「切干」と「銀杏落葉」の句会2020/11/24 07:08

 12日、『夏潮』渋谷句会があった。 本井英主宰は欠席、後選をお願いした。 兼題は「切干」「銀杏落葉」、私はつぎの七句を出した。
切干や玄界灘の波高く
切干のにほひ南の日溜りに
切干に染み込む味はおふくろの
一品は切干と烏賊酢味噌和へ
銀杏散る聖徳記念絵画館
ノーサイド黄落を踏む帰り道
サーカスのテントの上に銀杏散る

 私が選句したのは、つぎの七句。
切干へ霧島おろし一段と       なな
切干や家族七人揃ひし頃       なな
作り手の名入り切干道の駅      真智子
黄落の真っ只中へ柩出づ       なな
黄落や松本楼のテラス席       なな
たちつくすいてふ散る間のひとしきり 盛夫
キャンパスに銀杏落葉の満つる頃   美佐子

 私の結果。 <切干のにほひ南の日溜りに>主宰選、<切干に染み込む味はおふくろの>庸夫さん選、<一品は切干と烏賊酢味噌和へ>淳子さん選、<銀杏散る聖徳記念絵画館>主宰と耕一さん選、<サーカスのテントの上に銀杏散る>主宰とななさん選。 主宰選三句、互選四票、計七票と、近頃珍しくまずまずの成績だった。

外山正一作詞「抜刀隊」と「学徒出陣」壮行会2020/11/17 06:59

 昨日、書いた外山正一が『新体詩抄』に載せた自作の詩「抜刀隊」が、後に、陸軍軍楽隊教官のフランス人シャルル・ルルーによって曲がつけられ、日本で最初の軍歌として爆発的にヒットし、「扶桑歌」「陸軍分列行進曲」とも呼ばれる行進曲として編曲され、旧陸軍から陸上自衛隊にまで受け継がれているという件で、思い出した。

 私の俳句の師、『夏潮』主宰の本井英先生がふらんす堂のホームページに毎日連載されている「本井英の俳句日記」(http://furansudo.com「連載」参照)の10月21日の項に書いていらっしゃった。 77年前の昭和18年10月21日、神宮外苑競技場で「学徒出陣」壮行会が挙行された。 雨の降る肌寒い日であったが、記録映画で掠れながら流れてくる行進曲が、外山正一作詞、シャルル・ルルー作曲の「抜刀隊」なのだそうだ。 「敵の亡ぶる夫迄は 進めや進め諸共に 玉ちる劔抜き連れて 死ぬる覚悟で進むべし」 明治10(1877)年の西南戦争で、官軍の斬り込み部隊「抜刀隊」の奮戦を詠んだ詩である。

 西南戦争は、明治10年2月の挙兵、9月の西郷隆盛自刃終結だから、E・S・モースの第一次来日、江ノ島の腕足類研究のための実験所活動、大森貝塚の発見は、西南戦争の期間に重なるわけだ。

 本井英先生は、今でも陸上自衛隊の分列行進で演奏される名曲だが、さまざまなことを考えると、やはり別の曲にした方がよいと思う、と書いておられた。

「暮の秋」と「甘藷」の句会2020/10/12 07:09

8日は『夏潮』渋谷句会、会場の渋谷区リフレッシュ氷川での開催は、1月に開いて以来だった。 コロナの影響で、3月、4月は中止、5月、6月、7月、9月は、メールによる通信句会を行っていた(2月、8月は例年休み)。

 兼題は「暮の秋」と「甘藷」、私はつぎの七句を出した。
もういくつ寝ると死ぬのか暮の秋
山茶花を嫌ふ俳人暮の秋
最後の蚊に刺されてやりぬ暮の秋
甘い物藷飴のみの敗戦後
藷飴を割ればお皿も共に割れ
議事堂の前を耕し薩摩芋
那珂湊浜一面に芋を干し

 私が選句したのは、つぎの七句。
欄干に頬杖の子や暮の秋     賢
暮の秋音をのみ込む秋田杉    由紀
後悔のぽちぽちと湧く暮の秋   耕一
藷供へありて昆陽先生碑     英
農道へ沸き出てをりぬ甘藷蔓   なな
道の駅斎藤さんの甘藷にす    由紀
掘り立ての甘藷を顔の両脇に   淳子

 私の結果は、<もういくつ寝ると死ぬのか暮の秋>を、ななさんが採ってくれて、みなさんがワハハと笑った。 主宰選ゼロ、互選はこの1票のみ、あやうくスコンクを逃れた、トホホであった。 甘藷、サツマイモというと、つい、子供の頃のことが頭にひっかかってくる。 父は、家の近くの地主さんの屋敷の中に地面を借りて、芋畑をつくっていた。

 会場での句会では、本井英主宰の講評を聴くことができるのが、有難い。 季題「暮の秋」は、説明になってしまうので、ある気分が伝わるかどうかにかかる。 「甘藷」は、どのくらい「甘藷」を知っているか、だ。 兼題の句会は、季題があって七十五年の人生を襞の細かいものにしてくれたことを感じる。

 私も採った句の、主宰選評。 <欄干に頬杖の子や暮の秋>…面白い句。橋か、お堂、橋だろう。子供の心の中に分け入ってみると、屈託があるのだろう、冷やっとした気分。情をかけすぎてはいない。 <暮の秋音をのみ込む秋田杉>…杉生(すぎふ=杉の生えた所)の美林。目はパンニングして距離感、大景を詠む。 <農道へ沸き出てをりぬ甘藷蔓>…「沸き出て」を、どうかと思う人もいるだろうが、甘藷の蔓の繁茂は独特。 <道の駅斎藤さんの甘藷にす>…旅行の浮き浮きした気分で、薩摩芋を選んでいる気楽さ。 <掘り立ての甘藷を顔の両脇に>…上手い句、面白い。写真を撮っている。自信がある。

「良夜」と「露草」の句会2020/09/21 07:08

 9月の『夏潮』渋谷句会も「通信」による句会になり、取り纏めを前田ななさんにやって頂き、ご苦労をかけた。 9月10日投句締め切り、17日選句締め切り、兼題は「良夜」「露草」だった。 私はつぎの七句を出した。

ひとまはり池をば回る良夜かな
お隣につい声掛ける良夜かな
クラシックホテルの庭の良夜かな
残りページ気にしつつ読む良夜かな
露草や小象の行進響きをり
露草の群れて紫点々と
露草や露の真珠をころがせて

私が選句したのは、つぎの七句。
良夜かな手を振る君のなほ見ゆる   礼子
嫁ぐ娘としみじみ語る良夜なり      淳子
帰らねばならぬ家ある良夜かな     祐之
連れ立ちて浜へ出てみる良夜かな   裕子
一ト雨のすぐ通り過ぎ蛍草          和子
露草や研究棟の裏口に           礼子
露草にひらひら小さき蝶のきて      美佐子

私の結果は、<クラシックホテルの庭の良夜かな>を英主宰、孝治さん、ななさんが、<残りページ気にしつつ読む良夜かな>を英主宰、孝治さん、美保さん、<お隣につい声掛ける良夜かな>を祐之さんと正紀さん、<露草や露の真珠をころがせて>を美佐子さんが採ってくれた。 主宰選2句、互選7票、計9票だった。

主宰選にあり、互選でも人気のあったのは、以下の句だった。 初めの2句は私も選句していた。
帰らねばならぬ家ある良夜かな    祐之
露草や研究棟の裏口に         礼子
露草や双手包みのやうな苞       なな
眠りゆく母の爪切る良夜かな      美保
隧道を抜け露草の道となり       真智子

「枇杷の会」6月28日通信句会2020/07/06 06:48

 新型コロナウイルス感染症の影響で、俳句会や吟行が出来なくなっている。 慶應志木高校の同窓会の句会「枇杷の会」も、6月28日に広尾の有栖川宮記念公園で予定していた吟行を中止、代わりに通信句会を世話役の深瀬一舟さんのお世話で開催した。 当期、雑詠、七句投句、七句選句ということで、私はつぎの七句を出した。

朝顔市なくてあさがほどこで咲く
ボイスメモにつられて鳴くや雨蛙
整理券誇るごとくに濃紫陽花
夏芝居無くて幽霊出どこ無し
マスクして不要の散歩汗となる
がらがらの銀座通に雲の峰
距離取りし列に並びて氷菓買ふ

 参加者は、いつもの吟行よりも多く、本井英先生始め11名となった。
私は、つぎの七句を選句した。
青葉山躙りそめたり解纜す       英
出航のデッキ横切り夏燕        英
青田風安房もここらは米どころ     英
姉二人ずんずん進む大夏野      祐之
十薬や防災倉庫取り囲み        祐之
ブラウスの襟元白し夏は来ぬ     一舟
のびのびとラジオ体操夏座敷     一舟

 私の結果は、<がらがらの銀座通に雲の峰>を英先生と経さん、<ボイスメモにつられて鳴くや雨蛙>を経さん、<夏芝居無くて幽霊出どこ無し>を善兵衛さん、<距離取りし列に並びて氷菓買ふ>を伸次さんが採ってくれて、5票とちょぼちょぼだった。

 得票トップは世話役の一舟さん19票、英先生16票、祐之さん15票の順だった。 お手数をかけた一舟さんが好成績で、まことにおめでたい上々の通信句会となった。