再度、AIモードで「馬場紘二」を検索する2026/05/24 08:02

 昨日みたように、ChatGPT は、「最近では、「AI検索で自分の経歴が誤って表示された」という内容の記事も書いていて、自身について以下のように訂正しています。」としていた。 それで、Googleの検索のAIモードも、20日に書いた「馬場紘二」の内容を訂正しているかと、23日の朝、あらためて検索してみた。

 表示の方法は、多少変わっているが、「工学部管理工学科卒」という誤りはそのままだった。 ただ、藤原一枝先生の藤原QOL研究所のサイトを参照したらしく、「バルトンと福沢諭吉の関係」に言及している点は、嬉しかった。 福沢諭吉『西洋事情』外編の主体はジョン・ヒル・バートン『政治経済学』の翻訳だったが、そのジョン・ヒルが、明治日本の上下水道の普及と衛生改善に功績のあったW・K・バルトンの父親だったことが、藤原一枝先生の友人稲場紀久雄先生(大阪経済大学名誉教授)ご夫妻を介して、確認できたのだった。 バートンとバルトンは、父子で日本の近代化に貢献したのだった。

    再度、AIモードで「馬場紘二」を検索したら、

 馬場紘二(ばば こうじ)氏は、慶應義塾の出身で、福澤諭吉や慶應義塾の歴史に関する執筆・研究活動、および長年にわたる個人情報紙(ブログ)「等々力(とどろき)短信」(ブログ名: 轟亭の小人閑居日記)の主宰・発行人として知られる人物です。 (典拠・藤原QOL研… +3)
 
 主な経歴や活動のポイントは以下の通りです。

  慶應義塾との深い関わり

・出身校: 慶應義塾志木高等学校(旧・慶應義塾農業高等学校)の卒業生(10期生)であり、その後は慶應義塾工学部管理工学科を昭和39年(1964年)に卒業しています。

・研究・執筆活動: 福澤諭吉や慶應義塾の歴史に造詣が深く、福澤協会の機関誌である『福沢手帖』や慶應義塾の機関誌『三田評論』などに多数寄稿や論文(例: 『福翁自伝』の読みなおし、バルトンと福沢諭吉の関係など)を行っています。

「馬場紘二」gemini回答の検討と、最新のChatGPT2026/05/23 07:14

 geminiの回答した「馬場紘二」だが、おおむね妥当とはいえる。 「知る人ぞ知る福澤諭吉の研究者」というのは、どこから引用したのだろうか。 長年、福沢諭吉に関心を持って、かじってはいるが、「研究者」と言えるほどの者ではない。 「1994年の慶應連合三田会大会では広報のライターを務められていました。」というのは、geminiもGoogleだそうだから、20日に書いた管理工学科39のサイト「森靖孝さんを悼む」等々力短信第1146号を、参照しているようだ。

 執筆活動: の「等々力短信」だが、「2021年8月の時点で少なくとも第1146号まで出されていることが確認できます。」というのは、さすがのAIも確認が不徹底だと言わざるを得ない。 2026年2月25日に第1200号「等々力短信 1200号」を、4月25日に第1202号「佐藤賢一『釣り侍』」を出している。

その他の活動: の俳句だが、「汐まねき」という俳句の結社があるのだろうか。 私は、『夏潮』会に所属し、その渋谷句会に出て、その結果を「○○の句会」と題してだいたいブログに書いているが、「汐まねきの句会」はない。 以前には、季題研究の発表をしたことはあった。 「過去には「うまみフォーラム」という媒体で寄稿されていたこともあるようです。」は、まったく記憶がなく、「うまみフォーラム」の名も初めて聞いた。

 ChatGPT については、知らせてくれたものに、詳しい内容がなかったので、自分でも、試みてみた。 22日朝、「馬場紘二」で検索すると、以下が出て来た。

 馬場紘二は、ブログ「轟亭の小人閑居日記」を長年運営している人物です。落語、慶應義塾、福沢諭吉、歴史、文化、テレビ、本などについて、毎日のように文章を書いています。

ブログはこちらです。轟亭の小人閑居日記 kbaba.asablo.jp

最近では、「AI検索で自分の経歴が誤って表示された」という内容の記事も書いていて、自身について以下のように訂正しています。
 ・慶應義塾大学経済学部卒
 ・「慶應志木高ラグビー部草創期に関わった」は誤り
 ・「慶應義塾の歴史研究者として知られる」というAI要約にも違和感がある
 と、述べています。

特徴としては、
 ・毎日更新に近い高頻度
 ・落語や福沢諭吉関連の記事が多い
 ・「等々力短信」という長年の個人通信も継続
 ・昭和文化や読書の話題が豊富
という点があります。

geminiやChatGPTの「馬場紘二」2026/05/22 07:14

 三田あるこう会のお仲間が、geminiやChatGPTに質問した結果を知らせてくれた。

   gemini 馬場紘二さんについて教えてください

馬場紘二(ばば こうじ)さんに関する情報を調べたところ、以下のような経歴や活動をお持ちの方であることが分かりました。
慶應義塾大学関連: 慶應義塾志木高等学校をご卒業後、慶應義塾大学経済学部に進学されています。現在は「知る人ぞ知る福澤諭吉の研究者」として知られているようです。また、1994年の慶應連合三田会大会では広報のライターを務められていました。
執筆活動: 「等々力短信」というご自身のブログ(または個人通信のようなもの)を発行されており、2021年8月の時点で少なくとも第1146号まで出されていることが確認できます。そこでは「轟亭の小人閑居日記」と題して、ご友人との思い出や日常の所感などを綴られているようです。
その他の活動: 俳句の活動もされており、「汐まねき」などの句会に参加し、季題研究の発表なども行なわれていた記録があります。また、過去には「うまみフォーラム」という媒体で寄稿されていたこともあるようです。

   ChatGPT 馬場紘二さんについて教えてください

「馬場紘二」というお名前では、いくつか情報が見つかりますが、現在ネット上で比較的よく見られるのは、ブログ「轟亭の小人閑居日記」を運営している馬場紘二さんです。
この方は、
落語
慶應義塾関連
歴史
文学
美術…

AIが答えた「馬場紘二」、間違っている点2026/05/21 07:22

 昨日のAIモードで検索した「馬場紘二」の、誤りを指摘したい。

 まず「主に慶應義塾の歴史や福沢諭吉の研究、エッセイの執筆などで知られる日本の執筆家・知識人です。」…まったく「執筆家・知識人」として知られていない、本人も知らなかった。

「慶應義塾志木高等学校のラグビー部草創期に携わっていました。」…携わっていない。2026-03-10: 轟亭の小人閑居日記の前日に、慶應志木高ラグビー、創部一年目「幻の花園」<小人閑居日記 2026.3.9.>に、同期のS君が手紙でラグビー部草創期のことを知らせてくれたことを書いた。私は慶應義塾志木髙新聞の創刊メンバーだったと書いたので、AIは誤解したのだろう。

「慶應義塾工学部(現在の理工学部)管理工学科を昭和39年(1964年)に卒業」…私は同年に慶應義塾大学経済学部を卒業した。管理工学科の卒業生だった森靖孝さんとは、同期105年三田会の活動でご一緒し、その追悼文を2021.8.25.「等々力短信」第1146号に書いた。管理工学科には、志木高から行った友人もいたので、管理工学科のサイトにそれを紹介してくれたのだった。その流れを、AIは誤解したのだろう。

 「同ブログ内では「等々力短信」と題したエッセイを50年以上執筆し続けており、時事、歴史、落語、書籍の書評など幅広いテーマについて、ユーモアと明晰な視点を交えた文章を発信しています。」…何とも嬉しい評価をAIがしてくれたものだが、実はAIが参照した「福沢-轟亭の小人閑居日記 馬場紘二 2026/04/07-はブログのカテゴリー「福沢」のリストで、「明晰さにユーモアが加わり、さらには精神のいきいきした働きが文章の随処に光っている。」は、2026.3.25.「等々力短信」第1201号『この国のかたち』の福沢諭吉に書いた、『福翁自伝』を評した司馬遼太郎さんの言葉なのだった。

 主な著書・寄稿にも、問題があった。 「・『等々力短信』シリーズ(私家本・単行本など複数冊を発行)」…「等々力短信」を私家本にしたのは『五の日の手紙』『五の日の手紙2』『五の日の手紙3』『五の日の手紙4』の4冊だけで、そのほかに単行本はない。

 「・「慶應義塾志木高新聞」百年祭記念号への寄稿」…『三田評論』2008年11月号「特集 学塾の歩みを記録する」の巻頭随筆「丘の上」に、私が「「慶應義塾志木高新聞」百年祭記念号」という文章を「寄稿」していた。そこには、慶應義塾が創立百年を迎えた1958(昭和33)年、私は志木高の2年生で新聞部の編集長だったので、11月14日「百年祭記念号」を出し、「義塾百年のクライマックス」“慶應の新しい出発点”という大見出しを立てたことを書いていたのだった。

AIモードで「馬場紘二」を検索すれば…2026/05/20 07:18

 たまに「等々力短信」や「小人閑居日記」に、何か反響はないかと「馬場紘二」で検索してみる。 エゴサーチというらしいが…。 先日、スマホのGoogleの検索で、AIモードにしてみたら、「文学部卒」「慶應義塾志木高等学校で教鞭をとった」と、事実に反する記述があって、びっくりした。  AIの回答には、検討が必要な誤りもあるといわれる。 それで5月18日朝、再度AIモードで「馬場紘二」を検索した結果が、下記の通りだった。 検索するタイミングで、内容が変わるようだ。 私の卒業は工学部でなく経済学部である。 それを含め、重大な誤りもあるので、それは明日、検討してみたい。

馬場紘二(ばば こうじ)氏は、主に慶應義塾の歴史や福沢諭吉の研究、エッセイの執筆などで知られる日本の執筆家・知識人です。

 主な経歴と人物像
・慶應義塾との関わり: 慶應義塾志木高等学校(旧・慶應義塾農業高等学校)のOB(10期生)であり、同校のラグビー部草創期に携わっていました。卒業後は慶應義塾工学部(現在の理工学部)管理工学科を昭和39年(1964年)に卒業しています。
・研究・執筆活動: 福沢諭吉や慶應義塾の歴史に造詣が深く、慶應義塾の機関誌である『三田評論』や『福沢手帖』などの専門誌に数多くの研究論文、寄稿、追悼文を寄せています。
・「等々力短信」とブログ:『轟亭の小人閑居日記』(ごうていのしょうじんかんきょにっき)という個人ブログを長年運営しています。同ブログ内では「等々力短信」と題したエッセイを50年以上執筆し続けており、時事、歴史、落語、書籍の書評など幅広いテーマについて、ユーモアと明晰な視点を交えた文章を発信しています。

  主な著書・寄稿
・『等々力短信』シリーズ(私家本・単行本など複数冊を発行)
・「慶應義塾志木高新聞」百年祭記念号への寄稿
・「『福翁自伝』の表と裏―松沢弘陽さんの読みなおし―」(『福沢手帖』第152号)

馬場紘二氏について、特定の書籍の内容や特定のブログ記事(等々力短信)など、さらに詳しくお知りになりたい情報はありますか?ご関心のあるテーマを教えていただければ、追加でお調べいたします。

 (この回答にあたって、AIが参照したと思われ、表示されていたのは…)
馬場紘二~の在庫検索結果/日本の古本屋
2026-03-10: 轟亭の小人閑居日記 馬場紘二
福沢-轟亭の小人閑居日記 馬場紘二 2026/04/07-明晰さにユーモアが加わり、さらには精神のいきいきした働きが…
管理工学科39のサイト 「森靖孝さんを悼む」等々力短信第1146号
慶應義塾大学出版会 三田評論 「慶應義塾志木高新聞」
慶應志木会会報 10期生
福澤諭吉協会 福沢手帖総目次 「『福翁自伝』の表と裏―松沢弘陽さんの読みなおし―」