皇室典範改正問題と井上毅(こわし) ― 2026/07/27 07:16
24日の朝日新聞朝刊、長谷部恭男早稲田大教授(憲法)と杉田敦法政大教授(政治理論)の「考論」に、加藤陽子東大名誉教授が加わって、「国会軽視内閣を憂う」という鼎談をしている。 皇室典範改正問題について、こんな議論があった。
長谷部恭男さん…「戦前の日本は天皇を頂点とするピラミッド型の「企業体国家」でした。国家が定めた国民共通の目的があり、目的達成のために一億火の玉となって突き進む。しかし敗戦後は、最低限の社会生活のルールだけがあって、何を目的として生きるのかは個々人が自分で決める「広場としての国家」に変わった。戦後の天皇は、そのような「広場としての国家」の象徴であるはずです。
とはいえ、憲法にそう書いてあるだけでは、主権者国民に象徴だと思ってもらえない。ゆえに平成の天皇は国事行為だけでなく公的行為にいそしみました。被災地を訪問し、第2次大戦の激戦地にも赴き、戦死者を慰霊し、平和を祈る。ただ、加藤さんの言う通り、企業体国家への回帰を願う人たちは、そうした象徴天皇のあり様が気に食わない。高市さんも多分そうだと思います。」
杉田敦さん…「私も、国旗損壊罪と皇室典範改正が一緒に出てきたことはおそらく偶然ではないと思います。トランプ米政権は、国際法違反の疑いのある戦争を開始したり、戦争犯罪を裁く国際刑事裁判所を機能停止に追い込む方針を示したりするなど、これまでの戦争違法化体制を壊そうとしています。そういう流れに乗った方が日本にとっても得だと考える政治家や官僚が、実は私たちが思っている以上にいるのではないか。
日本はいつまで敗戦国としてやっていかなきゃならないのか、どこかで一発逆転、戦勝国に連なりたいという願望を持つ人たちが、平和主義の現憲法体制を大事にし、国民的人気を得た上皇夫妻と天皇一家の姿勢を「目ざわり」だと感じても不思議ではない。世論も、高市さんの中国に対する強硬姿勢を好感しており、法律でナショナリズム批判を封じ、「戦争できる国」への既成事実化が進めば、戦争を一つの政策オプションのように扱う社会が到来しないとも限らない。今国会で、その布石がいくつか打たれてしまったのではないか? 杞憂だといいのですが。」
加藤陽子さん…「おそらく政権や官僚の中にも、「広場としての国家」を象徴する天皇のあり方を快くは思わない勢力はいるでしょう。国会の「全体会議」がまとめた「立法府の総意」にはない「養子の男性子孫は皇位継承権を持つ」や結婚した女性皇族に住民基本台帳を適用するといった項目が、政府案には突然登場しました。意図するところは、女系・女性天皇の排除です。これについて、菅義偉内閣時代の有識者会議で、歴史学者の本郷恵子さんが興味深い史実を指摘しています。前近代で少数ながら天皇位に就いた女性がいた事実は、他の大臣・大納言のような役職には決して見られないことだと。つまり、天皇は公的な存在であるとともに、ある血統を備えた身体そのものでもある。女子を排除する存在ではないし、中世には内親王が確固たる役割を担った事例がみられる、よって内親王・女王への皇位継承の拡大は有意義であるとの見方です。
一方、「なぜ女性天皇ではだめなのか」と国会で質問された木原稔官房長官は答弁に窮しました。合理的理由がないからです。現行の皇室典範は敗戦後の1946年7月から起草準備が始まりましたが、重要なことは、この段階で旧11宮家の「臣籍降下」(皇籍離脱)は既定の前提として議論されていたことです。今回、推進派は旧宮家の正統性について、「現行憲法、皇室典範において皇位継承資格を有していた」方々だとしていますが、これはおかしい。皇籍離脱手続きの完了が、皇室典範施行の47年5月3日より遅れ、同年10月となっただけです。」
杉田さん…「男系男子でなければならないというのは、ある種の信仰でしょう。もちろん信仰の自由はありますが、「男系男子は神武天皇以来、2600年以上続く伝統」などと、歴史学的に全く通用しない「神話」を国会の場に持ち出し、それを国民全体に押し付けようとしているのは大問題です。」
長谷部さん…旧皇室典範の最初の原案は、1886年に宮内省が起案した「皇室制規」で、女系の継承を認めていました。ところが法制官僚の井上毅が、西洋における王位は私的財産なので女系でも相続できるが、日本の天皇は君徳をもって国を治めているのだから男系でなければダメだと主張した。まったく理屈になっていませんが、この穴のある主張が通って、旧皇室典範は男系男子となり、それが戦後も引き継がれたに過ぎません。」
加藤さん…ただ、長谷部さんはかねて、天皇制は人権の「飛び地」、つまり「例外」であるから、憲法が保障する男女平等は天皇にはあてはまらないと主張されていますね。」
長谷部さん…「その通りです。とはいえ天皇は「国民統合の象徴」ですから、日本社会の価値観とあまりにかけ離れてしまうのはよくない。そんな天皇制ならなくてもよいと、世論に見限られる可能性もあります。」
皇室典範の議論に、「福沢諭吉の敵」井上毅(こわし)が出てきたので、ついつい長い引用になった。 明日から井上毅について、考えたい。
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