、いらっしゃいました。 驚いたでしょう? べつに驚きやしません、来るなと思いました。 夜分はいい塩梅で、朝方、行っちゃったりするんだよね。 恐れ入ります、ヘッヘッヘ! どうでした、通夜の具合は? 芸者、幇間をあげて、どんちゃん騒ぎ。 仏様は喜んだでしょう? 素っ裸で、カッポレを踊ったりして。 お前さん、気を確かに、落ち着けよ、そうだ何か、つく物があると言っていたな。 ああ、帯です。 そう帯か、笠はいいか。 笠のことは、おっしゃっていませんでした。 どうやって、お持ちになります? 懐に入れて…。
急ぎの仕事で、まあ、こんなものですが。 これは立派なもので、大きい早桶ですね、どういう方の、ご注文で。 どういうって、お前さんが誂えたんだ。 兄さんが、ゆんべ腫れの病で亡くなったんだろ。 アレがそう頼むから、こしらえたんじゃあないか。 さっきの人は、おたくの甥御さんでしょ? 知らねえ奴だ。 でも、あの人は、「おじさん、おじさん」って言ったら、返事をしていた、こしらえてやると言っていたじゃないですか。 おじさんて言われれば、返事をします。 アーーッ、やられちゃった。
私は吉原(なか)の若い者で。 お前さん、馬かい。 逃げられたんじゃねえか、間抜けだな。 うちも困る、こんな風呂桶の化け物みたいな早桶、他に売り口がねえ。 騙されたんだな、職人の手間は負けとこう、木口の代だけ二円置いていけ。 いいから、担がせてやれ。 大門をこんなもの担いで通れない、縁起でもない。 何を、この野郎、おれんとこの商売にケチをつけるのか。 お前がドジだから、こんなことになるんだ。 みんなで、背負わせろ。 二円はおろか、一文もない。 おい奴(やっこ)、吉原(なか)まで、馬に行け。
桃月庵白酒の「付き馬」前半 ― 2025/06/05 07:08
打ち上げには行かない、そちらがメインになっちゃうから。 楽屋で、何分で終わるの兄ちゃん? 30分。 そんなに長いの。 何でもいいよ、と言われても、チャーシューメンでなくラーメンから。 ドンペリでなく…。 師匠の雲助は、わかってない。 焼肉、行こうか、なんて言う。 ステーキ、カルビ、馬鹿な値段、驚くくらいの金額になる。 好きなもんを頼んで、というけれど、名前も知らない。 カード、これで、というと金持という感じ。 真打になるまで、カード作れなかった。 審査に落ちた。 楽天でさえ、落ちた。 カードも、万能じゃない。 月々のお金が、銀行にないと、使えない。 前座さんに、お金貸して、なんて言う。 現金がないと、どうしようもない。 寄席の近くの呑み屋。 どこの弟子? と、聞かれる。 さん喬の…、とかワンクッション置く。 権太楼なんて言わない、ふざけんな、と言われる。 友達が来るまで待つ。 例えば、食事だけじゃ駄目な所、あやしげな店がある、鈴本の裏のあたり、雑居ビルのすべてがそれ、アッと思う。 非常階段を、見ておく。
昔、馬と言った。 馬道という地名があるように、馬に乗って大門まで行けた。 そこで待っている馬子さんに、お金を取りに行ってくれないかと、駄賃をやって頼んだ。 持ち逃げする者が出て、ある時から、若い衆が取りに行くようになった。
いい妓が揃ってます、ご愉快願えませんか。 遊びたいけど、懐がね。 お安くしておきますよ。 ないんだ、お足が。 またまた。 伯母さんが金貸しで、代わりに仲之町の店に金を取りに来た。 取りに行けば金はあるけれど、伯母さんの金だ。 遊びは、間(ま)のもので、遊びたい時に遊びたい。 気持はわかります。 お互い、歩み寄ろうじゃないか。 こちらだけのような気もしますが。 貸していた金を取りに行こう。 ご内所に相談します。 そういうの、いや、じゃあ帰るよ。 とりあえず、登楼(あが)って下さい。 登楼っていいの、登楼るよ。 お登楼りになるよ! 酒、台の物、芸者、幇間をあげドンチャン騒ぎ、たいへんな散財。
お早うございます。 腹蔵なく、遊ばせてもらったよ。 内所もお喜びで。 で、何、お勘定。 一筆書くんだが、印形を忘れた、店はすぐ近くの仲之町だから、付き合ってもらえないかい。 お供します。
朝の吉原、だーーれも、いないよ。 アーーッ、眠ってるんだ、あそこの店、寝てる、寝てる、ぐるっと回ってこよう。 こんなに道、広かったかね。 犬っころが、いますよ。 そうこうする内に、大門、土手に上がろう、いい気持だ。 心が洗われるようだ。 お湯屋だ、ちょいと、つきあってくれないか。 手拭とシャボン、お前さん、立て替えて。
さっぱりしたところで、豆腐屋で一杯やるか。 湯豆腐二人前と、お銚子を二本、付き合いなよ。 すみません。 いい飲みっぷりだ。 なかなか、いいお店だな。 お銚子、十五本並んだところで、八十三銭、お前さん、立て替えて。 ありません。 湯屋で払う時に、後ろに立って、財布の隅に一円札が畳んであるのを見たよ。 お釣りは、いらない。
食後の運動に、ちょいと歩くか。 朝の風千両という、元気を出しなよ。 餃子に、生ビールか、瞬冷式のサーバーがうまい。 藤棚だ、右に曲がると演芸場、白酒は出ていない。 瓜生岩子の銅像、日本のナイチンゲールって云われた人だよ。 人形焼の屋台、いい匂いだ。 元気出しなよ。 観音様、十八間四辺、鳩は平和の象徴だっていうけれど、嫌いだ、目が笑ってる。 餌売りのおばさん、鳩が台に乗ると棒で叩く、鳩で生計立ててるのに。 仁王門だ、みんな仁王に紙つぶてをぶつけてる、股倉を狙って。 人形焼は亀屋が好き、店の横には卵の殻が積んである、商売がうまい、三日分らしい。 紅梅焼は梅林堂、門もないのに雷門、御一新の頃まではあったらしい。 電車通り、ボギー車に乗ってみたい。
あんた、喋り過ぎだ、どこへ行こうってんだ。 お前さん、こわもてになっちゃって、悪い料簡だ。 わかってるよ、勘定だよ。 出来るところを探してる。 田原町に、おじさんがいる。 勘定が揃えば、いいんだろ。
八光亭春輔の「柳の馬場」 ― 2025/06/04 07:03
八光亭春輔(はるすけ)、彦六の林家正蔵の弟子で、あとむ、照蔵から昭和54年に八光亭春輔になったという、78歳。 黒紋付に、絽の着物だった。 「舌三寸は災いの元」、国会議員の先生も緊急記者会見を開くと、新しいほころびが出て、身動きが取れなくなったりする。
殿様。 杢市、そなたの療治で世間話を聞くのが面白い。 甘い物が好きか。 一献やってるところだが…、どうだ。 酒も大好物で。 私は宮本武蔵、両刀遣いで、ヘッヘッヘ。 目界の見えない者は、至らぬ者でして…。 夜、曲がり角で人にぶつかった、すると一丁ほど先で、長い竿竹で頭をポカポカやられた。 それで武道を学んでおります。 剣術は一刀流、免許皆伝で。 素晴らしい。 柔(やわら)は起倒流、免許皆伝で。 お客様の身体を触るので、急所を知っている。 槍は宝蔵院クダ流、免許皆伝。 薙刀は静(しずか)流、免許皆伝。 弓も日置(へき)流、免許皆伝。 待て待て、杢市、弓は矢を引いて放つもの、目界の見えぬ者は、どこに的があるのか、わからぬではないか。 足の踏みよう、呼吸の整え、心眼で、金的を射通します。 心眼か、さもありなん、恐れ入ったな。 どう仕りまして。 急に静かになりましたが、厠にでもお立ちかな。
御当家は、馬術では三河以来高名な御家、立派な馬場に馬のいないのが残念でして。 ひと鞍攻めて御覧に入れるのには、荒馬がよろしゅうございます。 乗りこなす馬がいりゃあ、腕前をご覧にいれられるのですが、残念で。
先だって、仲目虎次郎がやってきて、見込んだ馬を連れて来てやると言い、四五日経って連れて来た。 試しに乗った者が、わずかな隙に振り落とされて、肩口に噛みつかれた。 そちに、ひと鞍攻めてもらおうか。 私、ちょっと用があるのを、急に思い出して…。 馬、引けーーッ! 喜べ! 実は、講釈場で聞きましたものを、並べましただけで。 杢市を馬場まで案内して遣わせ。 パッパーーッと、杢市を馬に乗せると、後ろから鞭をビシーーッ! 馬はいきり立って、ヒヒーン! どうか、誰か助けてください! 馬場を半廻りして、柳の枝に、盲人が触れて、ぶらさがった。
手を離すなよ、隣家との境が、深い谷になっている。 材木や石ころで、脳天を打ったら、即死だ。 どうぞ、お助けを! 手を出すことは、できん。 ならば、こういたそう、足場を組んで、その方を下ろす。 これから、鳶の者に使いを出す。 明日の昼前には、足場ができるだろう。 腕が痺れて参りました。 潔く、往生するか。 妻子が路頭に迷います。 長年のよしみだ、当家で養って遣わす。 潔く、往生遣わせ! アッ、アッ、腕が、抜けそうで! 南無阿弥陀仏! 地ベタとの間は、たった三寸だった。 「舌三寸は災いの元」というお噺で。
柳家さん喬の「水屋の富」後半 ― 2025/06/03 06:55
清兵衛さんは、酒を飲んで寝た。 おい、起きろ! 盗ッ人だ、八百両、これに出せ。 子分に、あとを付けさせたんだ。 このドスが、目にへえらねえか! アーーーッ! 夢か。 竹竿で縁の下を確かめる。
トロトロッとしたら、今度は、違う盗ッ人だ。 また夢だ、寝てられねえや。 竹竿で縁の下を確かめて、水を売りに行かなきゃあ、と出かける。 長屋の入口に、見慣れねえ奴がいる、俺の顔を見て、目をそらしたぞ。 八百両、八百両…。 いけねえ、遅くなっちゃったよ。
ちょいと水屋さん、刻限通り来てもらわなきゃ、困るんだよ。 うちは赤ちゃんがいるんだよ。 明日から、きちんと参ります。 湯に行って帰り、竹竿で縁の下を確かめて、酒を飲んで寝る。
石川五右衛門と一緒に釜茹でにされ、弁慶に薙刀で首をスッポーーンとやられる夢を見る。 竹竿で縁の下を確かめて、出掛ける。 見慣れねえ女がいる、見張りか。 なんだ、あの女、男とイチャイチャしている。 見慣れねえ八百屋だ、見慣れねえ犬だな。 ちょいと水屋さん、刻限通り来てもらわなきゃ、困るんだよ。 うちには年寄がいるんだよ。 湯に行って帰り、竹竿で縁の下を確かめて、酒をチビリチビリ。
盗ッ人が、列をつくっている。 中国人が、マネー! マネー! と言う。 寝ちゃあ、いられない。 すいません、すいません、明日からちゃんと参りますので、ペコペコ。 八百両、八百両…。
清さん、開けてくれねえか、ここ開けてくれ。 俺だよ、六だよ。 何だい六さん、こんな夜中に。 何だい、長屋のみんなも。 清さんは、どうするんだ? この長屋、みんな店立てをくらってるんだ。 大家が小豆相場に手を出して、しくじったんだよ。 清さん、この長屋買っちゃあくれねえか。 みんな知ってるんだよ、湯島の富で八百両当たったって。 買ってくれよ! 買ってくれよ! この通りだ、婆さん、爺さん、寝たっきりなんだ。 知らねえよ。 子供が三人、おじちゃん、買って、買って! うるせえな。 アッ、夢か。 早く代りを見つけて、水屋をやめないと。 八百両、八百両…。
あれ、水屋の野郎、縁の下を竹竿でさぐって、ニヤッとしている。 遊び人の熊、博打で取られた帰りに、この様子を見た。 何かあるな。 何でえ、宝を掘りあてた。 すまねえ、水屋。
清兵衛さん。 疲れたなあ、八百両ありゃあ…。 (竹竿で縁の下を確かめ)八百両、アッ、ない。 俺の八百両、ア、ア、ア、あーあ、今日はゆっくり眠れる。
柳家さん喬の「水屋の富」前半 ― 2025/06/02 06:59
本所生れ、子供の頃、吾妻橋の袂でレモン水を売っていた。 50センチほどのガラスの水槽に、黄色い液と、氷を一貫目(3.7キロと言った)と、水(隅田川か公衆便所、どこから汲んできたかわからないけれど)を入れ、まわりに水滴が付いている。 アルミの柄杓で、カランカランとかきまわす、一杯5円、祖父にねだって買ってもらい、アルミのカップで飲む。
水を買う時代が来るなんて、考えもしなかった。 江戸時代、治水を制する国は、国を制するといって、江戸では神田上水、玉川上水で水を引き、水道橋という地名もあって、飲み水を売って歩いていた。 テリトリーが決まっていて、「水ヤーーッ水、冷っこい、冷っこい」と言って売って歩いた、かどうか知りませんが…。 水屋の清兵衛さん、若い時は一荷、二荷と背負って歩いたが、今は儘ならない。
清兵衛さん、頼みがある、富札を買ってくれないか。 二枚、余った、一枚買ってくれ、一枚は俺がかぶる。 いくら? 一分。 三富といって、目黒不動、湯島天神、谷中の感応寺に富くじがあった。 千両、湯島天神の富札、清兵衛さん、神様に当たるように願う。
富の当日。 大勢が詰め掛けている。 死んだ親父が、夢枕に立って、当ると言ったんだ。 お前の親父は、まだ生きているじゃないか。 駄目か。 当たったら、家を一軒建てて、池をつくり酒を入れて、素っ裸で、スルメの足を持って、齧りながら、飲むんだ。 俺は店をつくる、質屋だ。 今行ってる質屋は、遠いんで…。 みんな勝手なことを言っている。
「おん富、突きまーーす」、小僧の甲高い声で、富が始まる。 十両、三十両、三百両、そして千両、「おん富一番、突きまーーす」。 「鶴の、千、三百、五十ーーーッ…。 (一人の男)(鶴の、)鶴の、(千、)千、(三百、)三百、(五十、)五十、七番だろ。 一番! 何だ! 群衆は波が引くように、バラバラと帰っていく。
来るのが遅くなった清兵衛さん。 ここだ、松、龍(たつ)は駄目だ、「鶴の、千、三百、五十、一番」か。 当たった人がいるんだろうな。 当たるもんじゃないよな。 惜しいな。 ン、(鶴の、)鶴の、(千、)千、(三百、)三百、(五十、)五十、(一番、)一番。 当たったーーッ! 当たったーーッ! 札を仕舞おう、(と、懐をさぐって)、懐がない! たったーーッ! たったーーッ! 立ったと言って、座っているのか。 この人、一番富に当たったってよ、運のいい奴だ。 腰が抜けてる、みんなでかついでってやろう。
おめでとうございます。 札を、これへ。 (しかし、なかなか、出せない) 「鶴の、千、三百、五十、一番」。 お役人様、間違いございません。 一年待つと千両、今日お持ちになるなら八百両になります。 今、下さい。 八百、下さい、さあ、さあ。 どうやって、お持ちになりますか。 財布があります。 入らないよ。 裸になっちゃったよ、困るな。 股引の足を結んで、入れるつもりだ。 もともと、お足を入れるもんだからな。 清兵衛さん、一目散で長屋へ帰る。 当たったーーッ! 当たったーーッ! ハハハハハ! 水屋なんて、やってなくて済むわーーッ、有難い。 疲れちゃったな、湯に行こう。 だが、八百両、どうしよう。 柳行李に入れて、ボロ裂をかぶせて、押入れに…。 泥棒が入るから、駄目だ。 神棚に、上げるか。 泥棒が入るから、駄目だ。 水瓶はどうだ。 泥棒が入って、押入れや神棚を探って、喉が渇いて、水を飲む、駄目だ。 そうだ、床下がいい。 畳を上げて、根太をはがし、縁の下に五寸釘を打ち込んで、下げた。 湯に行って来よう。 湯から帰ると、竹竿を振って縁の下を確かめて、酒を飲んで寝た。
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