素人「スパイ」の背中を押したもの2010/09/17 06:52

 『波』2009年11月号の『カデナ』刊行記念インタビューで、池澤夏樹さん は語っている。 「沖縄、戦争、米軍、というと、どうしても重く暗くなりが ちです。けれどもこの小説は基地の中に入っていくわけで、外からの米軍糾弾 ではない。いってみれば中からおちょくる話だから、軽くしたい。」「がんばっ て闘おうとすると、「反戦平和」になってしまう。ベ平連はゆるやかだった。行 動するけれど、無理はしない。いつやめてもいい。それがあの運動のいちばん の値打ちでした。フリーダは米軍内部から機密情報を盗み出すという相当危険 なことをやっていますが、命がけというほど意気込んではいないのです。」

 朝栄はタカに言う「私らは素人だ。ちょっとだけゲームに参加して、できれ ば勝って逃げたいと思ってやっている。」 四人だけの小さな「スパイ組織」、 それぞれに背中を押す、重い過去や思いがある。 安南さんはベトナム人だか らもちろん、朝栄はサイパンで米軍に家族を殺され、フリーダ=ジェインはフ ィリピンでアメリカ軍人だった父に捨てられ、タカは姉がアメリカ人との混血 で、母を自殺で喪っている。

 1945年2月、4歳のフリーダ=ジェインは、マニラの大きな家に母と二人で いて、日本軍がマニラ市民を楯にとってアメリカ軍、フィリピン・ゲリラ軍と 闘った市街戦に巻き込まれる。 逃げる途中、母が子供の頃から一緒だったイ サベラ(イザベラでない)という女中が流れ弾に当たって死ぬ。 その「幼い 自分が、今のハノイの誰かと重なってしまう。行ったこともない町なのに、そ の街路で怯えてすくんで泣いている四歳の女の子の姿が見える。パトリックが 運ぶ爆弾がその子の頭の上に落ちないよう、あたしはちょっとしたインチキを する。それができる立場にいるからそれをする」

 三か月後の1945年5月、東京品川の中延で米軍の焼夷弾による空襲に遭い、 燃え盛る火を避けて、立会川の中で一晩を過ごした私と、フリーダ=ジェイン は同い年なのであった。